第6話 夏の終わり


高3の夏休み。それは高校生活最後の夏であり、青春時代最後の夏とも言えた。だが受験が目前に迫った時期であるため、僕らはほとんど遊ぶことなんてできやしなかった。


ピロン


『来週、夏祭りあるの覚えてるよね?』


突然彼女から連絡が来た。来週は、彼女が『約束』だと言った花火大会だ。忘れるはずがない。僕はすぐに返信した。


『もちろん覚えているよ。花火、楽しみだね』



「なあ、俺ら今から焼きそば食いに行くんだけどお前も来る?」


2度目の夏祭り。彼女との待ち合わせ場所に向かっていたら、クラスメイトに出会った。


「え…あ、いや、僕は…」


「もしかして誰か一緒にまわる人いる?…いや、お前彼女とかいないだろうし、いいよな!ほら行こうぜ!」


「えっちょっ…」


勝手に彼女いない認定をされ、連れ回されることになった。少し友達というものに嫌悪を抱いたが、もしかしたら今後ほとんど会わなくなってしまう人もいるかもしれないのだ、と思い直して、仕方なく、彼らに同行することにした。


『いきなりでごめん!クラスの奴らとまわることになっちゃった。花火までに君と合流できるようにするから!』


『ううん、いいよ。私も友達に会ったから。花火は一緒に見ようね。』


あぁ、友達もいたのか。なら、よかった。


「おーい、何してんの!置いてくぞ!」


彼女に連絡していたら、いつの間にか連中は先へ進んでいたらしく、遅れた僕に気づいた友達が声をかけてくれた。


「あっごめん!…今何して………」




僕は時間も忘れてクラスメイトたちと夏祭りを騒ぎ楽しんでいた。あぁ、僕はなんて損なことをしていたんだろう。人を信じられない、と言って友達も作らず、ひとりぼっちのままでいたら、この、楽しさがどんどん湧いてくるような体験を知れなかったかもしれない。


しかし、僕はこの人生で最も後悔することになる、大失態を犯していた。


ヒュー___ドッカーン


それは、この地域のどこからでも聞こえてくる、美しく、大胆で、儚い花の散る音だった。そして僕にとっては、最悪の事実を告げる音でもあった。


「うわぁ、何度見ても綺麗だよな、あれ。」


クラスメイトのそんな呑気な声を、僕の耳は捉えられなかった。ただ、僕は宙を見て立ち尽くしていた。手に汗が滲んでくる。


「…ん?どうかしたか?」


そして次の瞬間、僕は走り出していた。


「え、おい!ちょっと待てよ!」


その声はまたしても、僕に届かなかった。僕の頭の中にあったのは、彼女のことだけだった。


彼女は『約束』だと言っていた。それを、僕は承諾したんだ。僕は約束を破ってしまった!僕が、彼女を裏切ってしまった!……いや、でもきっと、直接会って謝れば、許してもらえるはずだ…!


プルルルル プルルルル…

電話が繋がらない!なんで!?彼女がどこにいるのか…。


ドッカーン パラパラパラ… ドッカーン


花火の音は勢いを増していた。当てもなく僕は彼女を探して走りまわる。今、何分経ったんだ?あとどれくらいで終わるんだ?僕の心の中で、早く彼女に会って謝らないといけないという焦りと、彼女ならきっと許してくれるという淡い期待が混ざり合って余計に僕の体力を削っていく。


彼女のいる場所は………?そう考えた時、一つだけ思い当たる場所があった。本当にいるかわからない。だが、他に彼女の居場所に見当はつかない。きっと、彼女はそこにいる。そう信じて行くしかない。


ドーン ドーン ドッカーン


大きな花火が上がる音と、それに合わせて上がる歓声。色鮮やかに光る破片と、それらを見物する目の前の人々。そして、人々の後ろに並ぶ、花火色に輝いている向日葵。その中に1人佇む、紅色の花模様が散りばめられた浴衣を着た少女を見つけた。


「ごめっ…!」


ヒュー___ドッカーン


一発、今日1番大きな花火が、今、燃え尽きた。そして、いつも賑やかな向日葵の公園に、一瞬の静寂をもたらした。大輪の向日葵だけが、いつも通りにゆらゆらと揺れている。ゆっくりとこちらを振り向いた彼女は、相も変わらず綺麗だった。ただ、彼女の右頬に流れる一筋の光が、僕の心臓をぎゅっと引き絞った。


「っ………!」


「あっ、待っ…!」


彼女は一瞬僕を睨みつけたかと思えば、どこかへ走り去ってしまった。中学の部活以来に全力ダッシュし続けていた僕は、もう体力もすっからかんで、追いかけることもできなかった。そのまま夏祭りも終わり、僕は、さっきまで彼女がそうだったように、その場に1人ポツンと残されてしまった。

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