第7話 余計な憶測の口外は自分の首を絞めるだけなので注意しよう

 総勢四十体の魔物が雪豹の身体を蹂躙する――そんな世界線クソゲーがどこかにあったのかもしれない。



「なーんだ雑魚ばっかり。二十一――あれ? 二十二体目だっけ? 数えるのも面倒臭くなっちゃった」



 魔物が個別に跳びかかれば瞬殺し、一斉に跳びかかれば一度の銃声で多弾を発砲して周囲の魔物を一撃にて粉砕する。



「何だよ雪豹のこの強さ……精度は完璧、死角なんてあったもんじゃねぇ。一体どうなってんだ……?」



 電脳世界と見紛う程の実力を有す雪豹の姿にガルドは目を見張る。

 汗一つかかずに組織の先輩としての威厳を見せつける雪豹は、ガルドの困惑を感じ取ってしたり顔を浮かべた。



「戦場の俯瞰、私の思い通りの武器生成、常識的にありえないバグ技――これが私の能力『ゲーム脳』。ゲーム世界で起こりうることは私の身にも適応する。痛いからやらないけど、勿論蘇生リスポーンも可能」

「能力チートかよ!? チート使ってて恥ずかしくないんですかぁー!? アカウントバンされろ!」

「妬み程見苦しいものはないね。この世界では私が神だから」

「ほくほく顔しやがってぇぇぇぇぇ……!」



 背後、真下からの魔物の攻撃を一瞥すらせずに回避し、迎撃の一撃をお見舞いしていく。

 一人の少女相手にものの数分で壊滅状態の魔物軍。しかし殺戮が本能の魔物は怖気付かずに突貫、帰結として雪豹へと命を献上していく。



「ん、残すは一体か。遊び足りないけど仕方ない。死んだふりしてるアンタで終わり」



 都合三十九体の魔物を撃ち抜き屍の上に立つ雪豹は、照明を取り戻した私室の部屋の隅で震える猫の魔物へと歩み寄る。



「ぎにゃあ!? ば、バレてる……適当に過ごしたくて牛鬼様の威を借りてただけのつもりが死ぬ羽目に……うにゃあぁぁあぁ……! こんなことになるなら媚びなきゃよかったぁぁぁ……!」

「魔物がガチ泣き……? はっ、雪豹! 弱い者いじめはんたーい!!」

「どっちの味方よアンタは……でも妙だね。見たところアンタには知能があるのに、牛鬼に仕えてるなんて」

「猫又のレロは同族達がびっくりするくらい弱いんだにゃぁ!? 妖怪の世界で虐められそうになってたから、やむを得ずに牛鬼様の下に付くことにしたんだよぉ……!」



 枝分かれした尾を持つ黒猫の魔物は惨めなほど敵前号泣していた。

 安全が確保されたガルドの周囲から檻が消滅し、ガルドは這いながら雪豹と黒猫の元へ。



(オワタ……レロの生もここまで――ん? 男っ!? イってる……! レロの本能がこの男に取り入れとイってる……! 機会を窺えば逃げられるかもしれない……!)



 横目でガルドの存在を認めた黒猫は脳内で計算を組み立てていく。



「あっそ。弱いなら尚更隷従させる意味も無いしゲームオーバーだね。ばいばい」

「こ、この男の憑き物にさせて下さいっ!? 服従しますので命だけは――」

「却下。デクズカリバーに憑き物はまだ早い」

「あにゃああ!? 躊躇いもせずに撃ってきた!? この女怖いにゃあ!?」



 怯え跳び上がった事により、雪豹の銃弾を間一髪股下で回避した黒猫は一目散にガルドの背後へ。

 演技ではなく本心からビビり散らかしていると判断した雪豹は、特に慌てる事も無く照準をガルドへ合わせる。



「そう言うなって雪豹。ちゃんと世話するからさ?」

「拾ってきた猫みたいに言わないでくれる? しかもこの流れは絶対に世話しなくなるやつでしょ」

「頼むよお母さん! 絶対絶対世話するから!」

「誰がお母さんよ。その猫又を寄越さないのならアンタごとぶち抜くけど」

「だ、旦那ぁ……」

「すまん猫ちゃん。雪豹は本当に俺の事ぶち抜くつもりあるから、大人しく漬物になって食卓に並んでくれ……」

「お前等仲間じゃないのかにゃ!? それにレロは漬物じゃなくて憑き物になるって言ったんだけど!?」



 あっさりとガルドに捕捉され雪豹の眼前に献上された黒猫は額に銃口を突きつけられる。



「お、男っ!? レロは変化が得意だから、憑き物にしてくれたら人間の姿で色々してあげられるにゃ!?」

「採用! ド採用!! 雪豹、こいつは俺が飼う! 誰がなんと言おうと決定事項だ!」

「このエロの化身は全く……手の平くるっくるね。はぁー……デクズカリバーはまず憑き物が何たるかを知るべき。私達は魔物隷従モンスタースレイブによって服従させた魔物を憑き物として配下に置く訳だけど、一体しか憑き物を傍に置けない以上、役にも立たない魔物を憑き物にする利なんてないの。言ったでしょ、勇者候補にはそれなりに見合った実力の敵を当てないといけないって」

「つまりこの猫ちゃんを俺の憑き物にすると、他の魔物を隷従させられなくなるから勇者育成の障害になるってことか?」

「そ、いくら知能があろうと、てんで勇者候補と拮抗する実力が無いと隷従スレイブする意味はない」

「うんうん、理解した」

「だから早くそいつを渡しなさい」



 普段の言動は馬鹿げたものがあるが、理解力はそこまで悪くないだろうと。正当な説明をすればガルドの二転三転する態度も固まるだろうと踏んだ雪豹の思惑通り、ガルドは納得を示す。

 しかしガルドは腕に抱えた黒猫を再び差し出そうとはしない。



「まだ庇う気? 何の説明が足りない?」

「んー説明って言うか、雪豹は牛鬼を隷従しようとしたんだろ? 雪豹が請け持ってる勇者候補がどんな奴かは知らないけど、俺でも倒せるほどの牛鬼を勇者候補にぶつけるつもりだったのか?」

「私が育成してる勇者候補がアンタ程度な訳ないでしょ。ただ単に隷従するだけじゃなくて隷従した魔物も育成するのよ。様々な画策をして勇者候補が自分の殻を破れるように、憑き物の悪名と戦闘能力を向上させ――」



 雪豹の言葉が詰まる。

 正当な説明をしようともガルドが黒猫を庇う理由と、自分自身の発言の矛盾に気が付いてしまったから。



「だろ? こいつには勇者を脅かすような進化の可能性はないのか? 変化って能力は俺には相当有望性と多様性のある能力だと思ったんだけど」

「…………」

「俺の同調も自分を巻き込むクソ能力だった。でもその能力の正しい扱い方を雪豹が教えてくれたからこそ、俺は自分の可能性に気が付くことが出来た。だから今までこいつは弱かったかもしれないけど、俺はこいつに可能性を見たんだ」

「はぁ……アンタに諭されるなんて自分に腹が立つわ。精々寝首をかかれないようにね」



 掲げ続けていた銃を消し去り、雪豹は定位置であるゲーミングチェアへと戻ってゲームを起動した。

 後は好きにしろと背中で語る雪豹の放免に、ガルドは腕の中で丸まる黒猫――レロへと笑いかける。



「と言う訳でこれからよろしくな、レロ」

「旦那ぁ……こちらこそだよぅ! ありがとうっ!」

(何とか取り入る事に成功した! 後は隙を伺って逃げる事が出来ればレロは永久に自由……! ツイてる……! 天はレロに味方した……!)



 逃亡出来るのならば媚び諂うことも厭わないとばかりに、レロはガルドの身体へと擦り寄る。

 他者に必要とされることが余程嬉しいのか、ガルドとレロは寸時じゃれ合っていた。



「あ、ところで雪豹さ」



 そんなガルドがレロを頭部に乗せながら雪豹の元へと。



「何? 隷従のやり方なら互いの魔力を微量交換するだけだから、自分の部屋でやって」

「いや、レロの変化能力を聞いて俺が即採用した時『エロの化身』って言ってたけど、もしかして雪豹、俺がエロ目的でレロを憑き物にするって決めたと思ったん?」

「っ!?」



 赤面しながら雪豹は背後を振り返り、ニヤニヤするガルドを睨みつける。



「俺は変化がルトラちゃんに与える影響を第一に考えてたのに、雪豹は一体人間に変化したレロが何をするって考えてたのかな?」

「ち、違……」

「エロいのはどっちかな雪豹ちゃん~?」

「う、うるさいうるさいっ! アンタ等二人共出てけっ!!」



 ゲーム機、クッション、創造した金属製の球体と様々なものが雪豹から飛来する。



「うおっ!? やべえ逃げるぞレロ――って、足が痛いぃっ!? 足怪我してんの忘れてたぁ!?」

「コォー……エロクズカリバー、処ス」

「雪豹ごめ――調子乗りましたすんません!? レロ助けてくれぇ!? あぎゃあああああああ!?」

「……無力のレロを雇ったのはガルドの旦那にゃよ……猫又のレロは気紛れに探検でもしてくるね……」



 小さき少女が大きな男に馬乗りになり制裁を与える地獄絵図に、レロは気配を消しながら雪豹の自室――モニター室から退室していった。

 途端、四本の脚を高速回転させながら、レロは長い廊下を走り出す。



「チャンス……! こんなに早く脱走のチャンスが来るなんて……!」



 しかしドンッ、と何かにぶつかり、レロは転倒する。



「あにゃにゃ……こんなところに壁があるなんて――」

「あん? なんでこんな所に黒猫がいんだ?」



 ヒョイと掴まれる首筋。冷たい感触。

 レロは恰幅の良い大男の機械の左手につままれていることを悟った。



「ひえっ……」

「丁度いい。久しぶりにギンさん特製の猫漬物でもユキに作ってやるか」

「ぎにゃああああああああ!? ガルドの旦那ぁあああああッッ!!」



 レロはレロで前途多難だった。


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