3-3.独自捜査開始


「な、何てことするんですか! というかこんなに高級な品、もらえません! そもそも、私はお飾りなんです。一時的な妃なんですよ。そんな人間にこんな高価なもの不要です!」

「嬉しくないの?」

「嬉しいとか嬉しくないという次元の問題じゃないです」


 この簪一つでどれだけのご飯が食べれるだろうか?

 思わず頭の中で市場で売られている小籠包で換算してしまい、恐ろしくなった。


 紫釉はおもむろに立ち上がると、青ざめている由羅の手からするりと簪を取り、そのまま流れるような動きで由羅の髪に触れた。

 そして結い上げていた髪に、その簪を挿した。


「うん。似合ってる」


 にっこりと微笑まれてしまい、由羅はいりませんとも強く言えずに口をつぐんでしまう。


「寂しい思いをさせてしまったから捜査したいなんて言うんだね。でも大丈夫。これからは由羅の元に毎晩通うから心配しないで。じゃあ、またお茶を飲もう」


 紫釉はそのまま扉の方へと歩き出したので、由羅は驚いて声をかけた。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 まだ事件の話を聞いていないのだ。このまま帰られては困る。

 それに由羅がお飾り妃になった目的の一つには、紫釉を後宮内で守るという目的があったはずだ。

 だから、共寝はしないものの、てっきりここで一晩過ごして帰るものだと思っていた。


「帰るんですか!?」


 思わずそう言った由羅の言葉に、紫釉が足を止めると首を傾げた。


「……ここに泊まっていいのかい?」

「そのつもりだったのですが。だって、後宮内の護衛も私を妃にした理由ですよね」

「俺はこうしてゆっくりお茶を飲む時間が過ごせれば十分だよ。それに、泊まるって言ってもね……」


 そう言って紫釉は奥の部屋にある寝台の方をちらりと見た。

 確かに寝台は一つしかない。

 ということは、二人で寝ることになる。

 いくらお互い恋愛感情がないとしても、男性と同じ寝台で寝るのは少し躊躇ってしまう。


(でも、ヴァルティアからの呪いから解放してくれた礼もしなくちゃならないし……)


 葛藤している由羅を見て、紫釉がくすっと笑った。


「そういう事だから、今日はもう帰るよ。じゃあね、由羅。良い夢を」


 紫釉がぽんと由羅の頭を撫でると、そのまま部屋を出て行ってしまった。

 それを動揺したまま見送った由羅は、扉が閉まる音を聞いてハッとした。


「あ……誤魔化された……」


 結局、捜査に加わることを有耶無耶にされてしまった。

 なかなか手ごわい相手である。

 由羅は寝台へと倒れ込むと、深いため息をついた。


(明日こそ、絶対に話を聞かせてもらおう)


 敗北感を味わいつつ、由羅はそう固く決意して、その夜は寝ることにした。


 ※ 


 まだ3日、もう3日。

 紫釉が初めて由羅の部屋を訪れてから、すでに3日が経とうとしていた。


 約束通り紫釉は毎日由羅の部屋に来てくれたが、肝心の怪死事件の話になると「由羅を危険に遭わせたくない」と言われしまい話を聞けないのだ。

 

 食い下がろうとしても、なんやかんや泰然と凌空の失敗談を面白おかしく語られたり、珍味が手に入ったと酒を勧められついつい杯を重ねてしまう…など、気づいたら上手くはぐらかされてしまっている。


(このままじゃダメだわ)


 このまま正攻法で捜査に加えてもらおうとしても無駄な気がする。


 今の由羅はまるで紫釉に飼い殺しにされているような気分だった。

 一刻も早く怪死事件を解決して、この後宮から出て行きたい。

 何とかしてこの状況を打開しなくては。


(そうだわ……なにも紫釉様から話を聞く必要はないじゃない)


 黙って紫釉の言葉に従って部屋いるほど、由羅は大人しい性格ではない。

 紫釉が当てにならないのであれば、自分で動けばいいのだ。

 そう思った由羅は、さっそく行動することにした。


 さて、どう動くか。

 まず由羅はこの怪死事件について全くと言っていいほど知らない。

 ということは、まずは情報を収集することが現状第一にすべきことだろう。


 事件はそのようにして起きたのか。どんな状況でどう死亡したのか。

 そう言った情報を集めると共に、容疑者が絞れれば上々の結果と言えるだろう。


(どうやって情報を集めるかよね)


 情報は人の多い所に集まる。つまり聞き込みをするのが捜査の定石だろう。

 ならばこの碧華宮から出ることが第一関門だ。


 幸いにして蘭香は侍女仕事に追われてこの部屋に来ることは滅多にない。

 こっそり抜け出して、さくっと情報収集して、さっと戻ればバレることはないだろう。


 次の問題は外の衛兵だ。

 門の外には常に衛兵たちがいて、以前外に出ようとして止められたことがある。

 正面切って出て行くことは不可能だろう。

 ならば、正面切らず奥の手を使えばいい。


 由羅はそう考えると、この一週間で碧華宮を見回ったときのことを思い出した。

 確か、一か所だけ塀が欠けている部分があり、そこからならば塀を登って越えることができるだろう。

黒の狼である由羅にとっては朝飯前である。


 由羅はそう算段を付けると、すぐさま侍女の服に身を包み、滑るように部屋から出ると塀へと向かった。

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