第10話 万能少女にもアナはある
「くっそ強えな裏ルトラ……! だが俺を攻撃すりゃ同調の能力でお前も傷付くんだぜ!? 全力で踏み込んで来る事なんて――」
『死になさいッ!』
「うおぉぉぉっ!? あっぶねぇ!? 首目掛けた全力の刺突とか金玉ひゅんってなるから止めてくれ!?」
『下劣。私とあの子は別の個体です。私と貴方が同士討ちになっても、あの子に危害は加わりません』
「自己犠牲が己の美学ですっやつかよ面倒臭ぇな! 自分大事に! はい復唱!」
『降り注げ斬雨――流雲墜とし』
「やべっ、ガチのやつがくる――」
裏ルトラによる前面からの乱舞、そして通常の斬撃ではあり得ない上方から降り注ぐ膨大な斬撃の嵐にガルドは同調した速度を頼りに縫っていく。
それでも回避できる斬撃は半分にも満たない。
「あぁー! 痛ぇ! マジで自分の命を削ってまで攻め込んでくる気かよ!?」
『元よりそう言っているでしょう』
(攻めれば攻めるほど自分が傷付く恐怖を俺は知ってる……つまり同じ条件を同調で課すことによって、相手が攻めにくくなることもまた……だが裏ルトラは自傷も厭わずに攻め込んできやがる……! マジで面倒臭ぇ……!)
暴力の突風が一時収まりガルドは肩で息をし、裏ルトラは霞みがかった世界でポタポタと落ちる流血を前にガルドへと向き直る。
『一つ疑問があります。何故貴方に私が見えているのでしょう』
「あ? 知らねーよ。何で他の奴に見えないのか俺が知りてーぐらいだわ。つうか、もしかしなくてもお前戸惑ってんだろ」
『霞の世界が見える人など初めてですからね。本当はあの子にも私の存在は知られたくなかったので、これまでの面倒事は私が一瞬で片付けてきました。ですが貴方との交戦であまりにも表裏の分離が長すぎた――あの子にも能力の自覚が生まれることでしょう』
「……つまり裏ルトラは本体を護ってたってことか?」
『私達の強大な能力を使うか隠すか――それが正しいと受け取るか臆病者と受け取るか。私はあの子を戦わせて様々なものを背負わせたくありませんでした。ですが殺意に呑まれ、能力を自覚したあの子を抑制する事は出来ません。もう容赦はしませんよ。あの子の望み――貴方を殺すために』
裏ルトラが大きく跳躍し表のルトラの真横に立ち、その体がすぅっと表のルトラに吸い込まれていった。
「ん? 裏ルトラが居なくなった? なんだもしかして見逃してくれ――」
「殺す」
「ッッッ!?」
胸元から囁かれた恐怖の言霊に、ガルドは反射的に体を後方へと投げる。
裏ルトラに同調していた時よりも遥かに機敏性が増した退避は、しかし胸元を浅く大きく斬り裂かれた。
(まだ能力上がるのかよ……!? しかも表裏一体と化したルトラちゃんは絶対防御で無傷……!? やばいやばいやばい……!! マジでヤバいって!?)
攻めれば超速乱撃、受ければ非貫通防御。
焦燥感が一気に増したガルドは痛覚を忘却させられるほど命の危機を全身で知覚させられていた。
「ふ、うっ……だっ!? ぃぎっ、全然回避が追い付かないっ……!?」
「おじいちゃんの痛みはこんなものじゃない!!」
同調も無意味、手数は減らない。
憎悪は最高潮、趨勢は一方的。
激昂しながらも流す涙。
(この子は他者のためにここまで怒れる子なんだな。選択間違ったかも……)
ルトラを戦場に立たせるために悪役を演じた自分の選択。
その代価は己の命なのかもしれないと。
(だけどこの子の攻防秀でた能力なら、魔王を倒す事もあながち夢じゃない。人々に希望を与えられるなら、俺の死も無駄じゃない気がする)
それは諦念ではなく光明。
恐怖を強いる魔王を倒し、人々の安寧を取り戻すための小さな火種。
波濤の連撃に体勢の確保を誤ったガルドは、ルトラの渾身の殺意が一点集中した瞬間を見た。
(真実は知る必要なんてない、俺の死と同時に斬り捨てろ。頑張れよルトラちゃん――世界を頼んだぜ)
「あらぁ、ミーネ姉様。殺気を見に来てみれば、ワタクシ達の庭で堂々と暴れているおばかさん達が居るわぁ」
「うふふ、ローネ、新しい玩具よ。最近人間で遊んでいなかったし、バラバラにして臓器遊びでもしましょう?」
ルトラの背後に一瞬で現れた二人組。宙に浮いた体は紫色、角を生やし、布面積の少ない悪魔のような風貌をしたナニか。
一度も見たことが無くとも、いくら情報に疎くとも、それが何なのか『忘却の森』にいるガルドが理解出来ない筈がなかった。
「幹部のミネストローネ!? ってゥオイ! 俺の感動的な
「邪魔。殺意自動駆逐、凪の一閃――
「やべっ!? 同調解除だ――!」
ガルドに一点集中していた筈のルトラの殺気は一瞬でベクトルを変え急反転。息をつかせる間も与えず、ルトラは一体の悪魔の首を容赦なく跳ねた。
「ぁ――――」
「姉様……? ミーネ姉様!?」
「あのパスタ妹の慌てよう、もしかして油断して幻惑かけてなかったか? にしてもルトラちゃん、幹部の一人を瞬殺かよ……同調解除してなかったら俺も死んでたぜ……」
「誰がパスタ妹よ!! ワタクシの姉様をよくもっ!?」
「殺ったの俺じゃねぇし。つうか地獄耳かよ」
短めのウエイトレスの黒衣を靡かせてタンッ、と着地したルトラは次なる標的を視野に収め、爆発的初速で妹のローネとの距離を詰める。
「次」
「ひっ!?」
「二人――め――?」
しかしバタッ、と。恐怖に身構えるローネの目の前でルトラは転倒し、動きを失った。
訪れる沈黙。ガルドもローネも首を傾げてルトラの次なる行動を待つが、何も起こらない。
「もしかしてお前達の幻惑か!? 実は発動してたのかよ!?」
「し、知らない!? 姉様が今日は化粧乗りが悪いから魔力は出来れば使いたくないって!? だから相手を見てからにしようって……!?」
「なんだぁその女子的都合! 意味わかんねぇ!? じゃあ何だ!? ただ単にルトラちゃんの体力切れだってか!? ……超攻撃性能に万能オート機能付き絶対防御っつーチートスキル……え、本当に?」
「はへ……た、助かった、の……? ていうか姉様を殺しておいて呑気に寝るなんて! このメスガキがぁ!!」
「気絶してるとすりゃあ絶対防御も発動しねぇか!? チッ! 世話の焼けるお姫様だ!!」
ガルドは快足を飛ばし、薔薇の槍でルトラを穿とうとするローネに飛び蹴りをぶちかました。
「あぎゃ!? ぃったーい! ワタクシの邪魔をしようって言うの?」
「このお姫様は俺の獲物なんでなぁ! 滲み出るポンコツのてめぇ如きに殺らせはしねぇよ!」
「ふぅん……幻惑の九割はワタクシの魔力が作用してるって知っての発言かしらぁ?」
「ポンコツは姉の方だったか……すみませんでした。許してください」
「い・や。姉様がいれば完全体の幻惑だけど、一人でも幻惑は生み出せるわよ。冥土の土産に覚えて逝きなさい、ワタクシは魔王軍幹部の一人ローネ様よ。それじゃあ、おやすみなさい」
両手を広げ凶悪な魔力が周囲五百メートルに拡散する。
見た事も無い悪劣で息苦しい程の魔力に困惑するガルドを細めた双眸で眺め、艶かしく唇に手を当てながら術名を解放する。
「【ガーデンオブロイヤリジェ】」
『忘却の森』の一部が幻惑に呑み込まれた。
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