6-1.検死結果①
善は急げ。
思い立ったが吉日。
捜査に加わることになった由羅は、さっそく行動を起こした。
まず、死因について気になることがあったことから検視官に直接話を聞くことにした。
「泰然様、付き合わせてしまってすみません」
「まぁ仕方ねーよ。凌空のやつも、あれで忙しいからな」
それは一国の宰相ともなれば多忙を極めているのは当然だろう。
ましてや皇帝である紫釉が由羅を案内するなど言語道断である。
結果、消去法で泰然が由羅に付き添うことになったのだ。
本当は由羅に断固として付いて行くと主張した紫釉だったが、凌空に首根っこを掴まれて執務室に連行されて行った。
「お前一人で行動させるわけにはいかないし、かといって他の女官を捜査に加えるわけにもいかないからなぁ」
捜査に加わることになったものの、女である由羅が刑部管理に交じって捜査するのは難しい。
ということで、今日は由羅は女官の格好をして泰然と共に検視官のいる典薬寮へと向かっていた。
(死因についてばかり気になっていたから忘れていたけど、そもそも容疑者の目星はついているのかしら?)
噂だと筆頭五家のうち、劉家が怪しいとは聞いたが。
そう思った由羅は道すがら泰然に尋ねることにした。
「そういえば、容疑者の特定はできていますか? 聞いた話だと、筆頭五家のうち劉家が最も疑われているそうですが」
確か、劉家の当主は
やはり彼が容疑者なのだろうか?
「まぁ、普通に考えればそうだよな。今も聞き込みと裏取り作業を続けてるけど、一括りに劉家の人間と言っても、末端まで含めたら相当の数がいるからなぁ」
「じゃあ、当主である劉 董夜は容疑者として浮上してないのですか?」
「奴は紅蘆派だからもちろん怪しいとは思っている。だけど劉 董夜と被害者の4人との直接的接点はないし、奴が直接手を下すのは考えにくい。やっぱり実行犯を見つけて、口を割らせるしかないだろうな」
「そうですか……」
確かに劉家当主がこの事件に関与している証拠は簡単には見つからないだろう。
そうだったら、さっさと解決できているはずだ。
「それで俺たちは被害者の周辺に劉家の人間が接触していなかったかの聞き込み調査をする一方で、殺害方法を探るという二つの観点から犯人の特定を進めることにしているんだ」
「確かに、殺害方法が分かれば、それを足掛かりに犯人の目星もつきますね」
ならば、由羅はまず殺害方法を明らかにする方から犯人を追及することにしよう。
そんな話をしていると、一つの門の前で泰然が足を止めた。
「ここが
典薬寮は皇城内で働く官吏や女官などに対して医療行為、薬の調合、そして薬の研究を行う官庁である。
それゆえ敷地の中を歩いていくと、薬草の畑があったり、薬を調合している建物があった。
そして、一番奥の建物に入ると、酒の臭いと漢方薬の臭いが混じった複雑な香りが鼻を突き、由羅は思わず鼻を覆った。
「!?」
「あぁ、けっこうここの匂いって驚くよな。奥のほうで外傷の処置をしたりするから、消毒のために酒を使うせいらしいぜ」
泰然の説明になるほどと納得していると、奥からぱたぱたと足音を立てて小太りの男性が駆け寄ってきた。
「趙大将軍、どこかお怪我でもされたんですか!?」
「あ、いや。今日はケガで来たんじゃねーんだ。
「あぁ、蘭陵ですね。少々お待ちください」
小太りの薬師の言葉に由羅は目を見開いて泰然を見上げた。
その反応に泰然は怪訝な顔をする。
「んだよ」
「そういえば、泰然様って大将軍でしたね……」
大将軍といえば軍の最高指揮官であり、文武に優れた人物が務めるものだ。
だから威厳のあるいかつい人間がするものだと思っていただけに、それとは大きく異なる泰然が大将軍だったことに驚きを隠せない。
そう言われれば、皇帝である紫釉や宰相である凌空と共にいるし、しかもため口を聞いている。そう考えれば大将軍だというのも納得できる。
だが、やはり威厳というものは見られないのは事実だ。
「んだよ。らしくねーって?」
「いやぁ……」
何と答えるべきか分からず、由羅は目を泳がせて口を閉ざして誤魔化した。
「お前なぁ」
泰然が口を開いて文句を言いいかけたその時、奥から涼やかな声が響いた。
「泰然様、私に何か用か?」
やって来たのは色白の青年だった。
切れ長の目に涼やかな目元、髪の毛を高い位置で一つにまとめて括って着物の上に白衣を纏っている。
細い眼鏡をかけていて、その奥から覗く瞳は温かみが無く、冷たさを覚えるほどだった。
醸し出している空気も、決して由羅たちを歓迎しているものではないように感じられた。
その青年の様子に由羅は一瞬戸惑ったが、泰然は全く気にした様子もなく、笑顔で青年に応じた。
「おう、蘭陵。忙しいところ悪いな。……実は、例の件でいくつか聞きたいことがあるんだけどちょっといいか?」
“例の件”で通じていることから、彼が怪死事件の検視官なのだろうか。
そう思って蘭陵を見ていると、逆に蘭陵が由羅の顔を一瞥して泰然に尋ねた。
「彼女は?」
「協力者だ。大丈夫、身元は俺が保証する」
普通なら女の由羅が協力者であることにもっと疑問を持つかと思ったが、蘭陵は泰然の言葉に反応するわけでもなく、無言で奥へとつかつかと歩き出してしまった。
由羅はそれに驚いて泰然を見ると、彼は苦笑しながら蘭陵の背を追って歩き出した。
「ちょっと変わり者だけど、検死の腕と薬学の知識は確かだぜ」
「はぁ」
蘭陵に導かれるようにして入った個室の中には、うず高く積まれた書物に囲まれて、書卓が置いてあった。
椅子に座った蘭陵は大仰に足を組むとふうと息をつきながら背もたれに体を預けた。
そして腕を組んで由羅たちを斜めに見た。
「それで、何を聞きたいのか?」
無愛想な口ぶりに少し戸惑いながら、由羅は自分から話していいのか確認するために泰然を見上げた。泰然が小さく頷いたのを確認して由羅は自分の疑問を確認することにした。
「今回の被害者の検死結果についていくつか質問させてください」
「……君が?」
蘭陵は瞬間目を見開いて驚いた表情を浮かべたが、それも一瞬のことで、黙って由羅の言葉を待った。
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