第18話 調査の開始
前田奈緒美は、NDSラボに戻るとすぐに田島紗絵子の調査ファイルを手に取った。オフィスの静けさの中、彼女の冷静な視線が書類を追い、これから始める調査の概要を頭の中で組み立てていく。紗絵子が末期がんで亡くなったのは事実だが、その死に何か不自然な点があるとすれば、それを見逃すわけにはいかない。彼女が何を残そうとしたのか、そして玲奈が抱える不安の正体を突き止めるため、奈緒美はすぐに行動を開始する。
まず、奈緒美はNDSラボの分析チームに紗絵子の遺体から採取されたデータの再分析を依頼した。彼女が死の直前に摂取したとされる薬物の成分や、体内に残された異物の有無を詳しく調べる必要があると感じたからだ。奈緒美は、紗絵子が末期がんに苦しみながらも、なぜか最後の瞬間まで何かを準備していたという杏奈の証言が頭から離れなかった。
「彼女は何を考えていたのかしら…」奈緒美は独り言のように呟きながら、分析結果を待つ間、紗絵子の遺品に目を通すことにした。
彼女が手にしたのは、紗絵子の自宅から持ち込まれた数冊の日記と、いくつかのビデオテープだった。日記は年季が入った革の表紙に包まれており、長い年月を経てきたことが一目でわかる。奈緒美は慎重にページをめくり始めた。日記には、玲奈が生まれた頃からの記録が残されていたが、どのページにも娘に対する深い愛情が綴られている。だが、その愛情の裏には、どこか痛みを伴うような表現が見え隠れしていた。
「玲奈を守らなければ…私がすべてを犠牲にしてでも」
「彼女に真実を伝えることができるのだろうか…」
「この罪は、きっと私をいつか追い詰めるだろう…」
奈緒美の眉間にシワが寄った。何かが確実に隠されている。日記には、普通ならば書かないような隠喩的な表現が多く、紗絵子が抱えていた心の葛藤を垣間見ることができた。特に「罪」という言葉が何度も出てくることが、奈緒美の注意を引いた。
次に、奈緒美はビデオテープを再生するため、オフィスにあるモニターに向かった。古い形式のテープだったが、これもまた紗絵子が玲奈に何かを伝えようとしたメッセージだと感じられた。モニターに映し出された映像には、紗絵子が自宅のリビングでカメラに向かって語りかける姿が映っていた。彼女の表情は穏やかだが、その目には深い悲しみと決意が宿っている。
「玲奈、これを見ている頃、私はもうこの世にいないでしょう…でも、どうしても伝えたいことがあるの。あなたがこの世に生まれてから、私にとってあなたは唯一の希望でした。だけど、私には一つ、大きな秘密があります。それをあなたに伝えるべきか、最後まで迷いました。」
紗絵子の声は震えており、次の言葉を紡ぐことに戸惑いが見える。ここで映像が途切れた。奈緒美は画面を凝視しながら、その言葉の続きを想像した。これが玲奈の抱えていた不安の源だと確信した。紗絵子は最後まで「大きな秘密」とやらを隠そうとしていたのかもしれない。
その瞬間、分析チームからの報告が届いた。奈緒美はすぐに報告書を手に取り、細部を確認する。紗絵子の体内から微量の異物が検出されていた。それは、通常の薬物治療には使用されない成分だった。
「これは一体…」奈緒美は、さらに深く調査を進める必要があると感じた。紗絵子は何かを隠していた。しかし、それは単なる病気や死に関することではなく、もっと深い、玲奈に直接関わる秘密であることが明らかになりつつあった。
奈緒美は再び日記を手に取り、残りのページを確認し始めた。彼女の心の中で、紗絵子の言葉が鳴り響いていた。「この罪は、きっと私をいつか追い詰めるだろう…」。この罪とは何なのか。奈緒美はその答えを見つけ出す決意を固めた。
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