第17話 ラブ・ストーリーは戦場に

「なんかレロの扱い雑くない?」

「いんだよ。所詮試用段階だ! ふッ!」



 ガルドは周囲で走り回るレインを眼で追いながら、武器を振り翳した戦人の懐へと一瞬で踏み込んでは短刀で葬っていく――新たに右眼に眼帯を装着しながら。



「極小の穴が開いた眼帯に変化しろって言われた時は何事かと思ったけど、旦那の同調の能力を制限するには眼帯はうってつけの装備だね」

「周辺視野によって観客の奴等の低ステータスまで同調しやがるからな。それなら極小の穴から見たいものだけ見りゃあいいってあのガキ――レインの助言にピンと来てな。まあ眼球は動くから正確に同調出来なかったり、レインと距離があり過ぎると観客まで視界に入っちまうから距離感も間違えちゃいけねぇし、傷つくことを恐れないレインを追ってばかりだとアイツが傷つけば俺も傷つくし利点ばかりじゃねぇけどな」

「でもさ、仮に旦那の能力を知ってる相手がいたとして、旦那が同調を発動してるのかしてないのかを隠す役割も持ってるから、眼帯って案外いい案かも?」



 人間の体の構造上、単に視界を制限すると言ってもデメリットは付き纏う。

 あくまで試用段階、ガルドは残りが少なくなってきた戦人を薙ぎ倒しながら使用感を確かめていく。



「くふふふふふふ!! ほらほらもっと速くっ! 鋭くっっ!! 狙うのは私の首だよ~! 私が小さいからって躊躇してたらだ~め」

「あの狂気性が無けりゃポテンシャルは充分なのに、十一歳にしてどうして残念幼女になったのか……」



 傷付くことを恐れない胆力は感心するが、度が行き過ぎれば人は恐怖を覚える。それも十一歳という小柄でか弱い少女が瞳孔を開きながら笑い攻めてくるのだから、通常の精神しかもたない戦人の眼には狂人として映るも致し方なし。



「躊躇させるための戦略じゃないってんだから尚更タチが悪いわな……ある意味敵に回さないで良かったかもしれん」



 戦場に立てば女子供は関係ないガルドは容赦するつもりはなかったが、レインの狂人性を知り尽くすことなく敵対していたならば、地面に転がっている敗者達の一人だったろうと背筋に悪寒を覚えた。



「よっと。これで一段落っと。なーんだ、お兄さんも案外やるじゃん」

「つっても倒した数がレインは十一人、俺は四人。比べもんになんねーよ。残すは七人――お前一人でやれんじゃね?」

「うん、よゆー」

「……マジ? ここまで残ってる奴等だったら一癖くらいありそうなもんだし、冗談で言ったつもりだったんだけど?」

「ノンノン! 私の技は使えば使う程に効果を発揮するからね。ここまで減らせば後は私の切札で片が付いちゃうっ」



 小康の終幕。ガルド達を含める四つのパーティの睨み合いが途切れ、三つのパーティはガルド達へと肉薄を始めた。



「このフィールドには私の飴の破片がいっぱい転がってる――本日の天気は横殴りの飴、時々爆破だよっ。【キャンディフェスティバル】GO!」



 チャプンっとレインが口に入れた飴を上部へと掲げると、フィールドに散乱していた飴が全方位へと弾け跳んだ。



「ぐわあああっ!?」

「いてえええぇっ!? い、一体なにが起こってんだ!?」

「反射に跳弾、飴同士がぶつかり合って割れて、小さくなった欠片が更に猛威を奮う連鎖型の大技、ね」



 冷静にレインの切札を分析するガルドとは一線を画し、残された戦人達の苦鳴が戦場に跋扈し、レインの大技炸裂に観客達のボルテージも最高潮を迎える。



「ふんふん~ふふふ~」

「ってか、俺さっきアイツに貰った飴噛み砕いちまったぞ!? え、もしかして俺の命の手綱もしかしてアイツに握られてる!? レイン様ぁ! この通りですお願いします生かして下さい!!」

「旦那、苦しまずに楽になるにゃー」



 傘を開いて戦場で優雅に踊るレインは、少々離れた安全地帯で土下座するガルドに気が付かない。

 裂創が身体中を蝕み、しかし辛うじて踏ん張る生き残り達。まだやれると、銃弾の嵐が収まり鋭い眼光がレインを射抜く。

 が。



「くふっ、まだフェスティバルは終わらないよ。クライマックスは派手にねっ。PON!!」



 役目を終えた筈の粉の如く飴――戦人達の体に張り付き、フィールドに霧散された飴は大爆発を引き起こした。



「ぎゃあああああああっっ!? あ、よかった!? 俺の腹は無事だ!?」

「チッ」

「レロお前舌打ちした!? 流石にこの騒音の中でも聞こえたぞオイ!?」



 ガルドの恐怖の悲鳴、眼帯に変化したレロとの問答が会場の激震に掻き消され、会場が大噴煙に包まれる。

 戦場の趨勢は観客席から見て取れない。「どうなったんだ!?」と結果に沸く観客達の眼を忍ぶように一つの影が戦場で動きを作る。



「広範囲且つなんつー威力だよ……やっぱりポテンシャルはあるんだよなぁ勿体ねぇ……でもこれで一回戦は何とかなったかな。何かガキンチョにおんぶにだっこで申し訳――痛っ……は? 眼帯を外した途端に同調が発動して――っ!? まだ生き残りがっ! 不味いっ!!」

「旦那ッ!」

「分かってるっ!」



 ガルドの体に痛覚が走り、その違和感にガルドは反射的に飛び出した。



「くっふふ~。あ~楽しかった~」

「畜生よくも仲間をッ! バリアがなけりゃアタイもやれてたぞクソガキがぁ!」

「え――?」



 背後から長剣を振り翳す褐色の女性に、油断しきっていたレインの時が止まる。

 しかし。



「うちの主演女優を狙ったストーカーはおやめくださいませぇ!!」

「お前どこから――あっ、がっっ!? 痛っあああッッ!? 手が砕け――!?」



 渾身の蹴り上げが女の手を粉砕し、長剣が宙に舞う。

 奇襲を仕掛けた筈が、奇襲を被るといった異常な事態に女の頭は大混乱に陥り、蹴り上げの体勢から横一回転を素早く成し遂げたガルドの右脚が照準するのは女の後首。



「悪道執行――武雷狂ブライニクルッッッ!!」



 十全の加速を得た回し蹴り落としは女の首を捉え、強烈な音を立てながら女を戦闘不能にした。

 身動き一つすらしない女の様子に、右眼を閉じたガルドの額からつーっと汗が一筋。



「やべっ!? 生きてる!? おいっ、おいっ!? 息はしてるな……あっぶねー……」



 呼吸を確認したガルドは安堵を一つ落とした。

 そんな最後の奇襲に真っ先に気が付き、自身を護ってくれたガルドを視界に収めるレインは。



「お、お兄さん……ありがと……どうして生き残りに気付いて……」

「お前が言ったんだろ? 私だけを見てろってな。ったく、最後まで油断すんなよな。でも、めちゃめちゃ凄かった。ありがとな、レイン」



 ドキドキと胸が高鳴っている事を自覚した。



「もしかしてこれが恋ですかっ!? あ、あのっ! 結婚を前提にハグしてください!!」

「ハグで学が止まってるガキに好かれても嬉しくねーっての」

「そんなこと言わないで下さいよぉ~。これでも私Cカップありますし、同年代の中では可愛いと思いますよ?」

「マジでっ!? っと、つい俺の中の紳士が反応しちまった。大きくなって、魔王を倒して俺を養えるようになってから来てくれ」

「くふふっ、わかりました。それじゃあ今から魔王倒してくるんでハグの準備しておいて下さい!」

「馬鹿、色々すっ飛ばし過ぎだよ。まあ結婚とか魔王倒すとかは今は置いといてさ――とりあえずこの勝利に浸ってもいいんじゃねえの?」



 いつの間にか煙幕が晴れ、大歓声が二人に浴びせられていた。

 特に観客の興奮を煽った主役のレインには十二分な程に。



「――――いえ、勝利がどうとかこの際どうでもいいです。それより~お兄さんのこと色々教えてくださいよぉ~! 歴代彼女の事とか、どんなフラれ方をしたのかとか、想い出を抉るデートスポットとか!」

「碌な情報ねぇな!? 恋バナ好きのマセガキめ……ってオイ、ひっつくな! 離れろ!」

「くっふふ~、逃がしませんよぉ~、お兄さんっ」



 厄介な幼女に気に入られたものだと、腕にレインを引っ付けながらガルドは戦場を後にした。


 Bブロック勝者――レイン・キャンディ。ガルド・エクスカリバー。

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