4-1.捜査の基本は情報収集
碧華宮から上手く抜け出した由羅がまず向かったのは、女官の休憩所となっている庭園だった。
そこは後宮と外庁の中間にある庭園で、人工の小川がさらさら流れていて中央には東屋がある。
季節の花々が植えてられていて、疲れた体にひと時の癒しを与えてくれる。
所々に
その一角に由羅は座り、周辺から聞こえてくる姦しい女官たちの会話に耳を傾けていた。
女官たちは噂話に花を咲かせ、ものの数分で様々な情報が入って来た。
まずこの乾泰国には筆頭五家と呼ばれる5つの家が権力を持っているらしい。
劉家、魯家、藍家、楊家、趙家の5家である。
(たしか凌空様は楊凌空だから楊家よね。泰然様も趙を名乗ってるから趙家ってことね)
つまり筆頭五家のうち、楊家と趙家は紫釉派であることが察せられた。
残りの3家については、劉家が軍事を司る兵部に多く人を輩出しているらしいことと、魯家が外交に強い礼部を仕切っているところまでは分かった。
だいたいの勢力図が分かったところで、怪死事件についての情報が得られないものかと由羅が耳を澄ませていると「翡翠妃」という単語が耳に入った。
翡翠妃というのは、由羅の別名である。由羅の名前は公にされていないので翡翠妃と呼ばれているのだ。
(私がなんなんだろう?)
彼女らは東屋に座り、胡麻団子を頬張りながら話をしている。
由羅の位置からは少し距離があるので、由羅はさりげなく東屋に近い長椅子へと移動した。
「皇帝陛下もようやく妃を迎えたわね。翡翠妃を妃に迎えたってことは男色家っていうのはやっぱりデマだったのね」
「よかったぁ。皇帝が男色家っていうのは……私はちょっとねぇ」
「お世継ぎの問題もあるしねぇ」
そう言えば由羅がお飾り妃となる目的の一つに、紫釉に妃が決まらないため広がった男色家だという噂を払拭する目的もあった。
なるほど、女官たちまでこのような話をしているということは、割と深刻な問題だったのかもしれない。
3人の女官がそう話していると、別の女官が声を潜めて口を開いた。
「実は、主上に妃が決まらなかったのは、妃候補が呪いによって次々に死んでしまって妃が決まらなかったっていうのが本当らしいわ」
「呪い!?」
「しー!」
驚いた声を上げた女官をすぐさま制止したのは黄緑の衣を纏った女官だ。
その女官は再びひそひそを話を続ける。
「なんでも、亡くなった方々は全員青い顔をして倒れて、呼吸できずにそのまま死んでしまうらしいのよ。原因も分からなくて、これはもう呪いだって刑部の中では有名な話みたい」
刑部は事件を捜査する機関だ。
彼らが捜査しているということは、紫釉も怪死事件の捜査は指示しているということで、最新の捜査情報は紫釉の耳にも入っているはずだ。
だがその刑部の官吏たちですら原因が分からないでいるということは、捜査は暗礁に乗り上げている状態なのかもしれない。
「やっぱり劉家のどなたかが呪いをかけたのかしら?」
「確かに怪しいわね」
「当主の
「私もそう思う。だって劉家の人って陛下に何かと反発するじゃない?」
今の話からすると劉家は紅蘆派であるのだろう。
その背景だけを考えるなら殺害を指示したのは劉家当主の菫夜である可能性は高い。
そこから女官の話は武官がいかに脳筋が多いのかの話題に移り、それでも某氏は
これ以上は彼女たちの話を聞いても有力な情報は得られないだろう。
由羅はそう判断すると、そっと席を立った。
(怪死事件について、もう少し知りたいわね……刑部に潜り込めばもう少し情報が入るかもしれないわ)
被害者は全員同じ死に方をしているらしいが、もっと死亡状況や人間関係、亡くなる前の行動など具体的な情報が知りたい。
「刑部に潜り込めるかちょっと様子を見てみようかしら」
そう思った由羅は、そのまま刑部がある左官府へと足を向けた。
※ ※
歩きながら由羅は脳内に皇城の見取り図を展開した。
刑部のある左官府は皇城の西側にある。
正門である
往復の時間を考えると結構な時間がかかってしまう。
由羅は小走りに左官府へと向かっていると、前方を一人の老人がふらふらと歩いている後姿が目に入った。
足元がおぼつかない様子で、右足を庇っているように見えることから、もしかして足が不自由なのかもしれない。
なんとなく心配になって見守っていると突然老人が躓き、体が傾いたのを認めた瞬間、由羅は駆け出していた。
「危ない!」
老人が倒れる前に何とかその体を支える。
由羅が足を踏ん張って体だけは倒れないようにしたが、ばさばさと音がして地面に本が散らばった。
「大丈夫ですか!?」
「あぁ、すまんね。助かったよ」
そう言った老人はもともと深い皴を更に深くして小さく微笑みながら由羅を見た。
身長は由羅と同じくらいだが、少しだけ腰が曲がっているので由羅よりも小柄に見える。
肩くらいまでの白髪を結い上げており、こざっぱりした印象を受けた。
目じりに皴を寄せながら微笑む表情と、年を感じさせる深みのある声、そして纏う雰囲気から彼の柔和さが伝わって来た。
「間に合ってよかったです」
「足が思うように動かなくてね」
老人は苦笑しつつ自分の右足を軽くさすった。
「それは大変ですね」
そう言いつつ、由羅は地面に散らばった本を素早く拾った。……のだが、その本の数がかなり多く、全部拾い終えると両手で抱えなければならないほどだった。
足が悪いのにこれだけの本を持って歩くのは難儀だろう。
「あの、これどちらに持って行かれるんですか? 良ければ運びましょうか?」
「でも……忙しいのでは? 手間を取らせるわけには……」
「大丈夫です!」
本当は早く左官府へ向かいたい気持ちもあるが、困っている老人を見捨てるのは良心が痛む。
ここは老人の助けをすることにしよう。
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