第14話 強者は何をもってして強者と呼ばれるのだろうか

 完璧なプロポーションを備えながらの優雅な歩行が好色と羨望の眼差しを自然と集め、最高階級『勇者』の最先端を往くシルフィ・ランスロットが人の道を分かつ。

 誰もが高嶺の存在だと畏れ崇め、声を掛けることも躊躇う高尚さに。



「シルフィさん、久しぶりですね。俺の事覚えてますか」



 身の程を弁える事を知らないガルドは正面から邂逅した。



「ふふ、勿論だ。当時の事は忘れもしない」

「へへっ、自分で言うのもなんですが、身長とか金と黒の二色髪とか、俺ってば一度会ったら忘れられない存在感してますからね」

「大きくなったな。最後に会ったのは五年前か?」

「全然違いますけど!?」



 一体誰と間違えているのだろうかとガルドは全力でツッコんだ。



「ほら! 魔王軍第三陣地で魔物に囲まれている所を助けて貰ったあの惨めな男ですよ!? まだ一月も経ってないじゃないですか!?」

「あー……うん? そうだったな? うん、そうだそうだ、そうだった?」

「必死に納得しようとしてるけど滲み出るピンと来てない感!」



 可愛らしく首を斜めに懊悩するも該当する記憶を掘り起こせないシルフィ。「自分で惨めな男とかよく言えるな」「【湖の精】と対等に話すなんて何者なんだアイツは」などと周囲が騒ぎ立てているも、愛しの相手の記憶にすら残っていないガルドは、例え負のイメージだとしても自分の存在をアピールする事しか眼中にない。



「ごめんなさい通ります、失礼致しますわ、っと。シルフィお姉様、ごめんなさい手続きに時間が――ん? シルフィお姉様、そちらの五月蠅い御方はお知り合いですの?」

「ん? コイツさらっと俺の事ディスった?」



 ガルドの背後から現れたのはシルフィと同じく白銀の髪を持ち、縦ロールに青色のひらひらドレスを身に纏ったまるでお嬢様のような風貌の少女。ガルドの横を通り抜けてシルフィの腕にしがみ付くと、姉妹と言っても差し支えがないほどにシルフィに似た美形を持っていた。



「うーむ、私の記憶の中では、この少年は幼少期に爆竹で遊んでいたような気がするのだが……」

「シルフィお姉様の記憶力はサボテン以下ですものね。記憶に残っていないのならば、その程度の御方なのでしょう」

「サボテン!? 爆竹で遊んでた過去はないし見当違いなんだけど、シルフィさんのことめっちゃ馬鹿にするじゃんこの女!?」

「シルフィお姉様を貶していいのは妹の私――つまりこのコレット・ランスロットだけですわ! 他の方々がシルフィお姉様を貶せば迷わず斬りますのでご容赦くださいませ。あと二色混合歯磨き粉ヘアの男が神聖なるシルフィお姉様に馴れ馴れしく話しかけないで下さいます?」

「ああん!? 誰が歯磨き粉だてめぇの口内綺麗にしてやろうかこの野郎! そもそも姉様姉様って、シルフィさんの金魚の糞かよてめぇはよぉ!?」

「な、な……金魚の糞!? つまりワタシはシルフィお姉様の排出物ってことですか!? ありです! それはそれで非常にアリですわーーーっ!」

「やかましいわ糞呼ばわりで涎垂らして喜んでんじゃねぇよ!!」



 ガルドの威嚇に対し、妹を自称する少女は頬をシルフィの腕に擦りつけながら微塵も被害を被らない。

 二人の問答に僅かに困惑した表情を見せるシルフィに、ガルドは思わず凶暴な一面を見せてしまったと紳士を繕い直した。



『【湖の精】だけならず【護衛官】コレット・ランスロットまでコロシアムに参加するのかよ……俺、今回のエントリー止めとくわ……』

『今回のコロシアムは完全な負け戦だよ……撤収だ撤収』



 シルフィとコレットがコロシアムに参加する情報を聞きつけた戦人達が挙って委縮しながらはけていく。



「んだよ、根性ねぇ奴等だな」

「寧ろ、ワタシはともかく、シルフィお姉様を前に委縮しないハミーの自信は何処から来ますの?」

「おいもしかしてハミーって俺の事か? まさかとは思うが歯磨き粉ヘアーから取ってんじゃねぇだろうな……」

「君もコロシアムにエントリーするのか?」

「あ、はい、ガルド・エクスカリバー。この名を覚えておいてくれ。一度はアンタに救われた男の名だ」

「シルフィお姉様が救った塵なんて星の数ほどありますのに、救われただけでどうしてそこまで威張れますの?」

「一々うるせぇな!? いいか、このコロシアムの二日間で俺の名前は一気に広がる事になるからな! 憶えとけよ美人姉妹が!」



 勇者との対談により注目を集めるだけ集めて逃げるように去っていくガルドを、コレットはぷくくと笑い、シルフィはその名を記憶に刻み込むように一笑した。



「ふふ、ガムとエクスリバーか。憶えておこう」

「憶えておく価値はないかと思いますが、早速間違えてますわお姉様」



 戦闘に長けたシルフィ・ランスロットの記憶力は壊滅的だった。






 コロシアムにエントリーしたガルドは出番まで待機を命じられ、リアルタイムで更新されていくエントリー表を腕に付けたデジタルフォンで眺めていた。



「一回戦のバトルロワイアルは今回は約百人か……俺はBブロック……シルフィさんは――Cブロック! セーーーッフ! 啖呵を切ったはいいものの、シルフィさんと同じブロックにならないで良かったーーーっ!」



 締め切りを終えたのかピタリと止まった更新の中にシルフィの名を見つけ、ガルドは安堵を漏らした。

 ガルドの「シルフィ」の単語により周囲の戦人が挙ってエントリー表を確認し、喚起する者、落胆する者が散見され熱気は膨れ上がる。



「二回戦以降の単騎戦も決勝まではシルフィさんと当たらない事がマジで幸運だぜ……」

「決勝まで残れると思っているなんて流石ですね?」

「いやまぁ今の俺の実力じゃ一回戦を凌ぎ切るので精一杯なのは否めないんだけどさ、でもほら夢を見るくらいは自由じゃん?」

「そうですね。それが最後の夢になるんですから、いーっぱい幸福な夢を堪能して下さいね」

「はははっ! 最後の夢ってそんな大袈裟なああああああああああああっっっ!? る、ルトラちゃん!?」



 チラリと視界に映った少女はウエイトレスの格好をした仇敵、育成対象でありながら十全の殺意を引き受けた二つのお団子を頭に掲げるルトラ・アーサーだった。

 真横からの雑談に乗じてしまったガルドは転げながら自身の無警戒さに肝を冷やす。



「こんにちは、ガルド・エクスカリバーさん。無警戒を装い、驚倒して弱者を演じる。既に一回戦は始まってるって訳ですか、流石の名演技です」

「ちょ、これマジなやつだから!? 買い被りが過ぎない!?」

「いえ、アタシにはわかります。アタシの『霞表裏』を見切る唯一の腕を持ちながらも一般人に扮してカフェに出入りし、健全な振りをしてアタシから大切なものを尽く奪い、アタシの人生の先々をコントロールする貴方は決して隙を見せません」

「俺がそんな大層な人物に見える?」

「まだご自身を卑下なさるのですね。カフェで様々な方を見てきましたが、謙遜なさる方はどの方も強者としての実績をお持ちでしたよ」

「うーん、意外と思い込みが激しいタイプだなこの子?」



 浅くお辞儀したルトラはガルドの無警戒を演技だと思っているようだった。

 それは能力の自覚を経たルトラの唯一の難敵だから。うなぎ登りに知名度を上げていくルトラへ敵意を向けた者然り、魔物然り、ことごとくを一瞬にて返り討ちにしている彼女が直近で唯一倒せなかった相手だから。


 演技だと思われて斬りかかられなかったのは幸運だと開き直り、ガルドはその場から立ち上がる。



「バレちゃあしょうがないか。ルトラちゃんもコロシアムにエントリーしたのか?」

「はい。貴方がコロシアムに参加する僅かな可能性に賭けてみるものですね」

「……このコロシアムは殺し不可だぞ?」

「知ってますよ。ですがなら仕方ありませんよね? 加減の出来ない新人がやらかしてしまった。本当は一回戦のバトルロワイアルの方が自然に殺れたのですが、アタシはAブロック。分かれてしまってはどうしようもありません」

(あぶねーーーっ! 運営本当にありがとう!! いやマジで!!)



 ルトラが宙に広げたエントリー表にはルトラの名が堂々とAブロックに記載されており、ガルドは心からの感謝を心の中だけで反芻した。



「だから一回戦、必ず勝ち残って下さいね。でないとアタシ、疲弊した貴方を襲ってしまいそうなので」

「殺意が無けりゃ言われたい台詞だったぜ……! 上等だよ!」



 赤色の瞳の奥に確たる殺意を秘め、ルトラは丁寧にお辞儀をしてガルドの前から去っていった。





 十分後、熱狂に沸くAブロックの百人コロシアムが開始された。



「魔王軍幹部二人を撃破だぁ!? デマ情報かまぐれか知らねぇが、調子に乗った新人を捻り潰してやる!」

「出る杭は打たれるってもんさあ! 覚悟しなぁ!」

「階級戦士を飛ばして上戦士!? ふざけんな! 化けの皮を剥いでやる!」



 多くの反発を買い、ルトラを倒すために臨時協定という手を使った戦人達。

 そのことごとくを表のルトラの絶対防御で跳ね返し、裏ルトラの瞬殺で勝負を決め、『表裏一体』で残った戦々恐々とする戦人を葬った少女は。



『な……なん、と……魔王軍幹部二人を倒した実力は本物……ッ! たったの一人で四十四人斬り――――Aブロック勝者は新人ルトラ・アーサー!!』



 今日という日を持って本物の実力を世に知らしめる事となった。



「お相手、ありがとうございました」

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