第8話 吐いた嘘は現実に、支払いは出世払いで。

 暖かな太陽の光が注ぐとある朝。

 勇者候補ルトラ・アーサーが働く飯屋で朝食を取るガルド・エクスカリバーの耳へ、一つの情報が運び込まれた。



『大変だ! 遂に戦人御用達の飯屋【メタボ増蔵ましくら】が連続食い逃げ犯にやられたらしいぞ!』

『おいおい、戦人もいたんだろ? 逃げ切るなんてどんだけ逃げ足早いんだよその犯人』

『それが噂によると追いかけてたら急に消えるんだってよ』

『はいはい取り逃がした言い訳乙~』



 カウンターに座り激マズのサンドイッチと苦すぎる珈琲を時間をかけて食すガルド。その姿はサングラスに帽子を目深に被った如何にも怪しげな風貌。

 いわゆる変装。時の人と化している食い逃げ犯と見紛う程に怪しげな変装で、ガルドはここ最近ルトラ・アーサーの元へと様々な変装を駆使しながら通い詰めている。



「上手くやってるみたいだな、レロ。ずずず」

「珈琲のおかわりいかがですか?」

「うおぅっ!? あっちぃいいいいい!?」

「す、すみませんっ、驚かせてしまったみたいで!? 大丈夫ですか!? でもその珈琲もう一時間経ってますよ!?」



 聞かれてはいけない独白を呟いた途端の背後からの奇襲。熱くもない珈琲が手に舞い降り、ガルドは様々な要因で大混乱に陥っていた。



「流石この店のホールを一人で回すクノイチ・ルトラちゃんだ……気配を消すのが上手い」

「アタシはただのウエイトレスなんですけど……それにアタシ鈍臭いので気配なんて消せませんよぉ」



 亜麻色のお団子頭にヘッドドレスをしたルトラはニコニコとガルドの珈琲を継ぎ足していく。「やっと飲みきれそうだったのに……」と料理と同じく激マズの珈琲が並々に注がれガルドは辟易し、一先ず不安の解消へと踏み切る。



「……それよりさっきの独り言、もしかして聞いてた?」

「上手くやってるみたいだな、レロ。ってやつですか?」

「全部聞かれてた!? いや別に深い意味なんてないんだけどさ!?」

「深い意味がないのに人のお名前が出てくるのですか? じぃー」

「疑いの眼差しっ!? いやほんとに! 故郷で悪ガキだった幼馴染が食い逃げ犯を伝説の皿洗い人に更生させた過去を思い出してだな!? 別に食い逃げ犯と俺は一切の関係なんてないし!?」

「あははっ! なんですかそれ! 冗談ですよ。別に詮索なんてしませんし、ここ最近毎日通ってくれてるお客様はちゃんとお支払いもしてくれてるじゃないですか。疑う余地なんてありません」

(連続食い逃げ犯の正体は俺の憑き物のレロなのにっ……! なんていい子なんだっ!?)



 天女の如く微塵も疑いのない笑顔で笑いかけて来るルトラに、ガルドの心が痛んだ。



(人間の姿にも化けることの出来るレロに言い渡したミッション……第一ステージ悪名作り。食い逃げ犯としての悪名を広め、最終目標はこの店……食い逃げ犯を捕まえようとするルトラちゃんの能力の詳細を暴くためにも必要な行程だ。良い感じに噂も広まって飲食業界に警戒心を植え付けることにも成功してるみたいだし、そろそろ仕掛け時か……?)



 悪役の第一歩はまず育成対象を知る事から。ガルドは本命の用件と並行しながら、ルトラ・アーサーの能力を把握しようとしていた。

 しかし思考に耽るも束の間、ルトラの言葉に妙な引っ掛かりを覚えたガルドは顔を上げる。



「ん? 毎日? 俺この店に来るの初めて(嘘)なんだけど……」

「あれ? アタシ間違ってました!? お客様ほどの高身長は中々いらっしゃらないので、そうかなと思ってたのですが……毎日違う変装されてたことは疑問でしたがそういったご趣味なのかなと……」

「全部筒抜け!? 俺の身長の馬鹿!?」



 ガルド・エクスカリバー身長百九十センチメートル超。いくら変装しようが――いや変装すればするほど際立つ存在感は隠せていなかった。



「バレちゃあしょうがねぇ……そうだ、俺の目的はアンタだルトラちゃん。今日こそ観念して貰うぜ?」

「あははっ! 何でそんな悪役口調なんですか。アタシは一体何をしたらいいのでしょう? あ、エッチなことは駄目ですよ?」

「駄目なのか……」

「そんな露骨にしょんぼりしないで下さい!? まさか本当に考えてるとは思わないじゃないですかぁ!?」



 邪まな思いはなかったが先に釘を刺されるとどうしても落ち込まずにはいられなかった。

 気を取り直して、レロの食い逃げの策と並行に進めようとしていた策をガルドはここで開放する。



「ふふ、冗談だよ。俺は仕事で情報屋をやってるんだけど(嘘)、実は妙な噂を耳にして(嘘)、幻の食材『ノコギリツチノコ』(嘘)に興味ないかなって」

「ノコギリツチノコ、ですか? 何だか可愛いですねっ」

「かわ、いいか……? まぁそれはいいとして、ノコギリツチノコを使った料理を出すと一生の富を得られるって噂(嘘)でね。通ってる内に俺もこの店のファンになったみたいで(嘘)、他に情報を取られる前にどうかなと持ち掛けてみたんだけど」

「うーん、調理するのは私のおじいちゃんなので、おじいちゃんに聞いてみますね」

「ちょちょちょ待って!? ルトラちゃんにしか出来ないんだこれは!」



 厨房へと駆けていこうとするルトラの腕を掴んで何とか引き留める。



「アタシ? はっ! まさか可愛い女の子にしか調理出来ない特殊素材とか……?」

「自分で言う? いや可愛いけどさ。まぁそれでもいいんだけど、ノコギリツチノコの生息場所が『忘却の森』なんだ」

「なんか投げやりの設定のように聞こえるんですが……まぁ細かい事はいいとしましょう! でも『忘却の森』は魔王軍の二人の幹部が支配している場所ですよね? どうしてアタシじゃないとダメなんですか?」

「えっ!?」

「えっ!? どうしてお客様が驚かれるんですか!?」

(ルトラちゃん本人に能力の自覚がないこと忘れてた! ってか二人の幹部!?)



 設定も情報もボロボロである。雪豹がここにいたのならば、汚物を見るかのような目で見られていたに違いないとガルドは挽回を図ろうとする――が。



「ルトラや。八番テーブルのお客様が呼んどるよ」

「あ、はいっ! ごめんなさい、その話はまた今度っ!」



 厨房から背の低い老人が出てきてルトラをガルドから引き離した。



(た、助かったー! あぶねー!?)



 ガルドはすぐさま設定を練り直そうと吐きそうになりながら珈琲を呑み干し、その場を立とうとする。

 しかしいつの間にか隣には厨房から出て来た老人が座っており、ガルドは妙な圧を感じた。



「昨今ルトラを見に来ておるようじゃが、お前さん何の用じゃ?」

「またバレてる……そんな目立つかな俺。可愛いウエイトレスが働いてる飯屋に来たいって思うのは男として当然だろ?」

「儂が出す激マズの料理でもか?」

「自覚あんのかよ! てか自覚あんのなら改善しろよ!?」

「ほほ、でも客は来てくれる。『記憶』とは不思議なもんじゃろ?」

「意味わかんね。会計してくれジジイ」

「ホイホイ、ありがとうね。会計は三ビクトだよ」

「……は? いやいや、ボケたかジジイ? 俺が飲み食いしたのは三百ビクトのもんだぜ?」

「ノコギリツチノコ。良い情報を貰った礼さ。なぁに気にするな、たかだか三百ビクトこの店が繁盛すれば情報料としては安いもんじゃ」

(いや俺が捏造した偽情報なんですけど!? 何でそんな簡単に信じてんのこのジジイ!?)



 とはいえ偽情報とは言い出せる筈も無く、ガルドは手首に巻いてあるデジタルフォンで三ビクトの会計を支払った。

 何だか心の靄が晴れないガルドは頭を掻きながら席を立つ。



「ほほほ、釈然とせんなら今夜もう一度この店に来るといいさ、ガルド・エクスカリバー」

「あ? どういう意味――」



 振り返ったガルドの視界には既に老人はどこにもいなかった。



「……あれ? 俺名前教えたっけ?」



 ウエイトレスのルトラにすら言っていない筈が何故知っているのだろうと。

 元気に礼を告げるルトラに見送られ、ガルドは飯屋を退店した。


 心に一つの引っ掛かりを残したまま。




× × × × × × × × × ×




 星々が笑い、人々も酒の席で同じ笑みを浮かべる夜。

 暗黒に包まれる都市に、照明が迸る各所。

 ガルドはルトラのいる飯屋へ向けて歩みを重ねていた。



「よくわかんねぇけど操られてる気分だぜ……」

「レロはご飯が食べられるなら何でもいいにゃあ~。あでもそこの店って激マズなんだっけ!?」

「あぁ、覚悟しといた方がいい」

「否定すらしない! 何で自らそんなとこにイくの!? ドМなの!? 修行僧なの!?」

「イケメンは店を選ばねぇ!」

「選んでんじゃん。ルトラ・アーサーのいる店にしかイってないんじゃん」

「つまり俺はイケメンじゃなかったってことか!? だからレロも俺に奉仕しないのか!?」

「や、だって焦らした旦那の反応が面白くて揶揄うだけで充分かなーって」

「弄ばれてるっ!? ちくしょう今夜こそ夜這いに来てくれよ!?」

「自分からは来ないんだね。旦那はやっぱりヘタレにゃ~」



 独り言の激しいガルドに奇異の眼が向くが、ガルドは全く気にせずに自身の影の中に潜むレロと言葉を交わす。

 そんな二人は徐々に喧騒が沸き立ちつつある飯屋を目の前にし、ガルドは何やら空気が普段と異なる事に違和感を覚える。



「何があった?」

「んー、レロの聴覚によると、にゃにやら女の子が暴れてるみたいだよ」

「……女の子?」



 ガルドの脚が逸り、人混みを掻き分けてガルドが店の前に辿り着く。

 半狂乱になって暴れる少女を抑えるのは比較的体の大きい戦人だった。



「離して下さいっ! お爺ちゃんが攫われたってのに待ってるだけなんてできません!」

『ただのウエイトレスのアンタじゃ無駄死にだろう! 止めておけ!』

「じゃあ誰か助けに行ってくれるんですか!? 魔王軍幹部が二人もいる『忘却の森』に!」

「おいおい、あのルトラちゃんが暴れてんのかよ!?」

「『忘却の森』は双子のミーネ様とローネ様が支配する魔王軍領地の離れにある森にゃあ。基本的に二人セットで動いてて、二人が揃っている時の実力は幹部の中でも指折り。そんな相手のいる地に、赤の他人を救おうと名乗り出る奴が果たして居るかね?」



 レロの推測通り、ルトラが『忘却の森』の名を出せば場が静まり返る。それどころか渦中にいるルトラから見えない位置にいる者達は我関せずとばかりに場から去る始末。

 ルトラは引き留めていた者達の腕を振り払いその場を駆け出した。



「どいて下さい!」



 道が開ける。魔王軍幹部の力に臆した彼等の中には、既に引き留めようとする者はいなかった。

 背を向けて駆けていくルトラの背を見送るガルドは、自身の偽りに塗れた発言が途轍もない事態に発展しているような気がした。

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