第5話 証拠の復元と新たな謎
NDSラボのオフィスは、日が傾き始めた時間帯の静けさに包まれていた。窓から差し込む夕日の光が、無機質なフロアに温かみのあるオレンジ色を添えていたが、前田奈緒美の表情は深刻さを帯びていた。彼女のデスクには、先ほどまで高橋剛が復元していた被害者の通信ログが表示されており、そこには解明すべき複雑な暗号が依然として残っていた。
「極秘プロジェクトに関わっていた…これはただ事じゃないわね。」奈緒美は自分に言い聞かせるように呟いた。復元された通信ログには、明らかに被害者が何か重要な情報をやり取りしていた痕跡が残っており、それが何らかの形で今回の事件に深く関与していることは明白だった。
奈緒美は考え込んだ後、すぐに隣の部屋で別の調査をしていた中谷彩に連絡を取ることを決めた。彼女の分析と視点が、この複雑なパズルの鍵を握っていると直感したからだ。
「彩、今少し時間があるかしら?」奈緒美は電話で呼びかけた。「被害者のデータを解析しているんだけど、どうしても解明できない部分があって、あなたの意見を聞きたいの。」
「もちろん、すぐにそちらに行くわ。」彩の声はいつも通り冷静で、その冷静さが奈緒美に少しの安心感を与えた。
数分後、彩が奈緒美のオフィスに到着し、モニターに映し出された復元データに目を通した。彼女の瞳は一瞬でログの細部に集中し、その場に静かな緊張が漂った。
「これは…興味深いわね。」彩は眉をひそめながら言った。「この通信ログの中に見られる一連の記号と数字、それが何かの化学式を表しているように見えるわ。」
「化学式?」奈緒美は驚いた表情を見せた。「それがどうして通信ログに?」
「それはまだ分からないけれど、考えられる可能性は一つしかない。」彩は画面に映る記号を指差しながら続けた。「私たちが被害者の肝臓から見つけた微細な異物、あれがナノマテリアルである可能性が高いということよ。そしてこのログに記載された化学式は、そのナノマテリアルの構造を示しているかもしれない。」
奈緒美は再び画面に目を戻し、彩が指摘した部分を確認した。その記号は、確かに何かを暗示しているようだったが、その具体的な意味を解明するにはさらなる分析が必要だった。
「ナノマテリアル…それが被害者の体内にどうやって入ったのか。」奈緒美は呟き、思考を巡らせた。「被害者は自分の意思でその物質を取り込んだのか、それとも…」
「無意識に取り込んだ可能性もあるわ。」彩は慎重に言葉を選んだ。「この種の物質は、空気中や食品、あるいは医療処置の一環として体内に入ることも考えられる。もしそのナノマテリアルが何かのプロジェクトの一部であるとすれば、被害者はその実験対象になっていた可能性もある。」
奈緒美の眉間にしわが寄った。被害者が何らかの極秘プロジェクトに関わっていたとすれば、彼の死は単なる事故や事件ではなく、計画的なものだった可能性が浮上してきた。
「そのナノマテリアルが人体にどのような影響を与えるのかが分かれば、死因の特定にも近づけるかもしれないわ。」彩は、奈緒美の思考に寄り添うように言葉を続けた。「今までにない新しい物質であるなら、その影響も未知数だから、慎重に分析を進める必要があるわね。」
「わかった、彩。あなたの分析が終わり次第、結果を教えて。私もこの通信ログをさらに解析してみるわ。」奈緒美は再びパソコンに向き直り、データの深部にアクセスを試みた。
彩は席を立ち、ラボに戻る前に一度振り返って言った。「私もこの件について大学時代の知り合いに相談してみるわ。ナノテクノロジーの専門家がいるから、きっと役に立つ情報が得られるはず。」
「助かるわ、彩。よろしくお願いね。」奈緒美は感謝の意を込めて頷いた。
彩が部屋を出て行くと、奈緒美は再び画面に目を落とした。ナノマテリアル、極秘プロジェクト、暗号化された通信ログ――すべてが一つに繋がっているようで、まだ全体像が見えてこない。彼女はデスクに置かれたコーヒーを手に取り、一口飲んでから深く息をついた。
「私たちが真実を明らかにしなければ、この事件は永遠に闇の中だ。」奈緒美は自分に言い聞かせるように呟き、再びキーボードを叩き始めた。
これからの調査でどれだけの真実に辿り着けるかは分からない。しかし、奈緒美はその道のりが困難であろうとも、決して諦めない覚悟を持っていた。
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