9-2.共通点②


 念のため、由羅は毒性物質が外から流入した痕跡や、室内に毒性物質が残っていないかをくまなく確認したが、怪しいところは見つからなかった。

 角部屋で風通しも良く、毒性の気体を外から流入させて殺害するのも難しいだろう。


 つまり、毒物を吸って死亡したわけではないということだ。


瑤琴ようきん様は目薬や軟膏を使用してませんでしたか?」

「いいえ、使っていませんね」


 この証言で、点眼による毒の投与と経皮投与も否定された。


(残るは飲食による毒の摂取という可能性だけね)


 凌空の話では被害者は紅玉薬を飲んだ直後に死亡しているという。

 瑤琴もそうだったのだろうか?


「再確認なのですが、瑤琴様は紅玉薬を飲んでから亡くなられたんですよね?」

「ええ。朝起きて、支度をしている最中に紅玉薬を飲まれました。そうしたら突然苦しみ出して、顔が真っ青になったかと思うと、そのまま亡くなられました」


 この証言が確かなら、やはり死因に紅玉薬が関連しているだろう。

 だが、蘭陵の分析では毒性は認められていない。

 その矛盾について由羅が考え込んでいる間に、紫釉は乳母に確認した。


「紅玉薬を飲んだ直後に亡くなったというのは間違いないのか?」


「ええ、絶対に間違いありません。紅玉薬は大変苦いらしく、『口直しにあの柚子ザボンを用意して』と仰ったので用意するために私が立ち上がろうとしたのと同時に姫様は紅玉薬を飲まれました。その直後に倒れられたのです」

「この時期に柚子とは珍しいな」


 紫釉が言う通りこの国で柚子の旬は秋である。

 今は春なので柚子があるのは珍しい。

 乳母はその問いに頷きながら答えた。


「私も初めて見たのですが、柚子と言っても外国の果実だそうで、正確には柚子ではないらしいのです」

「外国の柚子ですか? 瑤琴様がお取り寄せされたのですか?」


「いいえ、姫様のご友人の梓琳しりん様が手土産に持ってきてくださったんです」

「梓琳様!?」


 思わぬ名前が出てきて、由羅は思わず驚きの声を上げてしまった。


「瑤琴様は梓琳様とお友達だったのですか?」

「ええ。梓琳様の方が年上でしたので、姫様は梓琳様を姉のように慕っておいででした」


 その話を聞いて、由羅の中に一つの疑問が生まれた。


「もしかして紅玉薬は梓琳様に勧められて飲み始めたのではありませんか?」

「ええ、そうです。美肌になるから是非にと」


 その言葉を聞いた紫釉は、由羅に近づいてそっと言った。


「やはり紅玉薬が怪しいと思うかい?」

「ええ。状況から考えるとやはり紅玉薬は死因に関係していると思います。でも蘭陵様は毒性はないと仰っていましたし……何か見落としているのかもしれませんね」


「そうだね」

「ただ、一つだけ翠蓮様と瑤琴様に共通点がありました。共通の友人が梓琳様で、紅玉薬を勧めたのも梓琳様だってことです。梓琳様が事件の鍵を握っているのではと私は思います」


「分かった。凌空にも共有して、梓琳について少し探ってもらうことにしよう」


 二人でそう話していると、乳母が言いにくそうに声をかけて来た。


「あの……もうよろしいでしょうか?そろそろお夕食の支度をしなくてはならないのですが」

「あ! すみません! もう大丈夫です。ありがとうございました」

「では、門までお見送りいたします」


 由羅が慌てて答えると乳母はそう言って入口へむかった。

 由羅たちもそれに続こうとした時、不意に傍机の上に置かれた刺繍道具が目に入った。


 その横には途中まで刺繍されている手布ハンカチが丁寧にそっと置かれていた。

 艶やかな薄紅色の牡丹が施されており、葉の部分が半分まで刺繍された状態で止まっていた。


 足を止めた由羅に気づいた乳母が、由羅の視線の先にある手布を見ると、少し寂しそうに話した。


「あぁ、これは瑤琴様が作っていらっしゃった刺繍です。あともう少しで完成できると毎日頑張ってらっしゃいました。実は亡くなられる日の一週間後、ご当主様のお誕生日だったので、その時にお渡ししようと頑張って作ってらっしゃったんですよ」


 乳母は刺繍が途中まで施された手布を大切そうにそっと取り上げると、綺麗に刺繍された牡丹を指先で愛おしむように撫でながら言った。


「瑤琴様は元々刺繍は得意ではありませんでした。ですが、皇帝陛下の元に輿入れが決まり、もう二度と家族に会えないことを考えて、せめて手元に何か残したいと刺繍を始めたのです。頑張ってらしたので、完成させたかったと、思います……うぅっ……」


 乳母はそう途切れ途切れに言いながら俯くと、嗚咽を漏らした。


 その姿が樹璃のものと重なり、由羅は胸がぎゅっと締め付けられた。


「お客様の前で失礼しました。さぁ、参りましょう」


 涙を拭って顔を上げた乳母は、無理に作った笑顔を見せると、由羅たちを屋敷の外まで案内してくれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る