第12話 険悪最悪・善悪コンビ爆誕

 忘却の森での幹部戦が幕を下ろす一方、ガルドの憑き物であるレロは背中に飯屋の老人を乗せて命令通り逃走していた。



「ガルドの旦那、魔物遣いが荒いにゃあ……レロは自由に生きたいだけなのに……」



 滴る血、鼓動の有無、体温。体を完全にレロへ預ける老人は既に息を引き取っている事は明白だった。

 それでもレロがガルドの言葉に従うのは憑き物としての責務。自由になる機会を狙っているとはいえ、ガルドからの信頼を得られなければ奇襲が成功する見込みも薄いと判断しての事だ。



「とは言え今のレロじゃガルドの旦那に手も足も出ないしなぁ……この爺様食べたら少しでもレロの血肉になってくれるかな……? でも人間の遺体を食べても魔物は強化されないらしいし、流石に遺体持ってないと旦那にバレちゃうな……うにゃあ~」



 魔物は人肉を食すことで強化する。何人を食した、それだけでも魔物としての強さの価値は上がり、勇者達による早期討伐対象となる。

 それは妖怪に分類される猫又のレロであっても同じ。ぶつぶつと独白を零しながら駆けるレロは、背負う老人を食して力にするかを悩んでいた。



「仕方ない、駄目元で食べてみるにゃあ! ガルドの旦那には途中で魔物に襲われて落っことしたって言えば何とかなる筈! そう、弱いレロにそんな重役を任せた旦那が悪いんだし――」

「おー、いててて。流石に死亡状態じゃとに時間がかかってしょうがないのぉ」

「はにゃああああああああああ!?」



 隠れて食す決意を灯したレロの上で突如動き始めるナニカに、レロは毛を逆立てて驚愕し老人を振り落とした。宙に放り出された老人は、老人とは思えぬ体捌きで軽やかに地面へと着地する。



「お、おっ、とと。すまんすまん、びっくらさせたか? それはそうと駄目元で食べてみるとか言っておった気がするが、お前さん儂を食べる気じゃったか?」

「気のせい! そんなことレロは一言も言ってないからぁ!? 本当にっ!?」



 じー、っと凝視する老人の疑いの眼差しを、猫又のレロは多量の汗をかきながら全力否定する。



「まぁ良い、聞かなかったことにしてやろう。それよりお前さんの口からガルド少年の名前が出るとはの。もしやガルド少年の憑き物か?」

「そ、そうだけど……」

「なるほどなるほど、憑き物に『猫又』を選んだか。やはり儂の見立ては正解じゃった」

「あの……なんで爺様は生きてるにゃあ? 完全に死んでた筈じゃ……」

「おっとそうじゃったそうじゃった。それを説明する意味はないし、儂が生き返った記憶はせねばならんな」

「ふぇ?」



 パアン、と一際高い老人の合掌が森に響き渡る。



「良い子じゃ。忘れるがよい猫又のレロ。お前さんはガルド少年の逃亡命令によって。儂の行方は初めから知らなんだ。よいな? では気を付けて帰るんじゃぞ」



 レロは何事も無かったかのように一言も発さず老人の前を去っていく。

 その尾が二本に別れた後ろ姿が見えなくなるまで老人は見送り続け。



『ガアアアアアッ!』



 背後から奇襲の如く牙を剥き出しにする『忘却の森』の魔物を、老人は一瞥もせずに指で小突く。

 すると魔物はまるで存在価値が『改竄』されたかのように、可愛らしい小鳥へと変貌した。



「魔王を倒すためには今いる勇者達、そしてルトラの力は不可欠じゃ。じゃが親をも失ったあの子はあまりにも優し過ぎた。儂の死で感情のリミッターが外れてくれればいいのじゃがなぁ」



 怯える小鳥を肩に乗せ老人は――は空を仰ぐ。

 肩に乗った小鳥は人物と性別の変貌に見事なまでの二度見を行っていたが。



「ん、んんっ。これでようやく十年にも及ぶ爺様の役目は終えたの。ひとまずはガルド少年への褒美として、魔王軍幹部二人を倒したのはルトラだという事実に改竄してやろう。さあて、やらねばならんことが山積みじゃー! 【円卓の悪騎士】も気になるが……まーずーはっ、ノコギリツチノコの捜索と調理からじゃなっ!」



 好奇心に駆られた女性は目を輝かせながら、忘却の森の内部へと突き進んでいった。




× × × × × × × × × ×




 朝が訪れる。

 普段は太陽が顔を見せる前に仕込みや掃除など目覚めを匂わせる飲食店も今日は動きを見せない。



「新しい朝が来た。希望の朝か?」



 店の前で突っ立っているガルドを僅かな通行人が怪訝な目で見つめながら通りすぎていく。

 そんなガルドの元へ一つの足音。



「犯人は現場に戻るって本当なんだな」

「犯人である貴方が言う台詞じゃありませんが? ふざけないで下さい」



 足音の正体を視界に認めるガルド。

 そこには亜麻色の二つのお団子を頭に結ったウエイトレス姿のルトラが。



「俺を殺したいくらい憎いんだろ? どうして斬りかかってこない?」

「はい、今すぐに殺したいくらい貴方が憎いです。ですがアタシが有無を言わさずに斬りかかったら、ただでさえ魔王に怯えながら暮らす通行人の平和な日常が壊れてしまいます」

「誰にも気付かれない裏ルトラがいるじゃねぇか?」

「裏が見える貴方じゃ仕留めるまでにはいきませんから」

「能力もすっかり自覚したって訳ね。どうだ、能力の開花の気分は?」



 ガルドの質問に答える事は無く、ルトラはテラス席の一角へと踏み込んだ。



「貴方の目的はお爺ちゃんを手にかけることですか? このお店を潰す事ですか? それとも――」



 まるで過去に店に訪れた戦人達の足跡をなぞるかのように、ゆっくりとテーブルに手を這わせルトラは移動を続けながら核心を口走る。



「――――アタシを戦場に立たせることですか?」

「…………」

「アタシだってそこまで馬鹿じゃありません。お爺ちゃんを殺し、気を失ったアタシを貴方は生かした。自分の能力を自覚して尚、貴方の目的がアタシにアタシを戦場に立たせるものだと気付かない振りが出来るほど、世界の大半を魔王軍に占領されている現状が平和だと思いません」

「…………」

「だから貴方の目的がアタシにあるのなら掌で転がされている感は否めませんが、貴方のその策に乗ってあげます」

「え?」



 移動を止めたルトラの視線は真っ直ぐガルドへと。

 その紅瞳の中にはありありと炎を燃やす殺意と決意の塊が。



「魔王を倒さないと世界に平和は訪れません。人類の平和の為にアタシの力が必要なら、もう失うもののないアタシは全てを懸ける事が出来ます。どの道、表裏一体となったアタシですら対処した貴方を殺すにはもっと戦場を経験し、力を付けないといけませんから」

「殺す殺すって物騒だな……あんまし可愛い女の子がそんな言葉を使うなよ?」

「貴方以外には使わないので安心してください。『特別感』そういうのお好きでしょう?」

「ごもっともだ」

「だからアタシは戦場に立ちます。貴方を殺し、世界を平和に導くために」



 当初のガルドの目的達成が、ルトラの口から宣言された。



「お名前を教えて下さい。アタシが殺したいほどに憎む貴方の名前を」



 名を知り、相手を知り、未来を灯す。

 これは二人が敵対する物語の始まりに過ぎない。



「ガルド・エクスカリバーだ」

「アタシはルトラ・アーサーです。見逃すのは今日だけですから」

「精々命拾いしたって思っておくよ」



 よろしくなどとは言わない。言えない。

 ガルドは彼女にとっての最凶最悪の悪役になると決めたのだから。


 差し込む朝陽が一組の善悪パーティの誕生を祝福しているかのようだった。


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