第5話 僕の始まり


「席替えしまーす」


夏休みが明け、また平凡な日々が流れ出した。夏の僕らの時間は、今思い返すと夢のようで、それでも彼女と視線が交わるたび、あの最初の言葉は、嘘ではなかったのだと実感する。


そして、僕はあの花火の夜の彼女との話を再考してみて、この世の中に信じられないもの、信じたいもの、そもそも無意識下に信じていたものがあれだけ混じり合って存在しているなら、人間不信だなんて言っているのがくだらないように思えてきた。あの時、僕にとって親友はかえのきかない存在だったのかもしれないけれど、もう、そんなのは昔の話だろう。いつまでも不貞腐れているのも格好が悪い。


「あーっと、な、お前、俺とまだ話したことないよな?」


休み時間、そんなことを考えていたら、隣の席になったクラスメイトが話しかけてきた。高2の9月になってまで、僕はクラスのほとんどとまともに会話をしたことがなかった。


「あ…うん。よろしく。」


人と会話する機会が激減していた僕は、少々コミュ障になっていたらしい。


「おう、よろしくな!」


彼と会話を続けることはできなかったが、僕としては一歩前進できたような気がして、少し心が軽くなった。




高校3年生になった。去年から、人とのコミュニケーションを少し積極的に行うようになったおかげで、僕の周りには少しずつ人が増えていった。人並みに友達と遊ぶようにもなった。ただ、反対に、彼女と話す機会は少しずつ減っていた。


「あっ、ねぇ、今日あいつらとカラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」


「あ…、ごめんね、お誘いは嬉しいんだけど、今日も塾があって…」


「あぁ、そっか。」


去年の冬ごろから、彼女は塾の授業が増えたようで、なかなか遊ぶことができなくなっていた。


「また今度、行けたら行くね!」


そう言って、彼女は歩き出した。だが、「あ」と立ち止まって僕の方を振り向いて微笑んだ。


「…それより、君、もう陰キャじゃなくなったね。前より、すごく明るくなった。…人間不信はやめたの?」


「…そうだね、信じる信じないって、簡単には決められないけど…。でも、人間不信でいるってのは、少し、くだらないと感じたんだ。」


君のおかげで。なんてちょっと恥ずかしくて言えなかった。


「そっか…、くだらない、ね。…うん、良いと思うよ。それじゃあ、バイバイ。」


「うん、またね。…君も、無理しないでね。」


高校3年生だし、そろそろ受験勉強もしないといけないのかもしれない。塾に通い詰めの彼女は、寝不足なのか、顔色が悪かった。少し心配になったが、直後に友達に話しかけられたせいで、それは頭の片隅に追いやられてしまった。

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