第5話 クーリングオフしたいんですが、考えてみれば案外使い道あるかもしれん
「当面の問題は一般職のルトラちゃんをどうやって戦場に連れ出すかなんだけど、望んで戦人やってる奴とは違ってルトラちゃんに戦場なんてのは無縁の世界だ。上手い事戦場に連れ出せたところでルトラちゃんの本業はウエイトレスに変わりらないし、たった一度戦場を体験したっきりで二度と戦場に出ない可能性だって大いにある。いっそのこと『君の戦闘の素質は素晴らしい! 手を血で染めてみないか!?』って勧誘してみるか? いや馬鹿だろ。いきなり戦場に連れ出そうとする奴なんて怪しい以外の何者でもないし、ワンチャン裏のルトラちゃんにぶっ飛ばされる可能性だってある。今の俺の実力じゃルトラちゃんにはまず勝てないしな……となればやっぱり自分から戦場に興味を持ってもらうに限る訳だが、ただの町娘が戦闘に興味を持つためには戦闘の爽快さや成功体験を味わってもらう方法が基本形って訳か。それこそゲームのチュートリアルみたいに。な、雪豹?」
「長々長々何独りで呟いてんの気色の悪い。と言うか私の部屋から出てって」
画面操作のためのボタン連打が苛立ちを含んでいるが、すまし顔で話題を振るガルドは雪豹の事情などお構いなし。雪豹の部屋――モニター室がまるで団らん場所とでも言うかのように、ギンがよく座る高所をガルドは陣取っている。
「自分の部屋は貰ったけどなんか落ち着かなくてさ~。考え事をするには生活音がBGMに適してたりすることあるじゃん?」
「だからって私を利用しないでって言ってんの。アンタはいいかもしれないけど、私が迷惑してるの。アンタの存在が私にとっては迷惑なの。わかる?」
「またまたぁ。嫌よ嫌よも好きの内。そんなツンデレなところも雪豹の魅力だって俺は知ってるぜ?」
「死ね」
辛辣な一言を放ち、全力で嫌悪を示す表情で雪豹は画面へと再集中。
あまり構ってくれない雪豹にガルドは首を傾げるが、普段とは異なる雪豹の様子に高所から飛び降り近寄る。
「ん? 今日はゲームしてないのな。大丈夫か? 熱でもあるのか?」
「キモ」
「心配しただけで非難されることってある!?」
「ごめん、口に出てた? 女の子に優しくすれば好意を持ってくれそうって浅い考えが見え透いててつい」
「残念ながらその魂胆はゼロじゃない」
「私の半径五万キロメートル以内に近寄らないで」
「遠まわしに地球から出ていけって言ってる!? あ、わかっちまった……そんなに俺を遠ざけたいなんて、もしや他者に見られたくない、よからぬ事でもしようとしてるんだろ!?」
「よくわかってるじゃない。理解してるなら早く出てって」
「やっぱりそうかそうだと思っ――――マジで!? え、マジで?」
「何回言わせる気? マジだって言ってるの。邪魔だから出てって」
ゲームをせずにインターネットを漁っていること、外出時に比べて軽装なこと。
適当に口走った諧謔と雪豹の言動に、ガルドの脳内で何かが噛み合っていく。
「雪豹意外と
「アンタじゃ役不足よ――って言いたいところだけど、正直自分で動くのも面倒臭いから頼んであげてもいい」
「誠でございますか!? え、その、思わせぶりとかじゃ……」
「ヤってくれるんでしょ? 私が何もしなくていいなら願ったり叶ったりよ。あと雪豹『様』を付けなさいデクズカリバー」
「雪豹様ぁ!! ありがとうございます!! このエクスカリバー、必ずや貴方様を満足に導いて差し上げます!! ありがとうございます!!」
土下座で感謝の意を表明するガルドに、雪豹は回転させたゲーミングチェアに座りながら対峙する。
期待充分にズボンに手をかけながら立ち上がるガルドに雪豹は微笑み。
「それじゃあ早速――」
「始めるよ――【
ポチっと雪豹が宙に浮かぶ購入ボタンをタップすると、半脱ぎのガルドの背後でブォン、と何かが転送されてくる音がモニター室に響き渡った。
「ん? なんだエログッズでも――」
『ブボォオオオオ!! 俺ハ、自由ヲ手ニ入レル!』
「はぁ!? 蜘蛛の脚に鬼の胴体!? 何で魔物がこんな所に!? ――って俺を狙うなぁ!?」
八本の脚で直立した鬼の魔物は転送されるなり、刃の腕で眼前のガルドを襲い始めた。ブンブンと振り回される刃をガルドは紙一重で回避しては半脱ぎの服装を正していく。
「嵌めやがったな雪豹!? こんなもんクーリングオフしなさい!」
「しない。間違ったことは言ってないし、魔物を武力で従える【
「戦闘に発展するなら一言欲しかった! 俺のエクスカリバーが震えて縮み上がってるから、性欲発散のお手伝いはまた今度だ!」
「この状況でさっきの話が別物だって捉えられるその
「うおおおおお! 可愛い女の子の声援が俺に力をくれるッ!」
「単純」
雪豹の声音が上がった声援に、腰から短剣を取り出してガルドは牛鬼の腕の刃に対抗を始める。
しかし。
「痛っ……こいつの腕の刃が身体の一部だから、俺が短剣で攻撃を受け止めれば『同調』で俺が傷付くのかよ……! 相手が傷付けば俺も傷付く俺の能力と相性激悪じゃねーか!」
『ブボボボ! 購入者ガ人間ダッタコトニハ驚イタガ、強クナイ奴デ俺ハ運ガイイ!』
強制発動してしまうガルドの能力は相手に与えたダメージも自分へと返って来る。
防御も駄目、攻撃も駄目となり、回避に努めながら突破口を探すガルドを眺めながら、雪豹は説明の補足を始める。
「世に蔓延る魔物には実は二種類いる。暴虐が本能の『天然の魔物』と、知能が備わった『隷属の魔物』。どちらも魔王軍が生み出したことには変わりはないけど、知能が備わった魔物は優良魔として魔王軍が出品してるの」
「出品!? 魔王軍って自軍の優良な配下出品して利益あげてんの!?」
「顧客相手は基本的に魔王軍の
「適度なタイミングと試練……ギンが言ってた勇者の生まれる仕組み、か……?」
悪役組織【円卓の悪騎士】に拉致された当初、ギンが発した言葉をガルドは思い出す。
「そ。都合よく実力が拮抗した魔物が勇者候補の育成対象の前に現れる? 運? 馬鹿言っちゃいけない。実力に見合わない強大な敵と育成対象が遭遇しないように私達が裏で画策して、時には隷属化させた魔物を使用して試練を与えてるんだよ」
(悪役って何だ……? その話が本当なら、勇者に相応しい奴が名を挙げてくるのはコイツ等の暗躍があってこそってことか……?)
ガルドはおかしいと思っていた。戦人の一端である者は強大な力に阻まれて心も体も折られるというのに、勇者として大成する者はどうして大敗しないのだろうかと。
(強過ぎる敵に当たらない、
折れない心や不屈の闘志等様々な要因が必要な事は確かだ。しかし勇者という
立役者がいるのだと、ガルドはこの時勇者の生まれる仕組みの理解に至った。
「隷従させたクソ強い魔物が無名じゃ、倒しても育成対象の名声には繋がらない。ましてや油断して返り討ちに遭う可能性だってある。だからこそ私達には相応の下準備というものが必要なの。だからわかるでしょ――――」
牛鬼の攻撃を掻い潜るガルドは耳だけを傾けているが、雪豹の伝えたい事を最後まで聞かずして鮮明に受け取る事が出来た。
「――未来の勇者を死なせないためにも、私達は強く在らなくちゃいけない。育成対象よりもね」
ゾクッと。ガルドの闘志が震えた。
自己の名声のためにと折れた自己研鑽はいつの日か他人任せへ。
そして今度は他者と自己のために。
「シルフィさんを超える勇者を育てるなら――シルフィさんよりも
叶わない願いだろうと、ガルド・エクスカリバーは一度は誓った。
最愛なるシルフィ・ランスロットの隣に立つと。
「やる、やってやる……! 現在地の俺に見合わない指針だろうが、誰にも届かない想いだろうが、シルフィさんを最強から引き摺り下ろして『守る』って決めたんだ……! こんなところでつまづいてらんねーよ!」
奮起して牛鬼へと再突撃するガルドの変化を、雪豹は微笑しながら感じ取ったのだった。
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