第4話 約束と信頼


「人って信頼で成り立つ生き物でさ、他人を信じないで生きようなんて、無理なことなんだよ。」


彼女は僕の方を振り向いて言った。


「…人と、協力してかないと生きていけないって話?」


「うーん、それもそうだけど…、まず根本的に、社会の仕組みってものかな、それって人が信頼しているから成り立つものだと思うんだよね。」


社会の仕組み…?深い話になるのだろうか。結局は、「とにかく人を信じろ」とでも言うために僕を諭すつもりだろうか。


「ね、君ってさ、やっぱりリーダー系やったことあるんでしょ?」


「え………。まぁ、うん。小学生の時に、一応、副部長をやってたけど。」


良い思い出ではないが。思い出すのも億劫だ。


「やっぱり!それってさ、どうやって決めたの?」


「いや…普通に立候補しただけだよ。ってかその話のどこに関連が…」


「立候補したってことは、信頼を求めたってことだよね。」


信頼を…求める?


「そもそも、最初からでたらめにリーダーが決まっているわけじゃないでしょう?多くの人々が、『その人はリーダーだ』と認識しているから、その人はリーダーでいられて、みんな従ってくれる。でも、信頼がないリーダーは、誰にもついてきてもらえないから、リーダーとなれない。人に、『リーダーだ』と認識してもらえないってこと。…だから、信頼を求めた。ね?わかる?」


「いや…でも、認識と信頼はまた違うものなんじゃ…。認識は、それを事実としてみてるわけで、信頼って、別に事実だとわからなくてもそれを事実だと思い込む、みたいな感じだし…。」


この二つは似てるのかもしれないけれど、根っこに支えがあるのとないのとじゃ、全然違う。信頼は、不安定なものだ。だから、簡単に…。


「じゃあ、事実って、なんで事実だってわかるの?」


「え?」


事実は事実。見たまんま、目の前で起きたこと、起きた根拠があるもの、それは、事実だと捉えざるを得ない。……でも、そうじゃないとしたら…?…だったら、その『根拠』は…?


「根拠も、それが本当のものだって、どう証明する?例えば、多くの人がそれを見た、と証言したとする。でも、その人たちが全員、どうにかして操られていたとしたら?みんなが正気で、本当のことを言っている、なんて、それこそ証明は難しいんじゃない?誰かがどこかで嘘をついてるかもしれないし、矛盾が生じてくれないかもしれない。」


多くの人の声が聞こえてくる。祭りで盛り上がった声だ。みんな同じ方向を向いているらしい。


「他の人と自分が見ている光景は、もしかしたら違うのかもしれない。自分の考えは、全てを他の人に見せることはできないし、他の人の考えを覗くこともできない。」


彼女は空の方を向いて一歩進み出た。僕もそれにならって彼女の隣に立つ。


「それに、認識の認は、認めること、でしょ?信じられるから、認められる。」


彼女はふわっと笑った。認める、こと…。心のどこかで、何かが弾ける音がした。


わぁっと歓声が上がる。


ヒュー___ドッカーン


花火が打ち上がった。僕の目の前に、色とりどりの光が飛び出す。


「わあ…綺麗だね!」


「…あぁ、うん。綺麗だ。」


次々に、多彩な花火が打ち上がっていく。花壇に植えられた向日葵が、花火色に色づけられていた。


「…言葉も、みんながそう認識してるから、自分も同じように使える。もしかしたら、『綺麗』なんて言葉も、意味が違った世界線もあるかもね。」


言葉は、皆がそんな意味で使う、と信じてるから、自分もそう使う。


「細かいことだけど、信じるって深いから。」


花火の光に照らされて、彼女の表情はうまく読み取れなかった。




最後の一発が大きく散り、人々はぞろぞろと歩き出した。


「こんな社会で人を信じるってことは難しいことだけど、少なくとも今君は、もしかしたらここにいた多くの人と、たった一つ『綺麗』って言葉を共有し合えたんだから、人を全く信じないってのは、もっと難しいよね?」


信じることも、信じないことも、難しい。はっきり、どっちかを取るってのは、なかなかできないもの、か。


「ねぇ、来年も、ここで、花火を見よ?」


「えっ…、うん。全然いいよ。」


断っても、引っ張っていく…んじゃないのか?いつもそうなはずだけど…今日はいつもの強引さが見受けられない。


「あっほんとっ?やった!…じゃあ、約束だよ?」


無邪気な笑顔のその裏に、何かがあるように思えた。


「約束?うん、わかった。」


「ちゃんと…守ってね?私、君のことは信じてるから…」


「…うん。わかってるよ。僕も、君を信じてみたい気持ちになった。」


たった一つの約束に、「信じる」なんて大袈裟かもしれない。でも、僕にとっては大切なことだから。


「そう?よかった!…さっ帰ろ!」


彼女は満足したような笑顔でそう言って、僕の手を引っ張っていった。




そうして、僕と彼女の夏は終わった。

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