第17話 依頼の始まり
前田奈緒美は、NDSラボのオフィスに戻ると、デスクに積まれた書類に目を通しながら、疲れた体を椅子に沈めた。幾多の事件を解決してきた彼女にとって、ここは自分のすべてをかけるべき場所だった。しかし、その日、いつもとは少し違う緊張感が彼女の胸に押し寄せていた。何かが起こる予感が、肌に感じられるほどリアルだった。
そんな中、デスクの電話が静かに鳴り響いた。奈緒美は書類から顔を上げ、手元の受話器を取る。「前田です」。冷静な声で応答するが、電話の相手は聞き覚えのある声だった。
「奈緒美、久しぶり。…急にごめんなさい。どうしても聞いてほしいことがあって。」その声は、彼女の大学時代からの友人、杏奈だった。親友というには少し距離がありながらも、互いに信頼し合う関係を築いてきた二人。しかし、杏奈の声にはいつになく不安の色が浮かんでいた。
「何があったの?」奈緒美は声を潜め、杏奈の話を促した。
「実は…、紗絵子が亡くなったの。突然で、本当に信じられない。」杏奈の声は震えていた。紗絵子…、田島紗絵子。奈緒美も彼女を知っていた。数年前に夫を事故で亡くし、娘の玲奈を一人で育てていた。強くて優しい女性だった。
「えっ…紗絵子が?」奈緒美の声には驚きが滲んでいた。「どうして…。突然すぎるわ。」
「末期がんだったみたい。でも、玲奈が…、何か違うんじゃないかって言うの。母親が何かを隠していたんじゃないかって。」
「玲奈が?」奈緒美は、ますます事態の異常さを感じ取った。「彼女はどうしてそう思っているの?」
「玲奈が言うには、紗絵子が亡くなる前に何かを『残した』と言ってたらしいの。だけど、その『何か』が何なのか、彼女自身もわからないみたいで。とにかく、紗絵子が最後に何か重要なことを残そうとしていたのは確かだと思うの。」
奈緒美は、デスクの端に置かれたメモパッドにペンを走らせた。杏奈の話す内容を整理しながら、頭の中でさまざまな可能性が浮かび上がる。「何か残した…。それは具体的に何か分かっているの?」
「それが、わからないの。ただ、紗絵子の最後の言葉がすごく不自然だったって玲奈が言ってて…。奈緒美、お願い、玲奈の力になってあげて。彼女、まだ16歳よ。」
奈緒美は一瞬言葉を失った。玲奈が幼い頃から知っている彼女にとって、紗絵子の娘はまるで自分の親戚のように感じていた。「もちろんよ、杏奈。私がやれる限りのことはするわ。」
「ありがとう、奈緒美。本当に助かるわ。」杏奈の声には安堵の色が混じっていた。「これで少しは気が楽になった。」
電話を切った奈緒美は、深呼吸を一つした後、すぐに行動に移る決意を固めた。紗絵子の死の真相を明らかにし、玲奈の不安を取り除くために。彼女の頭の中で、次にすべきことのリストが次々と浮かび上がる。まずは、玲奈と直接話をしてみることだ。紗絵子が残した「何か」を探し出すために。
奈緒美は、オフィスを出る準備をしながら、心の中で誓った。「必ず、真実を見つけ出してみせる。」その言葉が、彼女自身を奮い立たせるように響いた。
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