第11話 命名は計画的に

 時は少し遡り【円卓の悪騎士】本拠。

 魔王軍幹部の一人を瞬殺したものの体力が切れたルトラ、そして残されたローネとガルドの言い争いをモニター越しに眺めるのはギンと雪豹の二人。



「良かったのかよ、そんなやり方で」

「…………」

「シカトすんじゃねぇよ。脇に札束挟み込むぞコラ」

「嫌がらせなのかチップなのかわからない脅しは止めて」

「飯屋のジジイをそそのかして忘却の森に向かわせたのはてめぇだろ? ンでもって、あの小僧に仮初の人殺しっつー『責』を背負わせたのも」

「私に言わないでくれる? 善と正の世界しか知らない甘々騎士脳から、悪と偽の憎まれ脳になんて簡単に変われるものじゃない。言わばこれは矯正。あの甘ちゃんを一端の悪役犠牲者きょういくしゃにする、それがボスからの『オーダー』なんだから」

「あ? なんだよボスが一枚噛んでんのか。ったく食えねぇ奴だ本当に」



 新入りも新入りのガルドに早速自責を背負わせたことを詰問するギンは、赤髪を揺らしながらテーブルの上に座った。

 自身の領域に踏み込まれた雪豹は押し退けようとするも、大柄のギンはビクともせず、大きな溜息を衝きながらモニターへと再度照準を合わせる。



「魔王を討って世界から脅威を取り除くためなら破壊だって殺しだってする。それが私達【円卓の悪騎士】に課された正偽せいぎでしょ」

「てめぇもよくわかってきたじゃねぇか。それでこそ勧誘した甲斐が出て来たってもんだ」

「ハイハイ、全然嬉シクナインダカラネー」

「カタコトでツンデレのテンプレみたいなこと言うなや」



 魔王軍幹部のローネが広範囲に渡る幻惑魔法を解放し、忘却の森が異質の魔力に包まれる。

 当然内部にいるガルドはローネの魔力に呑み込まれるも、モニター越しの二人は一切の焦燥を見せなければ微動だにしない。



「で、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? どうしてあんな甘ちゃんで腑抜けなアイツを【円卓の悪騎士】に誘ったのか。どうしてボスがアイツに執着するのか」

「本気で聞いてんなら理解度が足りないって事で小僧の専属教育係に任命するが?」

「本当に止めて!? ただの確認! 今でさえ色んな面倒事押し付けられて迷惑してるし、私の勇者育成も後手後手なんだから!?」

「本当にわかってんのか? 確認って誤魔化して答えを聞きたかったんじゃねぇだろうな?」

「はぁ……言えばいいんでしょ……理由は二つ。一つは魔王を討つための最終兵器を確保しておきたかったこと。エクスカリバーの『同調』は死をも同調させる。つまりエクスカリバーが自分の心臓を魔王の前で穿てば、魔王をも殺せる可能性がある」

「あぁ、だが魔王は脅威の再生力と生命力を持つと言われてる。たかが共倒れ上等の自殺で殺せるくらいなら、既に別の勇者が倒してるだろうな」

「だからあくまで可能性で手段の一つ。とは言え、可能性を僅かでも秘めてる同調の能力を無駄死にさせるには惜しいってこと」

「的確だな。じゃあもう一つの理由は?」



 頭を撫でようと伸ばしたギンの機械の手を振り払い、雪豹は脚を組んで椅子の上でふんぞり返る。

 それはまるで納得がいっていないかのようで、視線の先のガルドへ羨望の眼差しとして目を細めて睨み付けた。



高揚開花ハイジャンキー――エクスカリバーは自身の『心理環境』によって身体能力が左右される稀な能力の持ち主だから」



 そんな雪豹の心理を読み取ってか否か、ギンは鼻で笑い怪しげな笑みを浮かべる。



「合格だ。小僧自身も気付いてねぇが、小僧はテンションがブチ上がった時に飛躍的に身体能力が激上する。つまり自身の活躍や強者の躍動が小僧の奮起材になり、同調のコントロールによって仲間に相乗効果を生ませるバグ能力だ」

「最高勇者である【湖の精】を最近になるまで知らなかったほど他人に興味がない、仲間に恵まれず成功体験もない、これまでの周囲の環境がエクスカリバーには劣悪と言ってもいい程に噛み合わなかったに過ぎないのよね」

「典型的な怠け者でもあるからな。だから育成対象の『ランクアップ』や『偉業』っつー、目に見えて分かる奮起材を享受出来る教育側が、小僧には天職だったって訳だ」

「……ふん、馬鹿が治らないと宝の持ち腐れでしかないから」


(小僧の同調の本領はそれだけじゃねぇんだが、こればっかしは俺も未確認。まだまだ底の見えねェ野郎だ面白れぇ)



 雪豹の毒を最後に、二人はガルドの観戦を決め込んでいく。




× × × × × × × × × ×




「忘却の森。この森が何故そう呼ばれているか知っているかしら? ワタクシの幻惑は嫌な記憶を忘れさせ、楽しい過去の夢に浸らせる。楽しい夢っていうのは目覚めたくないでしょう? ニンゲンって本当に単純」



 ふわふわ漂い接近したローネは、ガルドの顎を優しく持ち上げて虚ろになった瞳を覗き込む。



「高説な演説ご苦労さん」

「ぎゃああああああああッッッ!?」



 しかし夢に浸って虚ろな筈のガルドの瞳は正常。

 返答を予期していなかったローネは驚愕により地面へ落下して、凄まじい速度で後退りをする。



「ど、ど、どうして幻惑にかかっていないの!?」

「俺の能力は相手と同調すっからな。だからお前が幻惑にかかってなけりゃ俺もかかんねぇし、俺がかかりゃお前もかかる。お前自身がその楽しい過去とやらに浸れば俺も道連れ、やってみりゃいいんじゃね?」

「え、そう……? あ、たのしー。あ、ねーさまぁー」

「馬鹿だろお前。右眼を閉じてりゃ俺は同調しねーよ」

「はっ!? ぐぬぬ……どいつもこいつもワタクシのこと馬鹿にして……!」

「馬鹿にしてんの俺だけだぞ?」

「うっさいうっさい! ニンゲン風情がぁぁぁぁ!」



 再び宙に浮きあがったローネは悪魔の化身の如く怒り狂う。

 対し、冷静に言葉の刃で切り刻み続けるガルドは徐々に高揚感が器を満たし始めていた。



「相手を弄べるなんて楽しいなオイ! 自分の能力を使いこなす事が出来れば、こんなに世界ってのは広がるもんなのか!」



 高揚開花ハイジャンキー

 ガルド自身に自覚のない秘められた能力があらぬ方向から芽吹きを唄う。



「さあ、ケリを付けようかパスタ妹よぉ」

「っ……ひ」



 そんな悪人よりも悪人なあくどい笑みを浮かべる狂人を前に、ゾクッと。



(ヤバイヤバイヤバイ……必中必殺の幻惑が効かないなんてどうしたらいいっていうのよ……!?)

「そういやルトラちゃん必殺技みたいなの言ってたな……なんか気分もアガりそうだし俺も名前つけて見るか! 流雲墜とし――えーパクったらルトラちゃんに何か言われるかな?」

(ミーネ姉様も殺られて戦力も半減……! 今のワタクシがこの狂った男に勝てるの……!? ん……? もしかしてこの男、今ワタクシのこと見えてない……? 今なら逃げられる!?)

「かっけぇ技名付けようにもいざって時に思い浮かばねぇもんだな……癪だが昔師匠に――ってオイ! 逃げてんじゃねぇ!!」



 上空十メートル。

 ローネは既にガルドの攻撃範囲外に逃亡していた。



「あはっ、ニンゲンは飛べないものね! ワタクシがいればミーネ姉様は蘇ることも出来――へ?」

「跳ぶことは出来るぜ?」

「何で上にぃぃぃぃ!?」



 心理状態が上がった時のガルドの跳躍は常時を大きく凌駕する。

 逃亡しようと宙に舞ったローネの上部、全力の蹴撃の予備動作を経たガルドは。



「あーもうテメェが急かすから新技名思い浮かばなかったじゃねぇか! とりあえず仮で――武雷狂ブライニクルッッ!!」



 衝撃波を生む蹴撃――天より降りくる氷柱の如き蹴り墜としを上段から叩き込んだ。



「ぁが――――――」



 落雷の如く急降下したローネは地面に突き刺さり、着地したガルドはナイフでローネを両断した。

 魔力の泡となって霧散した魔王軍幹部を前に、ガルドはふぅ、と一息を衝く。



「あぁーっ!? 俺が倒しちゃ意味ねーじゃん!? ルトラちゃんが期待の戦人としてデビューするなら、忘却の森の二人の幹部を倒した実績が何よりも効果的なのにぃ! 他に見た奴いねーからデマ流せばイケる!? いやでも表のルトラちゃんなら『アタシ一人しか殺ってないですぅ』って否定するよな……ぬおおおおおお……」



【湖の精】シルフィ・ランスロットですら手をこまねいていた忘却の森の幹部の一人を討った自分の実績など忘却の彼方に。

 悪役の一人であるガルドには既に自分が売名するような思考は持ち合わせてはいなかった。



「仕方ねぇ、無駄かもしれないけどルトラちゃんが倒したって事にしよう……とりあえず今はレロの方も気になるし探しに行くか……不可抗力とは言えジジイを殺しちまった事もある……はぁ、気が重ぇ……」



 意識が戻れば真っ先に斬りかかってくるであろうルトラを背負い、自責に苛まれるガルドは相棒探しを始めたのだった。


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