第15話 能ある豹は実体を隠す
誰かが言った。
「す、【
後にルトラ・アーサーは二つ名でそう呼ばれることになる。
Aブロック大清掃を終えた無傷のルトラがその場に倒れ、救護班達が早急に円形闘技場を片していく。
「またぶっ倒れてら……相当消費が激しいのか、体力増強が今後の課題だな姫様よ」
細身の女性に担がれながらウエイトレス姿のルトラは退場し、Bブロックの一人であるガルドは一足先に円形闘技場の内部へと進入を果たした。
「大歓声、大注目、一時前の俺には全く縁のない場所だったろうなぁ。目立つのは好きだが、能力を制御出来ねぇ俺がコロシアムに出ても負け確だった訳で」
見上げる観客席。右眼を閉じたガルドの視界に入ったのは、パーカーをパンクに着こなし捜索を続ける雪豹の姿。ガルドの視線には一切気付かず、不思議なまでに協力的な矮躯。
ガルドは別離前に受けた雪豹の進言を脳に溶かし始めた。
「その負け確要素を何とかしねぇことには、今回も単なる負け戦だって訳だ」
続々と入場してくるライバル達が円形に作られた直径二百メートルの広さの戦闘場に会する。
『それでは始めましょう――Bブロック、一回戦バトルロワイアル開始!』
銅鑼の音が響き渡り、観客席が熱狂に沸く。
戦場に降り立っている戦人達も銘々の武器を手に大乱闘を開始した。
「さてさてどうすっかなぁ。観客の多さ、大混戦、同調を発動すると取得情報が多過ぎてまともに機能しやしねぇ。同調を遮断したままどこまでやれるかもわからんし、ともかくのらりくらり躱しながら生き残る事に専念して――」
「【湖の精】と化物新人と知り合いなんて、絶対まともな奴じゃねぇ! 厄介な奴は真っ先に潰すぞ!」
しかしガルドの目論見も外れ、数いる標的の中で狙いを定めたのは三名の男達。
あれだけ目立つシルフィとの対談、Aブロックで脅威の四十四人斬りを果たしたルトラとの密談を見られていたとガルドは瞬時に理解し。
「はっ! 美女達と関わりを持つ俺に嫉妬かぁ? みっともねぇなぁ!」
全力で煽った。
それは今までに異性と碌に友好関係を持てなかったガルドのちょっとした優越感――という名の昂り故に。
「はい絶対殺ーす!」
「こいつは人類の敵だ! 生きて返さねぇ!」
「こいつの発言に殺意を抱いた奴は一時休戦だ! 手を貸せぇ!」
追加で五名。わらわらとガルドを囲み武器を振り翳し始めた。
当然の結果にガルドは頬を引くつかせながら逃走劇に身を投じることとなる。
「うぎゃっっ!? 火に油だったぁあぁぁあぁっ!? すんませんすんません! 最近まで非モテで調子乗ってました!」
「今もモテてる訳じゃねぇだろうが! 死ねッ!」
「うおっ!? 正論だけど謝ってんだろ! つうか八対一なんて卑怯だろうが!! 俺を敵に回した事後悔させてやっからな!!」
「「「やってみろクソ野郎が!!」」」
どう考えても分の悪い人数差に、ガルドはひたすらに攻撃を掻い潜っていくしか出来なかった。
× × × × × × × × × ×
自らを窮地に追いやるガルドが苦戦する一方、猫又のレロを肩に乗せた雪豹は歩きながら観客席の動向に目を配っていく。
「Aブロック勝者ルトラ・アーサーの影響もあってかなり白熱してるわね。熱量がうざったいったらないわ」
「引きこもりの陰キャには辛いにゃー? うんうん、わかるわかる」
「おっとこんなところにいい猫鍋素材が」
「ごめんホントごめん! 冗談だからぁ!?」
一度ギンによって本当に調理されそうになった過去もあり、首根っこを掴まれて雪豹にジト目を向けられるレロは必死の形相で謝罪する。
あながち間違った表現じゃないでしょ、とレロは口が裂けても言えなかったが。
「……捜査に協力してくれてる今だけは許してあげるわ。帰ったら覚えておきなさい」
「……レロはガルド旦那の憑き物にゃあ……捜査が終わったら真っ先に影に帰るよ……」
げんなりするレロを再び肩に乗せ、雪豹は観客席の人物を精査していく。
対するレロはすんすんと鼻を使って雪豹の捜査に並行して、闇討ち犯を追っていく。
が。
「うーん、匂いで探っても硝煙、酒、香水様々な臭いが混じってどうにも上手く嗅ぎ取れないんだよね……レロの嗅覚はあんまり当てにしないで欲しいにゃー……」
「気にしないでいい。かくいう私も熱気が濃すぎて通信に影響がないとは言えない――」
「やあ、雪豹。こんな白熱したコロシアムを観戦もしないで何か探し物かな?」
「はぁー……本当にアンタはタイミングが悪いね、
不意に放たれた声に雪豹の脚が停止する。
ゲーミングサングラスをかけた雪豹の視線が移動した先には、金髪で小柄の男が鉄柵に身を預けながら爽やかな笑みを向けていた。
「誰にゃ?」
「戦人ランク上騎士【コブラのマーチ】のクランマスター。私の育成対象よ」
まるで友人に会したかのように手を振る朧の簡易的な情報をレロと共有する。
祭事であるコロシアムに参加、もしくは観戦に来ている可能性は大いにあったものの、広漠な観客席で邂逅するとは思っていなかった雪豹は大きな溜息を衝きながら頭を抱えた。
「君の探し物は気になるところだけど、再度僕の前に現れてくれたってことは遂に首を差し出す気になったってことかな? 【円卓の悪騎士】幹部雪豹の首にかけられた懸賞金十八億ビクトをね」
「「「はぁっっ!? 十八億ビクトぉぉぉ!?」」」
試合への熱気が充満する一方、二人のやり取りを耳にした周囲の観客達が懸賞金の巨額に声を荒らげる。
コロシアムどころではない。雪豹を捕えるもしくは首を跳ねればその手に十八億もの資産が手に入るのだから。
「ちょ、ユキあんたそんなに凄い賞金首だったの……? てかヤバいって! 他の人達も我先にって臨戦態勢だよ!? お目目がお金のマークでギラギラしちゃってるよぉ!?」
たかだか少女一人。協力して捕らえたとしても山分けすれば一人頭億の額は手に入る。
金に眼が眩んだ観客達が雪豹を取り囲み始めるが、雪豹は肩を竦めるだけで一縷の焦燥も抱いていない。
「ふんっ、アンタ達如きに捕まるとでも?」
「と、思うだろう? だけど君は既に僕の術中さ。体、動かないだろう?」
「な!? 動かないっ!? なんでっっ!?」
「ウイルスコード雪豹――何度も絡んでくる君を仕留める為だけに開発した特注の強力なウイルスだよ。他の人には無害で、君にしか効かない麻痺毒を周囲一帯に散布してるんだ」
「く、そっ……! こんなウイルス如き解除して――」
「君の逃げ足とハック能力は特級品な事くらい知っているよ。だからそんな隙は与えない」
朧がタァン、と宙をタップすると雪豹の足元から三体の電子コブラが出現し、雪豹の身体を捕え、二体のコブラが身体へと噛みついた。
「ああああああああああッッッ!?」
「ユキっ!?」
地面へと飛び降りたレロが憂慮の声を上げるも雪豹の悶絶の声が張り上がるばかり。
「生物とは情報データの集合体だ。そのデータの大元から狂わせてしまえば流石の天才ハッカーですら手も足もでないだろう?」
「あ、っ……はっ、う、あぁぁぁ……」
「一人に限定した強力な麻痺毒で体も動かない。さあ雪豹、君と僕の追いかけっこに終止符を打とう」
コブラで体を縛り上げ、宙で拘束された雪豹にコツ、コツ、と朧は接近する。
小さな呻吟を喘ぎながら痙攣する雪豹に打開の策は無く、両者の距離が何事も無く詰められた。
「すげぇ……流石階級上騎士の朧だ……」
「十八億を一人で仕留めやがった……! 悔しいが実力は本物か……」
一度は奮起した観客達も朧の一方的な蹂躙に、我こそがなどと出張る者はいない。
垂涎の十八億。しかし二人の決着だけがこの場にいる者の好奇心を掴んで手放さなかった。
「安心してよ、殺すつもりはないさ。最後に言い残すことはあるかい?」
「……は、ぁっ……は」
「ごめんごめん、流石にコブラ二体分の複合毒じゃ強力過ぎて喋れないか。君の腕なら一匹分じゃ万が一にも解毒されそうだったから保険をかけたんだけど流石にやり過ぎだったかな? 辛いよね。今楽に――」
「――――ぷ、あっはははははは!」
「……は?」
気を失っていても、命を落としていてもおかしくないであろう毒の混合。
拘束され、身動きは取れず、挽回の策など持ち合わせていない筈の雪豹は、しかし愉快を全面に押し出して哄笑した。
「ほんっとに反応が面白いね朧は。ちょーっと演技してあげただけでもう自分が勝ったと思いこんでるんだもん」
「な、なんで喋れる……!? どうして効いていないんだ!? まさか既に抗体を!? くっ、締め上げろコブラ!」
雪豹の余裕のあまり、朧は戸惑いながら更なる纏縛の命令を下すが雪豹の表情は一変もしない。
「言ったよね? 『アンタはタイミングが悪い』って。ゲーム脳『ピングオーバー』――フレーム処理障害って言ってね、実体が本来あるべきところにないバグがゲームには存在する。つまり私の実体は最初からここになんかないの」
「き、消えたっっ!?」
コブラの強烈な縊りを最後に、雪豹の体はまるでデータのように消失した。
『安心しなよ朧、追いかけっこは終わらないよ。私は暫くこの広い広ーいコロシアムの観客席にいるからまた会えるといいね? それじゃまったね~』
「くっ……!? 嵌められていたのは僕の方だったなんて……流石雪豹だよ……! 絶対に僕が捕えてやる!」
因縁の衝突は終止符を打ち漏らした。
気炎を吐き、飽きない玩具を追いかけるように若干眼を輝かせ、朧はコロシアムの観戦を放棄して走り出す。
「【円卓の悪騎士】は聞いたことあったが、幹部で十八億……憶えておくか。ところでどうする? この猫」
「あの雪豹って奴と一緒に居たよな?」
「うにゃっっ!? ユキの奴レロは放置ぃ!? てか実体じゃないなら最初から言っとけ!?」
雪豹の離脱、レロはまんまとその場に放置され、思わぬ二次被害を予感した。
「「「とりあえず、捕まえて食うか」」」
「だからレロは食用じゃないーーーっっ!!」
俊敏性を活かし、レロは狭い足元をすり抜けながら逃亡に踏み切ったのだった。
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