8-3.現場検証②
その時、化粧台の端に化粧道具と共に小瓶が5本置かれていることに気づいた。
「これは、化粧水でしょうか?」
「いえ、紅玉薬です」
「これが?」
紅玉“薬”と聞いていたのでてっきり丸薬かと思っていたのだが、まさか液体だとは思わなかった。3本の小瓶の半分は空になっていたが、残りは液体がそのまま入っていた。
「お姉様はこの紅玉薬を飲んだ直後に亡くなったのよね」
「はい、飲んだ途端に苦しまれて、医者を呼ぶ間もありませんでした」
樹璃と侍女は赤い輝きを放つ硝子瓶を見つめながら沈痛な面持ちでそう説明した。
そして樹璃は探るような表情で凌空に尋ねた。
「やはり、この紅玉薬が原因なのですか?」
「分かりません。今のところ毒性はないとの報告を受けていますが、状況からして、やはり何か関係があるのでは、と個人的には思っています」
「そうなのですね……」
由羅の言葉に樹璃は残念そうな、でも安堵したような複雑な表情を浮かべた。
その表情の意味が分からずに由羅は思わず問いかけていた。
「何か気がかりでもあるんですか?」
「え?」
「あの、気のせいかもしれませんが、この薬が原因であってほしいような、でも原因でなくて安心したような、複雑な表情に見えたので」
由羅の言葉に一瞬驚いた表情を浮かべた樹璃だったが、次の瞬間には眉を下げて困った様子を見せた。
「実はね、この紅玉薬は
「梓琳様?」
事件を調べていて初めて出た名前に由羅は首を傾げて尋ねた。
「ええ。
「すみません。田舎から出て来たばかりで都の話には疎くて……」
「梓琳様は凄い美人な方で、お姉様も私も梓琳様のようになりたいと憧れていたの。特にお姉様は梓琳様と歳が近いこともあって、とても仲が良かったわ。それでよく珍しい果物や美容薬、紅を持ってきてくださって、この紅玉薬も梓琳様が持ってきてくださったのよ」
「そうなんですか」
その時由羅は凌空の言葉を思い出した。
「凌空様、以前紅玉薬は『一部の貴族の間で流行している』と仰ってましたよね」
「ええ、そうですよ。筆頭五家を中心に、
それは由羅の想像よりもずっと小規模な範囲だった。
ということはそこまで大規模に流通しているわけではない。ならば独自の流通網があると考えられるだろう。
そのことが何か重要な意味を持つような気がして、由羅は樹璃に尋ねた。
「あの、この紅玉薬ってどうやって手に入れているのですか?」
「梓琳様から譲ってもらっていたわ」
「では梓琳様は誰から買っているかご存じですか?」
「そこまでは......」
樹璃の言葉を聞いて、由羅は凌空を見たが、凌空は首を振った。
「申し訳ありません。一部とはいえ、誰が購入しているかまでは確認できていないのです。入手経路も伝手を辿って購入しているということで、大元までまだ辿り着けてません」
「梓琳様から直接話を聞くことはできないのですか?」
「表向きは捜査は終了していることになっているので、刑部から問いただすことは難しいでしょう」
確かに表向きは捜査を打ち切ったことにしているのに、ここで大っぴらに捜査していることがバレれば、また紅蘆派によって捜査を妨害され、関係者が殺害されるという事態になりかねない。
紅玉薬を売っている大元が分かれば犯人の手がかりが得られることは明白だが、現状何もできないことにもどかしさを感じていると、透き通った樹璃の声が由羅の思考を止めた。
「なら、私が梓琳様に聞いてみますわ」
「いいのですか? でも……危険かもしれませんよ」
樹璃の申し出は確かにありがたいが、事件関係者ということで命を狙われる可能性もある。
由羅はそれを懸念して尋ねたのだが、樹璃は小さく微笑んで答えた。
「姉が殺されたのにただ黙って見ているのは辛いのです。ですからどうか協力させてください」
「でも……」
「それとなく聞くだけですから。もしはぐらかされてしまったら、それ以上は追及しません。それならいいですよね、お兄様」
樹璃の申し出を即答できないでいると、凌空も眉間に皺を寄せて難しい顔をして押し黙った。
「ね、お願いよ」
樹璃の声は切実なもので、まっすぐに凌空を見つめる眼差しには強い意志が感じられた。
愛する姉を殺された妹の無念を考れば、樹璃の提案を無下にできない気持ちになる。
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