第16話 類は友を呼ぶというけれど、正直一緒にしないでほしい

 まるで女豹の如くのらりくらりと育成相手のアプローチを交わした雪豹と、大勢のハンターに目を付けられ逃亡するレロ。

 一方でコロシアムの試合中のガルドは相も変わらず大人数に狙われ、右眼を閉じて同調の発動を抑制しながら耐え忍んでいた。



「はっ、はぁ……! くっそ、てめぇ等しつこいんだよ! 俺一人を狙うくらいならその今隣にいる奴を狙いやがれ!」



 あからさまなまでの協力体制チーミングにガルドの体力も根こそぎ奪われていた。

 短刀を握る手は汗ばみ、他の戦人の攻撃を紙一重で往なす。



(同調を発動すりゃ相手の攻撃で巻き添えを与えられるから相手にも躊躇いを押し付ける事も出来るんだが、観客もいるこの場で同調の発動は危険過ぎる。片目で遠近感覚が狂った今じゃ凌ぎ続けるにも限度がある……どーうすっかなぁ……)



 今や六人の相手に狙われるガルドに突破口は見当たらない。

 そんなガルドをひたすらに狙い続ける男達の上部でパチパチっ、と何かが弾ける音が木霊し。



飴時雨あめしぐれ

「「ぐぅあぁっっ!?」」



 まるで弾丸のような時雨が上部より降り注ぎ、無警戒だった男達に傷痍を与える。



「らん、らんらん、らららら~。いたっ、あいたっ」



 傘を差した少女が鼻歌を歌いながら時雨の中へと踏み込み、時雨は傘を貫通しながら少女へも創痍を与えていく。

 しかしそんな自傷もお構いなし。少女は次々と痛みに悶える男達を蹴り倒していき、そして遂に安全地帯のガルドまで到達した。



「お兄さんお兄さん、貸し一つねっ」

「自分も傷付いてることは完全スルー!? 痛くねぇの!?」

「いいのいいの。このひりつく痛み、迸る鮮血、強靭な殿方達の唸るような苦鳴! 戦場でしか味わえないこの全てが私に快感をくれるのっ!」

「宗教の勧誘はお断り――って、紫色の長髪に小さな身体とその言動……どっかで見た事あるような……あ!? お前もしかして超被虐性女児レイン・キャンディか!?」

「ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん! 絶賛売り出し中の階級戦士レイン・キャンディだよーっ!」



 以前育成対象『勇者の卵』を選定する際、雪豹の作ったリストのS評価に位置していた少女をガルドは思い出す。

 全身から紅い液体を垂れ流してふらふらと起き上がる男達を、二人は対話しながら仕留めて再び二人の世界に入り浸る。



「でもお兄さんとどこかで会ったことあるっけ? その誰もが羨みそうな高身長に悪人顔、会ったら忘れなさそうなナリしてるけど……はっ! もしかして私のストーカー!?」

「いや、ガキには興味ねぇ。ただお前の戦闘を一度見――――耳にしただけだ。ふーっ、アブねぇアブねぇ、選定の時に後付けてたの一歩間違えればストーカーじゃねぇか」

「心の声全部漏れてるよ? はい逮捕ーっ!」

「ふごぉぅ!?」



 七十センチメートルほどの差がある低身長からガルドの口へと棒付きの飴が突っ込まれる。



「あにすんだこのクソガキ!?」

「友好のあっかし~。お兄さんこのコロシアムで勝率を上げる方法――んー、規則性って知ってる?」

「あ? 強い奴が勝つ、それだけだろ?」

「脳筋脳筋~、だからお兄さんは集団で狙われて苦戦してたんだよ~」

「馬っ鹿お前、こんなモブ共俺が本気出せば一週間ありゃ充分だっての」

「どれだけ手こずってるの? というかそれもうお兄さんが一回やられてからの報復だよね? ま、そんなことはどうでもよくてー、くふ、ちゃんと戦場見てみなよお兄さん」



 キャンディの助言に従いガルドが戦場を見渡す。試合開始の合図があってから狙われ続けていたガルドは知る由もなかったが、明らかに変化した戦場が広がっていた。



「……グループ化してる?」

「強い人って言っても囲まれれば一溜まりもないもんだよ。それこそ一回戦のルトラ・アーサーさんみたいな貫通不可の絶対防御を持った能力や、【湖の精】さんみたいな反則的な蹂躙力を持たない限りね。つまりコロシアムって言うのは必ずしも強い人が勝つんじゃなくて、ある程度の知力――協力が必要なんだよ。クラン単位で参加オッケーなのも運営が許可してる証拠だし、個人の戦人ランクを上げるために一回戦はなりふり構わない人も多いってこと」

「だからコイツ等、隣の奴を狙わずに協力して俺を狙って来てた訳か――ん? 個人の戦人ランクを上げるために? どういうこと?」

「お兄さん参加規程読んだ? 戦人ランクが上戦士以下の人は、一回戦のバトルロワイアルを勝ち上がれば無条件で次ランクに上がれるんだよ?」

「へぇ、興味ないから知らんかったわ」



 雪豹に言われるがままコロシアムに参加し、悪役を進むことを良しとしたガルドにとって階級など粉飾でしかない。他に興味のないガルドが長ったらしく堅苦しい参加規約など読んでいる筈もなかった。



「みーんなそれ目当てで参加してるのに……ま、だからこそ無欲っぽくて裏切らなさそうなお兄さんを相棒に選んだんだけどね」

「相棒? どうせ最後には戦わないといけないのに何言ってんの?」

「お兄さんもしかしてルールも把握してない!? バトルロワイアルはブロックごとに二人まで勝ち上がれるんだよ!?」

「あ、そうなん? ルトラちゃん一人でAブロック全滅させてたから普通に勝ち上がれるの一人だと思ってたわ」

「お兄さん何が目的で参加したの!? 怖い! 愉快犯!? 戦場に飢えてるの!?」

「お前には言われたくねぇ。あ、間違っても戦闘に快感を覚えてるお前と同類ではないから、勘違いするなよ?」

「なーんだ、同士か」

「聞けよ」

「類は友を呼ぶとはこういうことだったんだね~」

「聞けって」



 規約を把握してない自分も自分だとは思ったが、ガルドは話を聞かないレインに冷たくツッコんだ。



「おっとと、ほらお兄さん、のんびり話してたのが気に食わない人達がこっちに気付いたよ。りんせんたいせー」

「はーぁ、残念だけど俺はあんまり力になれねーぜ?」

「どして?」

「能力の関係上、人が多いと見たくないものまで見ちまって実力を発揮出来ねぇんだよ」



 開始直後から狙われ続けていたガルドは未だに周辺視野の解決策を見出せていない。

 レインが手を組もうと打診してきたことは素直にありがたかったが、ガルドとしては己のことを役立たずが増えたとしか認識していない。

 しかしレインは数歩前へと踏み出て、首元から笑いかけた。



「ふぅん、じゃあ私だけ見ててよ」

「あのな、それが出来りゃ苦労は――――ん? お前だけを……」



 バタバタと集団で迫って来る対戦相手達を他所に、ガルドはぶつぶつと思考に容量を割き出す。

 そのガルドの変化を感じ取ったレインはもう一度くすっと笑い、正面から迫り来る戦人達へと向き直った。



「ま、私についてこれなかったら振り落とすだけ~。一人でもやれるけど勝率を上げるためってだけだし、お兄さんも彼女が欲しかったら活躍する事だね」

「彼女がいないって何で決めつけんだよ!?」

「くふふっ、それじゃおっ先~」



 小さな体躯ながらも俊敏な動きと翻弄する飴による攻撃でレインは迎え撃つ。

 片目を閉じたガルドは集団へと飛び込んだレインへ一度吐息を漏らし、



「レロ」



 影から猫又の憑き物を呼びつけた。



「ガルドの旦那ぁ~! よく呼んでくれたにゃあ!? 危なかった! 食べられるとこだったぁ!!」

「雪豹と一緒に居た筈だろ……何してたんだよ一体」



 顔面にしがみ付かれ、レロは逃走劇から難を逃れられたことに喜色を呈した。

 しかしそんなレロを引き剥がそうともせず、飴を噛み砕いたガルドは短刀をくるくると回して臨戦態勢を取る。



「お前の変化が役に立つ時が来たぜ。力を貸せ、レロ」

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