6-2.検死結果②

「凌空様から、今回の被害者の死因はまだ断定できていないと伺いました。ですが検死結果からは毒殺の疑いが濃厚に見えます」


「そうだな。すべての可能性を排除すると中毒死の可能性が高い。だが、決め手に欠ける」


「それは紅玉薬に毒性がないからということでしょうか?」

「あぁ。あれは、他の貴族女性も口にしている薬だ。毒性がないと考えるのが普通だろう」


 その言葉に泰然が思い出したように確認を口にした。


「そういえば依頼していた結果は出たのか?」


「あぁ、他の3人の紅玉薬に毒が入ってたのではという話か。調べた結果、彼女たちが飲んだ紅玉薬には毒は含まれていないことが確認できた。もちろん、彼女たちが薬を飲んだ時に使用した杯にも毒は付着していなかった」


「ということは、やっぱり紅玉薬が原因じゃないってことか」


 泰然が眉間に皴を寄せてそう言うと、片手で頭を押さえて項垂れた。

 紅玉薬に毒が仕込まれていれば捜査はもっと容易に進めると踏んでいたからだろう。

 由羅はその様子を見ながら考え込んだ。


(そういえば、特定の食べ物で嘔吐する人間がいるって聞いたことがあるわ)


 大陸の西の端で、有名な医者の著書に「牛乳で嘔吐、下痢、じんま疹を起こす人間がいる」という記述があると聞いたことがあった。


 昔、黒の狼の仲間にも、卵を食べると体に紅斑が出て嘔吐した者がいて、崔袁が医者に診せたところ、食べ物によって体が異常反応を起こす人間がいると説明してくれたのを思い出した。


「あの、体質的に紅玉薬に反応する方だった……という可能性はありますか?」

「その可能性は低いだろうな。確かに特定の食べ物に体が異常反応する人間はいるが、妃候補4人だけがその体質で死亡しているというのは偶然にしてはできすぎている」

「まぁ、確かにそうですよね」


 4人だけが同じ食べ物に対して拒絶反応を示す体質だったとは考えにくいだろう。

 だが、念のために確認しておこう。


「泰然様、一応ですが4人の妃候補の方が何かを食べて体に異常があったことがあるかを侍女に確認してもらってもいいですか?」

「分かった。あとで刑部に調べさせる」

「お願いします」

「まぁ、なんにせよ紅玉薬が原因ってわけじゃないっぽいな」


 泰然の言う通り、これまでの流れだと紅玉薬を飲んだことで死亡したとは考えにくいだろう。

 ならば、それ以外の毒で死亡したことになる。


「あ、そうだ! そもそもの話なのですが、紅玉薬以外に毒を盛られたという可能性はないのでしょうか?」


 死ぬ直前に口にしたのは紅玉薬だが、その他に口にしたものがあったのかもしれない。

 だが、それについても蘭陵はゆるく首を振って否定した。


「ないだろうな。今回、死亡時の状況を聞いた限りでは呼吸困難により死亡したという線が濃厚だろう。呼吸困難となる毒としては毒芹どくせり福寿草ふくじゅそうが考えられるが、彼女たちがそれを食べたという報告はない」


「刑部からの報告でも、死ぬ前に食事をしていたわけじゃないみたいだ。だから食べ物に毒が入っていたっていうのは無いだろうな」


 ここまでの話を聞いて由羅の中で、一つの可能性が浮かんでいた。

 というより、この可能性が一番高いのではないかと思っており、そのことが最も聞きたいことだった。


「あの、話は変わるのですが一つ聞いていいですか? 検死記録を見ると外傷はないという事でしたが、小さな傷があったとか、針の跡があったといったことはありませんでしたか?」


 由羅の言葉に蘭陵は少し逡巡した後、一つの考えに思い立ったように、ポツリと呟いた。


「なるほど、毒針の可能性か」

「はい」


 接触が難しい相手に毒矢で暗殺する場合がある。

 矢毒を用いれば小さな針でも殺すことは可能だし、掠っただけでも殺せる。


「吹き矢を使って針を刺せば遠くからでも殺せるでしょうし、衣に毒針を仕込んで殺害することも可能です」


 由羅はその方法が一番あり得るのではないかと思っている。

 だが、由羅の考えに反して蘭陵は首を振った。


「残念ながらと言っていいかは分からないが、針の跡は無かったな。まさに傷一つない体だった」

「そうですか……」


 予想が外れてしまい、がっくりと肩を落とす由羅に泰然がぽんぽんとその肩を叩いた。


「まぁ、落ち込むなって。もう少し色々考えてみようぜ」

「はい……」

「聞きたいことはそれだけか? ないなら帰ってほしい。私も忙しいからな」


 蘭陵は感情の見えない声で淡々とそう言うと、由羅たちとの会話を打ち切るように机に向かってしまった。

 その背中からは邪魔だということがひしひしと伝わってきた。


 由羅もまた聞きたいことは全て聞けた。これ以上ここにいても蘭陵の邪魔になるだろう。


「今日はありがとうございました。あの……また追加で何かあったら相談させてもらってもいいですか?」


 その言葉に蘭陵が書物に目を向けたまま頷いたのを見て、一応礼をして由羅たちは部屋を出ようとした。


「そうだ」


 扉をくぐった時、背後から蘭陵が声をかけてきたので、由羅は足を止めて振り返った。

 蘭陵は書物からは目を離さずに、淡々と告げた。


「紅玉薬についてお前たちに一つ言い忘れていたことがあった。凌空様から言われて紅玉薬について調べてみたが、たぶん漢方薬にはない調合だ。というより、我が国で使用する漢方の素材では作られていないだろう。まぁ、紅玉薬が原因ではないからどうという情報ではないが、一応共有しておく」


「そうか、ありがとなって、聞えてないか」


 泰然は苦笑しながら蘭陵の背中に声をかけると外へ出たので、由羅もそれに続いて部屋を出た。

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