4-4.凌空の思惑
内心でため息をついていると、今まで黙って事の成り行きを見ていた泰然が、腕を組みながら壁に背を預け、由羅に語り掛けた。
「あーなんだ……、由羅、お前がどう思っているか分からないが、なんでこれだけの衛兵が宮の周りを警護しているか分かってるか?」
「……監視じゃないんですか? 凌空様が、平民丸出しの妃だと思われると紫釉様の評判に傷をつけるからって仰ってましたけど」
「そっか。やっぱり説明してなかったんだな。まぁ、凌空の理由も半分はそうだけどな」
それ以外の理由が分からず由羅は首を傾げると、泰然はガシガシと頭を掻きながら言葉を選ぶように話し始めた。
「後宮で妃教育も受けていないお前を、悪しざまに言う人間もいるはずだ。そう言った害意からも守りたい。あいつはそう考えたんじゃねーかな。まったく素直じゃねーよな」
泰然は呆れたように苦笑いしながら言った。その言葉が意外で、由羅は驚いて目を見張った。
「もう一つ、お前を宮から出さなかったのは、お前を守るためだ。お前を妃とした目的の一つはあんたもさっき言ったように、
確かに状況的にそうなる。だが、由羅には霊獣の守りがあり、滅多なことでは命を落とすことはない。
それに黒の狼である由羅ならば、刺客に対しても対処できる自信がある。
その考えが顔に出ていたのだろう。泰然はため息交じりに言った。
「いくらお前が霊獣の守りを持っているとしても、何が起こるか分からない。何かあった後ではそれこそ後の祭りだ。ただでさえ厄介ごとに巻き込んだって主上は考えていてさ。だからこうして護衛をつけてたってわけだ」
「それならそうって言ってくれれば」
「まぁ、言ったところでお前は納得して部屋にいるか? お前とは付き合いが長くねーけど、そう言う性格じゃねーだろうし、現に脱走しているわけだ」
「う……」
「それに余計なことを言って心配かけたくなかったんだよ、主上は。過保護だよなぁ。ま、そういうことだ。二人のことを悪く思わねーでくれよ」
紫釉が心配してくれるのは分かってはいたが、凌空もまた心配してくれていたことに驚いた。だが、これで由羅が置かれている状況が理解できた。
「泰然様。話してくださってありがとうございました」
「まぁ、脱走の手際はさすがだな。これからはそう簡単に脱走させるつもりはねーけど、また抜け出されても困るし、捜査に参加できるように俺からも凌空に掛け合ってみる」
「ありがとうございます!」
「じゃあな。今日は大人しくしておいてくれ」
泰然はニカリと笑うと、ひらひらと手を振りながら部屋を出て行った。
今まで「守ってもらう」ということがなかった由羅にとって、この状況は戸惑いが大きい。
だが一方で、二人の気遣いが嬉しくも思える。
(それでも、我儘かもしれないけど、やっぱり私も何か手伝いたい。……早くみんなに会いたい)
由羅は、これからどうすべきか考えながら、閉じられた扉を見つめた。
※
翌朝。
来客などなかった碧華宮に突然人が訪れた。
その客はにこやかに微笑みながら由羅の部屋へと入ってきた。
「おはようございます、由羅さん」
「凌空様!? お、おはようございます」
朝の支度は終えてはいたが、まだ朝食も食べていないという時間である。
凌空の突然の訪問に由羅は目を見開いて驚いてしまった。
「こんな朝早くにどうされたんですか?」
「すみません。私は貴女と違って忙しくて、この時間しか手が空かなかったのです」
「それは、お疲れ様です」
紫釉も多忙だと聞いているので、宰相の凌空も忙しいのだろう。
だが、気のせいかもしれないが凌空の言葉に少し棘を感じてしまった。
「昨日、貴女は『何もしないで待ってるのが辛い』と言いましたね」
「はい、言いましたけど……」
含みのある凌空の言いぶりに、彼の意図するところが分からず由羅が首を傾げていると、今度は泰然がひょっこり部屋に現れた。
その手には目の前が見えなくなるほど大量の書類を抱えている。
「お、由羅。おはよう! 朝早くすまねーな」
「泰然、そこに置いてください」
「おうよ。ったく人使いが荒いな」
「力仕事は貴方の領分でしょう」
凌空の指示で泰然は机の上に大量の書類をどんと置いた。
何が起こるのか分からず戸惑っていると、凌空は由羅を見てにっこりと微笑んだ。
「お望み通りの品物をお持ちしましたよ。今回の怪死事件に関する刑部での捜査資料です。どうぞ、好きなだけ読んでください」
「あ、ありがとうございます」
あれほど由羅が捜査に関わることに剣呑な態度だった凌空が突然捜査資料を提供してきたことに、由羅は面食らった。
そんな由羅の反応を無視して、凌空はもう一度優雅な笑みを浮かべた。
「由羅さんは時間があるようですから、読めるのであれば是非じっくりと読んでください。では、私たちは時間がありませんので失礼しますね」
「じゃあな、由羅」
「えっ? あ、はい」
言いたいことだけ言って凌空は出て行ってしまった。
嵐のようにやってきて、嵐のように去って行った凌空たちの背中を、半ば呆然と見送った由羅は、何が起こったのか状況が掴めなかった。
(なんだかよく分からないけど資料は手に入れることができたからまぁいっか)
由羅はそう思って
※
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