第9話 開き直れば、それもまた正

「おいおい、こりゃこの飯屋の飯くらいマズイんじゃねーの……行くぞレロ」

「どこ行くの? まさか助けに?」

「そのまさかだよ。能力に自覚がねぇ、発動条件もわからねぇ、そんな状態のルトラちゃんを一人で行かせる訳にはいかねぇだろ」



 ルトラの背を追ってガルドも飯屋を離れ始め、ぽつぽつと飯屋の前に会していた人の群れは解散に導かれていく。



「うーん……ルトラ・アーサーに死なれる訳にはいかないってのはわかるケド、旦那はルトラ・アーサーの育成役あくやくになるつもりなんだよね? 旦那が助けちゃ意味ないんじゃない?」

「うっ……そうなんだけどさ……でもあの場にいる奴等は誰も手を貸そうとしやがらねぇ。もしもルトラちゃんに万が一のことがあれば貴重な戦力を失う事になる。最悪の場合俺の首も飛ぶ可能性だってある訳だしな……」

「童貞のまま死にたくないもんね」

「そうそう――ってやかましいわ! だったらルトラちゃんに危害が及ばないように俺が先回りしてジジイを見つけりゃいいって話だ。つうかジジイ、俺に店に来いって言っておいててめぇが攫われてんじゃ、話になんねぇだろがよ……」



 全力で『忘却の森』の方面へと駆けていくルトラを迂回して先回りするため、ガルドは別の方向へと飛び出していった。




× × × × × × × × × ×




 ゴブリンナイトやグリフォンなどの低級の魔物がガルドを狙う。



「どけ雑魚共ッ! 能力の扱いを覚えた今の俺ならてめぇらなんざ瞬殺だっつの!」



 ゴブリンナイトの刺突を掻い潜り蹴りの一撃で首をへし折り、宙を漂うグリフォンをゴブリンナイトの剣を投擲して穿つ。

 右眼を閉じたガルドに、自身の能力による反動はない。



「かっこいいぞ旦那ぁ! やれやれ~! そんなパリピ共ぶちのめせ~!」

「お前一応魔王軍の手先だったんだよな!? なんか怨念籠ってない!?」

「変化が得意なだけのレロは圧倒的弱者で魔王軍の弾かれ者。妖怪達にも魔物達にも格下いびりされてきたからにゃあ~、コイツ等とは関係ないけど積年の鬱憤も晴れるってもんだい!」

「お前も苦労してんだな……」



 散発して現れる魔物を撃退しながらガルドと影に潜むレロは奥地へと進む。



「見たところルトラちゃんはまだ来てないみたいだな……ルトラちゃんの安全のためにもそれとなく魔物を倒しながら進んでるけど、あんまり暴れると幹部が来てもおかしくねぇ……早めに見つけないとな」

「でも『忘却の森』も広いよ? オジジを見つけるのが先か、ガルドの旦那が死ぬのが先かって感じだね~」

「あれ? その遭遇したら俺死ぬの確定? 俺よく知らないけどそのミネストローネって奴等はそんなに強いのか?」

「ミーネ様とローネ様ね。それにしても旦那って本当に情報に疎いんだね……結構有名だよ? 簡単に言えば幻惑の使い手で、『忘却の森』は彼女等の庭みたいなもの。いつから幻惑に嵌っているのかすらもわからずに、気が付けば殺されてるって話。魔王軍第五領地に単独侵攻してきた【湖の精】シルフィ・ランスロットですら放置してることを鑑みれば脅威物語ってるでしょ?」


「やべえじゃん!? 帰ろう!! 俺が死んでちゃ世話ねぇよ!?」

「でもルトラ・アーサーが死んだら旦那も死ぬんでしょ? どのみちじゃん?」

「前門の虎後門の狼だちくしょうめ!!」

(レロとしては旦那が死んでくれた方が簡単に自由になれるんだけど~。人間への隷従を意味するこの従印がなければなぁ……)



 レロは影の中で自身の肉球に記された歪な印を眺めながら小さな溜息を吐いた。



(とは言え、普通は従印を交わして自我を奪って完全な手先にされるのが憑き物としての常なんだけど、レロの自我は奪わないって決めてくれた旦那には感謝するしかないか……まぁその内離反の機会もあるでしょ)



 勇者に討たせるための駒として扱われる魔物に自我は必要ない。

 しかしガルドはあくまでレロを一人の協力者として扱うことに決め、絶対服従の自我を奪わずに契約を交わしたのだ。

 当然雪豹には罵詈雑言を浴びせられていたが。



「辺りも暗いしめちゃめちゃ見辛いな……もしかしてこの暗さも既に奴等の術中――ん?」



 そんな思考に苛まれるレロの耳をガルドの疑問符が打つ。

 影場から顔を出し、レロがガルドの進行方向へと目を向けるとそこには横たわる何かが。



「にゃにゃ、本当に居たぁ!?」

「ジジイ!? マジでいたっ!!」



 特急で駆け寄ったガルドは横たわる老人の真横で膝を着く――が、その姿はあまりにも凄惨。



「血が……おいジジイ! 聞こえるか!?」

「ゲホッ……!? お、お前さんは……?」

「良かった! 生きてる!! ジジイもうひと踏ん張りだ! ひとまず止血するから大人しく――」



 背中に手を回し老人を抱き起こしたガルドの手にぬめる感覚。

 それは途轍もなく嫌な鉄の匂い。本能が叫ぶほどの危機的感触。

 仲間達の死を想起したガルドは一目散に老人を横へと向けた。



「ジジイ……お前背中に穴が……」

「あぁ……やられ、ちまったみたいじゃ……」

「一体誰に!?」

「旦那今はそれどころじゃないにゃ?」

「くっ……! ジジイ止血するぞ!!」



 一切の躊躇いなく自身の服を破き老人の手当てを始める。

 しかしそんな救護に動くガルドの手を老人は優しく握り。



「手当は、いい……お前さんに頼みが……」

「うるせぇ! 遺言なんか聞きたかねぇよ!」

「儂を楽にしてくれ……もう助からん……」

「諦めんな!! 今助けに来るから!!」



 そんな当てはない。しかしガルドは迫り来る老人の死に対し、その現実を受け止める事が出来なかった。



「頼む……旧友の願いも、果たせず、儂は長く生き過ぎた……だから、これで終わりに……」

「うるせぇ黙ってろ!! 遺言なんか聞かねぇっつってんだろ!!」



 差し出されるナイフ。握らせようとする老人の手をガルドは必死に拒む。



「後は頼んだぞ……儂の子供達――――」



 瞬間。

 ガルドの視界は老人の左手に塞がれ。

 振り払い続けるガルドの手には目にも留まらぬ早さでナイフが握り込まれ――老人の中心へと導かれた。



「え――――刺した……? 何で……何で自分で刺してんだよジジイ!!」



 刺した。ガルドのナイフが老人の心臓を。

 老人が吐血し、ガルドの手、脚、全身が血に染まる。

 それはまるでガルドが老人の最期を穿ったかのような光景で。






「いたっ! おじいちゃん! 大丈――――――――」



 盛大に息を切らすルトラ・アーサーがその場に駆け付けた。

 ガルドの手にはナイフ。その矛先は老人――愛する祖父の心臓。


 森が殺気に震えた。



「何してるんですか!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 世界の表と裏が反転する。

 激昂したウエイトレス姿のルトラはそのままに、霞の如く裏ルトラが神速の速さでガルドの首へと長剣を這わす。



「うおっっぶね!? ガチの殺気ッ!? でも裏ルトラが出た!」



 裏ルトラとの同調によって激上した身体能力を得たガルドは、しかし左腕に裂傷を浴びながら老人を抱え込みその場から回避する。

 追撃を危惧してすぐさま体勢を整えるが、裏ルトラの追撃が自身にも負った負傷によって遅滞を引き起こす。



『……傷』



 霞のように微かに顕現する裏ルトラは自身の左腕を眺めて呟いた。



(同調に戸惑ってる!?)

「レロ! ジジイを連れて退避しろ!」

「にゃははい~」



 影から飛び出て来た猫又のレロは小さな背に老人を乗せて、ガルドの後方へと避難を開始する。



『逃がさないッッッ! 退けッ!』

「速――待っ!? は、話を聞いてくれ!?」



 同等の身体能力を授かったガルドは辛うじて長剣を回避していくが、血まみれのナイフだけでは裏ルトラの神速の猛攻は凌ぎ切れない。

 擦り込まれる傷痍、裏ルトラは自身も傷付くことを厭わずにガルドを狙い続ける。



「おじいちゃんの仇――――」

「くそっ……! 表ルトラが気絶でもすりゃ止まるか!? 悪いっ、少し痛いかもしれんが我慢してくれ!」



 ガルドは足元にあった小石を表のルトラへと蹴りつける。

 しかし小石はバチィっ、と電流の結界のようなものに防がれた。



「やっぱりか……! 表は絶対防御、裏は超攻撃――ルトラ・アーサーの『霞表裏』は対なる能力か!? とりあえず、一旦止まれ!!」



 二人のルトラを視界に入れながら、ガルドは自分の右手の甲をナイフで突き刺し、痛みに悶える。



「ってぇ……!」

『……』



 カラン、と。裏の世界で裏ルトラが血液滴る右手から長剣を落とす。

 表のルトラは相も変わらず結界に防がれ無傷ではあったが、ガルドは何とか小康を得た。



「話を聞いてくれ! ジジイをやったのは俺じゃ――」

「魔物を使役していた人の話なんて聞くに値しません。ここ数日お店に訪れていたのは私達家族の動向を図るためだったんですね」



 ガルドは腕を引かれただけの筈が、ルトラに刺突の瞬間を見られたからには証拠が出尽くしている。

 何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうが、弁明せずにはいられないガルドは声を荒らげた。



「だから違うって!? 俺はジジイに――」



 しかしそんなガルドの脳裏に一筋の電流が走る。



(大切な人を殺されたこの状況、俺が完全な悪者――――この状況、案外使えるんじゃね?)



 ナイフに着いた血液を振り払い、ガルドは笑った。



「はっ、見られたからには言い訳も通用しねぇか。そうだ、ジジイは俺が殺った。アンタに持ち掛けた情報も全て嘘っぱち、元々はてめぇらの店を潰すために仕掛けた罠だったって訳だ」

(必ずしも正しく導かなくちゃいけない訳じゃない。『楽しい』から始まる戦場じゃなくていい――ルトラちゃんの憎悪の矛先が俺に向けば、ルトラちゃんは戦場に立つ資格を得る!)



 魔王を倒すための勇者を生み出すために。

 親愛なるシルフィ・ランスロットを超える為に。

 ガルドは悪役になることをここに刻む。



「そうですか。ならば――――貴方を殺します」

「こいよ――新人ルーキー


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