第3話 光と紅
「やっほ、待った?」
「いや…別に」
「そう、よかった!」
僕たちは、学校の近くの小さな神社で待ち合わせしていた。神社は、夏祭りの最中とあって、多くの人々で賑わっていた。提灯の淡い光に照らされた屋台の人が、お面を被った子供が、着物を着て手を繋ぐ男女が、みんな生き生きとしている。
人混みから抜け出し、少し遅れてやってきた彼女は、紅色の花模様が散りばめられた浴衣を着ていた。いつもとは少し違う髪型や薄いメイクで大人の雰囲気を醸し出す彼女は、とても、綺麗だった。
「ねぇ、私、射的やってみたいの!」
少しぼうっとしていたら、彼女はそう言って、僕の手を掴み走り出した。
手っ……繋いで……!
「えっ、ちょっ…待っ…」
「ほら、早く!」
彼女の笑顔は、この夏で1番輝いていた。
「ほらほら!お菓子取れたよーっ!」
「えっ、おめで…、あっ」
「うわっ!君すごいね!あれ倒れなさそうだったのに!」
「僕これ小さい頃得意だったんだよね…」
「あっ、こっちで金魚釣りやってる!ねえ何匹取れるか競争しよう!」
「えっ、ちょっとまっ…」
「はーいよーいスタート!…ってあっもう破れちゃったの?」
「これ…難しいよね…」
いつの間にか、僕たちは神社から離れて、『花火がよく見える』と言われるあの向日葵の公園に来ていた。そこでふと、彼女との時間が思ったより過ぎていたことに気づいた。僕たちは小さい子供のように、夏祭りを楽しんでいた。こんなに無邪気に遊んだのは、いつぶりだろうか。
「あっ、もう少しで花火始まるんじゃない?」
大きなわたあめを持った彼女は、目をきらきら輝かせて言った。
「私、夏祭り来たの初めてだし、花火なんて生で見たことないから楽しみー!」
「えっ、初めて?僕も、夏祭りなんて久しぶりだけど…、君は、友達と来たことないの?」
彼女には、一緒に夏祭りに行くような友達がたくさんいるはずだ。それなのに、「初めて」って、どういうことなんだろう。
「うーん…まあ、私は、ちょっと勉強ばっかりしてたからなあ。」
彼女はアハハ、と笑って答えた。僕にはそれが、何かを誤魔化しているように感じた。
「それより君さ、久しぶりって、本当に友達いないんだね。」
「えっ…、ああ、まあ…うん。こんな陰キャと遊んでくれるような友達なんていないからね。」
僕はどこか遠くを見て言った。それを聞いた彼女は、またアハハ、と笑ってから、今度は僕の目をしっかり見て、真剣な顔で言った。
「逆でしょ?君は、誰かに絡んでもらえないんじゃなくて、自分から拒否してるんでしょ?人間不信、だもんね?」
「っ、…。」
思わず、目をそらした。人間不信。彼女は前にも僕にそう言った。
そうだ、僕にとって、人を信頼するのは難しいことだ。だって……友達なんて、軽い気持ちで嘘をつかれて、裏切られて、信用できなくなるんだったら、……最初からいない方がマシだ。
「当たり、でしょ?君普段の生活見ててもそうだもんね。ちょっと誰かから何か貸してーって言われても絶対貸さないし、仕事とかも1人でやるもの選んで、共同作業とか絶対やらないし。人の話もたいして当てにしてないんでしょ?」
…よく見てるなぁ。そんな細かいとこまで。
「でもなんだかんだ、時折人をまとめるカリスマ性もちょっと見えるんだよね。本当は陰キャじゃないでしょ全く。」
「まぁ…、少し、陰キャじゃない頃もあったような…。」
観察眼が鋭いな…。やっぱり頭いいんだな…。
「ねぇ、ちょっとこれからさ、高校で今までみたいな態度やめてさ、その、陰キャじゃない頃?の君で過ごしてよ。もっと、本当の君を見せ…」
「いや…、無理だよ…!」
彼女がどんどん並べていく言葉を遮って、僕は小さく叫ぶ。人を信じて本当の僕で過ごせだって?そんなの、もう無理に決まっている。だって…
「だって、人は…」
「人はみんな、嘘つきだよ。」
僕は思わず顔を上げて、彼女を見た。
「人を、信用するなんて難しい。君も、何かトラウマになる経験でもあったんだろうね。」
「君に、何がわかる…。僕の、何を知って…。」
「わかるよ。…でもね、人は…」
空のほとんどが闇に染まった。人工的な光が、街を照らしている。…もう少しで花火が始まる。人々の足音が増えてきた。
彼女は、唯一自然の光を放つ月を見上げた。
「人は、人間不信にはなれない。」
彼女は少し悲しそうな顔をして言った。
「そうでなければ、人は生きていけないから。」
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