8-4.現場検証③

 だから由羅は自然と口を開いていた。


「ではこうしてはどうでしょう。樹璃様が梓琳様と接触する時には私も同席します。それなら何かあった時に対処できますし」


 由羅の提案に、凌空は逡巡した後、諦めたように言った。


「……無茶だけはしないでください」

「ありがとうございます」


 それまでに由羅がやるべきは死亡原因の特定だ。

 紅玉薬をもう少し調べれば何か分かるかもしれない。自分でも色々試したい。


 そう思った由羅だったが、自分の手元には紅玉薬がないことに気づいた。

 押収した紅玉薬は分析用として蘭陵の元に行ってしまっている。


「あの、できたら残りの紅玉薬をいただきたいのですが......」

「ええ、どうぞ。手元に置いていても使いませんから」

「ありがとうございます」


 由羅はもう一度部屋を見回した。だが、部屋には問題は見当たらない。そうなると、やはり服毒か。

 紅玉薬以外の食べ物に毒を入れられたのかもしれない。


 最初に刑部が確認しているだろうが、念のために聞いておくことにしよう。


「何でもいいのですが、翠蓮様が亡くなる前に何か召し上がっていたものはないですか? いつもは口にしてなかったものを食べたとか」

「そう言われてましても、刑部の方に話した通り、お亡くなりになる前には紅玉薬しか飲まれていないので……」


 侍女は困ったようにそう答えた。

 だが、その横で樹璃がふと思い出したように床に視線を落としながらポツリと呟いた。


柚子ザボン……」

「え?」

「ねぇ、あの日お姉様は柚子を食べていなかった?」

「あぁ、確かにあの日は梓琳様が紅玉薬と一緒に持ってきてくださった柚子を召し上がってらっしゃいましたね」


 樹璃の言葉に侍女は溢れる記憶のままに一気に話し始めた。


「そうですね。梓琳様が見たことのない柚子を持ってきてくださいました。それを湯浴みの後に召し上がって。『思ったよりも酸っぱいわ』と仰ってましたね」


「そうそう。お姉様が酸っぱいというから『そんなに酸っぱいなら私はいらない』って言って食べなかったのよね」

「はい。それで私たちが代わりに食べさせていただいたんです」


 それを思い出したように、樹璃と侍女は遠い目をしながらくすりと小さく笑った。そして侍女はさらに言葉を重ねた。


「私たちの知っている柚子より大きくて、色も黄色かったです。文旦に似た形で、翠蓮様が言っていた通り、とても酸っぱくて、『でも美肌のためには頑張らなくては』などと笑いながら食べていたのを覚えています」


 侍女が食べたということは、柚子には毒が入っていなかったことになる。

 紅玉薬以外に毒性のものを口にしていないか気になっていたのだが、それも違うということだ。

 由羅は心の中でため息をついた。

 今のところ、刑部の報告以上に新しい発見はない。


(それでもいくつかの可能性は否定できたし。今日はこれくらいかしら)


「凌空様、私が聞きたかったことは確認できました」

「そうですか。では私は叔父上に挨拶をしてきますから、由羅さんは先に門に行っていてください」

「はい」

「由羅さん一人では迷ってしまうかもしれないわ。私が送りますね」


 こうして一通りの現場検証を終え、由羅は樹璃と共に門へと向かった。

 その道すがら、樹璃は由羅に気さくに話かけてきた。


「どう? 何か、犯人の手がかりが掴めましたか?」

「今は何とも……。でもいたただいた情報は必ず捜査に役立てます」

「……姉を殺した犯人を、絶対に捕まえてください」


 樹璃は不意に足を止めると、眉を顰めながら、涙をこらえるように言った。

 そして懐から翡翠の簪を取り出し、それを悲しげに見つめた。


「姉は、妃として後宮に入ることが決まった時に、ひどく落ち込んだの。……好きな男性がいたから。だけど、皇帝陛下と何度か顔を合わせて、何か意気投合した様子だった。そして『正妃になって凌空様のお役に立てるように頑張るわ』と笑って、そしてやりたいことを私に話してくれたの」


 人身売買の禁止、そして孤児のための養護院の設立、教育制度の改革などは紫釉の考えでもあると同時に、凌空もまたやりたいことでもあった。

 そのために正妃として翠蓮自身も尽力したいと考え、勉強を始めていたらしい。

 そのことから樹璃は誰とは言わないが、翠蓮の好きな人は凌空だったのではないかと由羅は思った。


のお役に立ちたいと一生懸命勉強して、努力していた姉の努力があんなに簡単に消されてしまうなんて……姉が可哀そうすぎる。姉はの力になりたい、ただそう願っていただけなのに」


 樹璃は悲壮な声を上げ、後半半分は涙声になっていた。

 それに対して由羅は何も言えずに樹璃を見つめた。


「だから……姉を殺した犯人を見つけて。お願いします」

「尽力します」


 切実な樹璃の声に、由羅はそう答えるしかできなかった。

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