第13話 善人脳をアップデートせよ

 一週間後。

 身体を傾けながら雪豹とゲームを楽しむガルドの耳に、ギンの口から吉報が届いた。



「小僧、おめでとさん。お前の画策通り、ルトラ・アーサーの嬢ちゃんは戦人入りを果たし、魔王軍の幹部二人を倒すという快挙によって異例の三階級特進、階級上戦士からの始動となったようだぜ」

「おっ、マジで!? やっぱり俺って育成の素質ある感じ!? ルトラちゃんの素質に気付いていながらも手をこまねいてたお方々を追い抜くのも時間の問だ――」

「早速調子乗んなよ小僧」

「うざっ」

「ずびまぜんでじだ」



 ギンにはアイアンクローを決められ、雪豹にはゲシゲシと腹部に蹴りを叩き込まれるガルドは満身創痍だった。



「いててて……しっかしそれにしても、階級見習いは実質あってないようなもんだしすっ飛ばしても納得だとして、階級戦士まですっ飛ばすなんて、何かの力が働いてんのか?」

「そこまでは知らねぇが、長らく放置されていた幹部二人を倒したっつー功績故じゃねぇか? 戦士レベルじゃ幹部は殺れねぇだろうから妥当な判断だと思うぜ?」

「私が聞いた話では、他の戦人の向上心を煽るために、いい意味でも悪い意味でも注目の的アイドルを作りたかったって話。それに幹部を失った忘却の森を人類軍領地に戻すためにもルトラ・アーサーは一人で動いてたらしいし、その功績も認められたんじゃない? 目的は他にもあったみたいだけどね」

「ジジイの遺体探しか……ルトラちゃんとの交戦と幹部の襲撃にジジイの遺体確保どころじゃなかったからなぁ……気付けゃいつの間にか遺体が消えてたし、魔物にでも食われたかもしんねぇな……」

「ま、俺達ゃ悪人だ、事故に遭ったとでも思って一々気ぃ落とすなや。その内会えんだろ、地獄でな」



 慰めてくれているのだろうかと、ギンの言葉に人を殺めた自責が少しだけ取り払われた気がした。



「そんな気落ちしてる小僧を気遣ってゲームに誘う雪豹も大概な世話焼きだが、お節介なギンさんから良い情報第二弾をくれてやろう」

「別に気遣ってる訳じゃないし、誤解を生む言い方は止めて」



 ガルドはゲームのコントローラーをテーブルの上に置き、ギンの情報へと耳を傾ける。

 すかさず雪豹が二刀流でゲームを始める様子を尻目に、ギンは新たな話題の提供を始めた。



「近頃、アーサー嬢の件とは別で街の様子が慌ただしくて、何があったのか調べてみたんだよ。で、何が起こってるかっつーと、どうやら戦人を対象とした『闇討ち』が頻発してるらしい。それも被害に遭った戦人共の特徴は、軒並み頭角を現し始めた将来性のある戦人だったそうだ」

「ふぅん。ざまあみ――物騒なこった」

「小僧今、人の不幸喜ぼうとしたろ」

「本当にゲームの腕と同じでクズ」

「ゲームの腕は関係ねぇだろ!?」



 戦人として才能が開花しなかったガルドは、思わず他の戦人の名声が途絶えた事に喜色を示しそうになり非難を浴びることとなる。

 自分でもクズだなぁ、と思う反面、どうにも他人が脚光を浴びることが癪なのは、やはりエゴイズムだろうか、などとガルドは複雑な心境に浸らずにはいられなかった。



「まあでも確かに人類軍としては有望な戦人が狩られ続けるのは面白くねぇわな。つまり今回はその闇討ち犯をとっ捕まえて懲らしめてやればいいって訳か!」

「違ぇ」

「よっしゃ任せ――違うんかい!! じゃあ俺が担当してるウエイトレス姫様の護衛任務って訳だな!」

「違ぇ」

「よっしゃ任せ――これも違うのかよ!? 何が言いたいのかさっぱりわかんねぇぞ!?」



 護衛が今回の目的ではないのならばギンは何が目的で話をしているのだろうと、ガルドは首を傾げて足りない思考を働かせる。



「まだまだ善人脳だな小僧。解剖してやろうか?」

「怖ぇよ!? この話の脈絡から察せっていう方が無理だろ!? な、雪豹!?」

「そんなこともわからないの? ほんっと救いようのない馬鹿だね。ミジンコからやり直せば?」

「理解出来ないだけでここまでディスられる!? そもそも残念だが俺にミジンコだった過去はないッ!」

「はいはい、自覚がないって幸せだね~。次は人間に生まれ変われるといいね」

「俺が知らないだけで俺はミジンコだった!?」



 ケラケラと笑いながら宙に浮かぶモニターで戦闘を繰り広げていく雪豹にガルドは詰め寄る。

 雪豹はチラリとギンを一瞥し、ギンは顎で言外に「言ってやれ」と雪豹に指示を下す。



「デクズカリバー、アンタは考え方が逆なの。悪役であるアンタが闇討ち犯を捕える活躍をするなんてあっていいわけがないでしょ」

「あー……確かに? じゃあギンは何で俺にこの話を持ち掛けたんだ?」



 雪豹が操作するキャラクターが勝利を収め、キャラクターは新たな称号を手に入れた。

 完封大満足の雪豹は椅子を回し、ガルドへ指を突き立てる。



「奪うのよ――アンタが闇討ち犯の悪名をね」




× × × × × × × × × ×




「なるほどね。木を見つけるのなら森の中、発展途上の戦人を見つけるのならコロシアムの中って訳か」



 照り付ける太陽の下、ガルドは衆人群がる円形闘技場の前へと訪れていた。



「この時期は祭りコロシアムに参加する戦人も多いからな。有望な戦人を見つけだすのも容易だし、闇討ちで芽をへし折るための情報収集の場としてはこれ以上ない適所だ。んで、今回は雪豹との共同戦線って訳だな。よろしくな雪豹~! 頑張ろうぜぃ相棒!!」

「だから何で私がまたコイツの世話をしないといけないのよ……!」



 不機嫌全開な雪豹と共に。



「またまた~世話好きの癖に~そんな世話好きな雪豹も俺は好きだぜ?」

「……………………はぁ」

「あの……肯定も否定もせずに虫けらを見るような目で見るの止めてもらえませんか? ちょっと興奮する」

「死ね」

「ありがとうございます!」

「本当死んでくれないかなコイツ……」



 二人のやり取り――主にガルドの一方的な高揚もコロシアムの熱気には敵わない。

 話していても埒が明かないと感じた雪豹はガルドを置いてコロシアムの内部へと踏み込んでいく。



「なぁ雪豹、そもそも十万を超えるこの群衆の中からどうやって闇討ち犯を見つけるつもりなんだ?」

「現状は手当たり次第しか手はない――けど、途方もない作業を比較的楽にするために、今回データ収集のプロである私が同行したのよ。私は移動しながら観客席を、アンタはコロシアムに参加して内部から情報を探るの」


「ギンの情報によれば、被害の数は尋常じゃねぇが、辛うじて生き残った戦人達の証言はどれも犯人の特徴が一致しなかったんだろ? 探るにしても特徴がないんじゃ探しようがないぞ」

「闇討ち犯がわざわざ参加して目立つことはしないだろうし、犯人捜しは私に任せればいい。アンタの目的は戦って勝ち上がる事で闇討ち犯の興味を引くこと。アンタが無様に負けたとしても、他の戦人が目立てば次の闇討ち候補が絞れるからそれはそれでよし。アンタは生贄みたいなもんよ」

「あれ? よくよく考えれば、これ俺にメリットある?」



 コロシアムで勝利しても闇討ち犯の犯行が降りかかる可能性があり、敗北すれば痛手は必須。どちらに転んでもガルドが痛い目を見る事は確定のようであり、作戦への疑問が急浮上した。



「こんな場所で戦える経験自体がメリットでしょ。アンタ、こういう人の多い場で能力扱いきれないでしょ?」

「何で知って……いや、雪豹は俺の同調に最初のヒントをくれたんだし知ってて当然か……そう、俺の同調は人が多過ぎると能力がショートしちまうんだよ。誰に同調出来る訳でもなく、ただ単に体が悲鳴を上げるみたいなイメージだ」

「人体の構造上、見たくないものまで無意識に視てしまうのは当然よ。アンタが能力に関して学ぶことはまだまだある。自分の体は自分で調べ尽くすことで見えてくる事がある筈。ほらエントリーして待機場所に向かいなさい。精々瞬殺されないよう頑張りなさい」



 手をひらひらと振りながら雪豹は人が溢れる観客席へと続く階段を昇っていった。

 期待してくれているのだろうかと、ありもしない幻想を少しだけガルドは抱き「よし!」と気合十分に受付へと向かう。



「よっしゃあ! 泣く子も黙るガルド・エクスカリバーの快進撃の幕開け――」



 が。

 同参加者達の視線が一斉に後方に集中し、ガルドの視線も意図せずに引き寄せられる。



「おいおいマジかよ……」



 マントのような白銀の髪を優雅にはためかせ、屈強な戦人に見劣りすることのない畏敬を引っ提げた麗人を前にガルドの頬が感動と困惑にひきつけを起こす。



「よりによってシルフィさんがコロシアムに参加するなんて聞いてねぇぞ……」



 ガルドが悪役を演じる契機となった愛しの相手。

【湖の精】シルフィ・ランスロットがコロシアムの参加に現れたのだった。

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