11-2.情報共有②

「ああ、色々聞いたけど食べ物を食べて体に異常をきたしたことはないってさ」


 ということは、やはり蘭陵の言う通り、食べ物による体の異常反応食物アレルギーが死亡原因ではないと言える。


「となると、この事件の共通点は紅玉薬しかないですね」

「だけど、蘭陵は紅玉薬には毒性がないって言い切ったぜ」


 だが、由羅の中にはもう一つの可能性が残っていた。


「実は、共通点がもう一つあるのではと考えているんです。それはてい 梓琳しりん様の存在です」

「あぁ、確か翠蓮すいれんと仲の良かった女性ですね」


 凌空の言葉に由羅は頷いた。


「はい。実はこの方は瑤琴ようきん様とも仲が良かったそうです。そして翠蓮様も瑤琴様も梓琳様から紅玉薬を紹介されて飲んでいたという証言がありました」

「なるほど。由羅さんは梓琳が怪しいと踏んでいるわけですね」

「はい」


 由羅が頷くと、紫釉が鋭い目をしながら言った。


「そう言うことなら、こっちの調査とも話が繋がるな」

「そうですね」


 紫釉の言葉に凌空は相槌を打った。そして泰然もまた同じことを考えているようだった。

 だが、由羅だけは何のことか分からず首を傾げると、凌空が説明を始めた。


「今回主上が後宮で執務を始めたことで、由羅さん――つまり翡翠妃が寵愛を受けていると宮中で話題になっています。そのため翡翠妃に世継ぎが生まれるのは時間の問題だろうと……」

「よ、世継ぎですか……」


 そんなことはあり得ないのだが、なんとなく赤面してしまう

 だが今はそんなことを考えている場合ではない。由羅は再び話に集中した。


「主上の寵愛が翡翠妃に向かっていることを知った紅蘆派は、こちらの計画通り動きを見せ始めました。そして分かったのは魯家も紅蘆派に与しているということでした」

「魯家が?」


 確か、筆頭五家の中では、魯家は中立だと考えられていた。

 だが、その魯家が裏切っていたという事実が浮かび上がってきたということになる。

 紫釉は腕を組みながら凌空の言葉を補足した。


「あそこは表面上は俺を支持しているけど、土壇場になるとどちらの派閥に付くかは明言しないんだ。だから事実上中立だと言えたんだよね。でもここにきて、事件の重要参考人として名前が挙がったのが鄭梓琳。調べたところ、梓琳は魯家の侍女だし、何か繋がりがあるとしか思えないな」


「ですが、梓琳が妃候補を殺害する動機はないように思えます。ですから、梓琳が単独で妃候補を殺害したとは考えにくいでしょう」


「つまり、梓琳様の背後に、殺害を指示した誰かがいるということですね」


 由羅がそう言うと紫釉は頷いた。


「紅玉薬を梓琳に提供している人物が本星に近いだろうが、どこから入手しているのかはまだ特定できていない」

「樹璃が梓琳に接触して情報を聞き出す予定ですが、こちらも刑部を使ってさらに調査を進めましょう」


 凌空の言葉に泰然が何かに気づいたように言った。


「なら梓琳を監視して、接触者を調べれば、紅玉薬を渡している人間が分かるかもしれないな」

「そうですね。泰然、お願いできますか?」

「おう、任せておけ」


 泰然がにかりと笑った。だがすぐ真剣な顔になる。


「だけどよ。紅玉薬を誰から入手したのかが分かったとして、そもそも紅玉薬には毒性がないんだろ?」

「ですが、被害者は全員紅玉薬を飲んだ直後に死亡しています。私はそこには何か仕掛けトリックがあるんじゃないかって思うんです」


 由羅の言葉に全員が黙った。

 それは由羅の考えを肯定するものだが、かと言ってその正解を持っているわけではない。

 その沈黙を破るように紫釉がまとめた。


「だが、紅玉薬はこの事件に絶対に関連がある。泰然は鄭梓琳と接触した人物を調べて、梓琳が誰から紅玉薬を手に入れているかを調べてくれ」


「おう、任せろ!」

「凌空は魯家が何かきな臭いことをしないか動きを探ってくれ」

「かしこまりました」


「由羅は紅玉薬と死亡原因に関連性がないか、調べてもらえないかな?」

「はい、分かりました!」

「皆、よろしく頼むよ」


 こうして、それぞれの役割が決まると、泰然はまだ口の中に残っている胡麻団子を咀嚼しながら立ち上がった。


「じゃあ、さっそく行ってくるぜ」


 そう言って颯爽と部屋を出た泰然に続くように凌空も席を立つ。

 泰然とは違い、ゆっくりと余裕のある動きではあったが、凌空らしい無駄のない動きだった。


「では私もさっそく動きます。主上、私がいなくても通常の執務はこなしてくださいね」

「分かってるよ。それが俺の仕事だしね。お前の分もちゃんとやってるから、そっちは任せたよ」

「では」


 凌空は紫釉に釘を刺して部屋を出て行った。

 二人を見送ると、部屋には由羅と紫釉が残された。


(私も早く事件解決のために頑張らなくちゃ!)


 そう思って席を立とうとしたが、ふと紫釉の顔を見ると、顔色が良くないことに気づいた。


「紫釉様、体調が悪いですか? 大丈夫です?」

「あぁ、少し疲れただけだよ」


 あの机の上の書類の量を鑑みると、とても〝少し〟疲れた程度だとは思えない。

 どう考えても過重労働オーバーワークだろう。


「私にお手伝いできることはありますか? そうだ、一応官吏にはなれるわけですしから、少しなら書類仕事も手伝えるかも……あぁ、でも実務はしたことが無いし……」


 何ができるのか腕を組んで悩んでいると、それを見た紫釉がくすりと小さく笑った。


「じゃあ少しお茶に付き合ってくれないかな?」

「もちろんです!」


 由羅は立とうとして浮かした腰を再び椅子に戻した。

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