第4話 悪役にこそ意外と真っ直ぐな信念があるよねって話する?

 怒り狂う武装を施した巨漢戦人に、料理店にいる一同の視線が会する。



「この店は客を舐めてんのか!? こんなモン犬の餌にもなりゃしねぇぞ!」

「もっ、申し訳ありませんお客様……お、落ち着いて――」

「じゃあてめぇはこの泥水で煮込んだ汚物を喰えんのか!?」

「ひっ!?」



 亜麻色の髪で二つのお団子頭を作ったウエイトレスの少女が巨漢の威圧に委縮する。一人でホールを回している小柄な彼女の目端からは涙が零れ、カタカタと震える少女を庇おうとする客はいない。



「チッ、あの男の体格にビビっちまって誰も手を貸そうとしやがらねぇ!」

「何する気?」

「助けに入るに決まってんだろ!」

「目的は?」

「あの子の窮地を救った俺に美化補正がかかって、俺に惚れたあの子とデートを取り付けるためだ!」

「だと思った。考えが下衆。忠告よ、止めておきなさい。あの男はあれでも階級上戦士、アンタが対抗出来るほどヤワな相手じゃない」

「じゃあ俺の完璧なデートプラン活躍の場は!?」

「幻想はあくまで幻想ってこと。それにアンタが出なくてもトラブルが頻発してる店なら対応も手慣れてるでしょ」

「トラブルにまるで動じないこれが悪役の貫禄……!」



 我関せずとばかりに手持ちのゲームを始める雪豹に、ガルドは視線を往復させる。



「ったくふざけんじゃねぇぞ……! にしても嬢ちゃんよく見りゃ、いいカラダしてんじゃねぇか。上戦士の俺様の時間を奪い、機嫌を損ない、金まで巻き上げようとしたその代価は嬢ちゃんに払ってもらうとするか」

「や、止め……」



 鬱憤を飛散させて少々冷静を取り戻した巨漢は少女の身体を舐るかのように精査し、鼻と手を伸ばす――が、バチィッ! と。

 怯えきった彼女から男の手が電流にでも阻まれたかのように弾かれ、壮大な音を立てて転げ回った。



「痛ってぇえええ!? この糞女ぁ!? ぶっ殺されてぇのかぁ!?」

「ひぅっ!? あ、アタシは何も……!?」

「白を切ってんじゃねぇぞぉ!?」



 少女に頭を下げるかのように痛みに悶える男の無様。数少ない客が笑いを堪える小さな痙攣を横目に、男は激昂を誘発されて机に立て掛けてあった大剣を手に取った。



「見せもんじゃねぇぞクズ共がぁ!! 女ァ! もう二度と表に出れねぇくらいズタズタにしてやるっ!」



 ドゴォン! と机を叩き割り脅迫する巨漢に、遂に少女はペタンと腰を地面に落として号泣を始めた。



「これはマジでやべぇやつだろ! 雪豹、俺は行くぞッ!」



 男の狼藉を見兼ねたガルドはガラスの壁を突き破り店内に侵入した。

 勝てずとも時間さえ稼げれば、騒ぎを聞きつけた誰かが取り押さえてくれる筈だとガルドは腰の短剣を手に握り締める――が。



「お嬢ちゃん今助け――は? なんで男がこっちに吹き飛ばされて――ぐええっっっ!?」



 飛来してきた巨漢諸共ガルドは店外へと吹き飛ばされていった。

 泣きじゃくりながら座り込むウエイトレス、唖然と吹き飛んだ男を凝視する客達、依然としてゲームを続ける雪豹。

 そんな中ガルドは目を凝らしながら見た。



(霞んだ人影……? あのウエイトレスの女の子に似てる残影は一体……?)



 へたり込んで啼泣する少女の眼前に靄のように霞がかった人影――ウエイトレスに瓜二つの残影を。



「ぐえええええええええっ!?」

「巻き込まれ損じゃねぇかクソぉ!?」

「だから言ったのに。対応も手慣れてるって」



 巨漢二人が揃いも揃って吹っ飛び、客からの称賛を浴びて困惑しているウエイトレスの少女を雪豹は脚を組んで眺める。



シークレットS評価ルトラ・アーサー。『霞表裏かすみひょうり』の能力は階級『上騎士』に勝るとも劣らない。問題はご飯屋の娘で戦闘に関心・心得がないこと。そして――」



 泣き止んでは迷惑をかけたと客達に全力で頭を下げ、厨房から出来上がった料理を手に首を傾げるルトラ。



「お客様、大変ご迷惑をおかけしました! プルもち雪だるまと音蜜おんみつソーダです! お騒がせしましたが、よろしければごゆっくりどうぞ!」



 涙の痕は隠せないが、トラブルが起こった直後でも笑顔を絶やさない少女の背を眼で追う。



「――本人に能力の自覚がない事が一番の問題なんだよね。裏から育成する難易度もSSだし、エクスカリバーには荷が重過ぎる。甘っっ」



 他店に突っ込み更なるトラブルに巻き込まれたガルドを尻目に、雪だるまの姿形をしたぷるっぷるの大福を切り崩して口に含んだ。




× × × × × × × × × ×




【円卓の悪騎士】の本拠にドタバタと忙しない足音が帰還する。



「おい雪豹! 何で一人で先に帰るんだよ!?」



 高所で小難しい顔をしたギンを一瞥するも、ゲーミングチェアに座って暗い部屋でゲームに没頭する雪豹へと全身傷だらけのガルドは詰め寄った。



「真面目に選定しないなら帰るって言った筈だけど?」

「腹減っちまったんだから仕方ねぇだろ!?」

「アンタ如きが空腹を感じるなんて烏滸がましい。恥を知りなさい」

「欲求否定!? 俺には三大欲求の一つも許可されてないの!?」

「は? 全部に決まってるでしょ。ともかくこの六時間何してたか知らないし興味もないけど、アンタは選定作業が終わるまで帰って来なくていい。疲れ切った徹夜営業マンばりに候補を探し続けなさい」

「労働環境がブラック!! ……ってそんなことはいいんだよ。もう候補は見つけて来た」



 ガルドの発言に雪豹の動作が一瞬止まり、ギンは吟味していた資料を面白おかしそうに閉じる。



「……へぇ、たったの六時間で目ぼしい人材を見つけるなんて、よっぽど雪豹ユキが作った評価リストが優秀だったか?」

「ふふん、私の手にかかれば新人育成も余裕って訳ね。それで誰を選んだ訳? やっぱり現段階S評価のビスケ・トノカオーリ? それとも有望性のレイン・キャンディ?」



 無難な候補の二人の名を上げる雪豹だったが、ガルドは意を決して首を横に振る。



「いや、俺が選んだのはあの飯屋のウエイト――」

「無理。チェンジで」

「即答ですかぁ!?」



 言葉を被せ気味に雪豹はガルドの決意をあしらった。



「雪豹だって見ただろ!? あの階級上戦士の巨漢をぶっ飛ばす彼女の残影を!」

「見てない」

「嘘つけ! や、ゲームしてたから見てないのも当然か……じゃなくて!! あのおっさんが反応すら出来ない一撃を――」

「だから見てないって。残影? 私にはアンタが何を言ってるのかわからない」

「……は? いや、居ただろ……? ウエイトレスの分身みたいなのがさ」

「はぁ、何回言わせる気? 。アンタに何が見えてたのかは知らないけど、少なくとも私には見えなかったって言ってるの」

「マジかよ……」



 他者には見えてないものが見えている。それがガルドの思い込みなのか、本当に見えていたのかは誰にも知る由はないが、当の本人も困惑に窮してしまうほど情報に乖離が発生してしまっていた。



「『不可視の一撃』――あのご飯屋で問題事が起きた時に起こる現象。その正体がウエイトレスのルトラ・アーサーの能力なのは何となく皆分かってるけど、本人に能力の自覚はない。戦闘経験もない、自覚も無い戦闘初心者を扱うには、育成初心者のアンタじゃあまりにも難易度が高過ぎる。悪い事は言わない、別のS評価の『勇者の卵』を観察してアンタの身の丈に合った戦人を育成することをお勧めする」

「それじゃ駄目なんだよ」

「……駄目?」



 雪豹の忠告に普段の諧謔性を微塵も含まずにガルドはデジタルフォンを操作する。

 間を開けずに雪豹のデジタルフォンから機械音が鳴り、雪豹は送られてきた資料を宙に展開する。



「S評価ビスケ・トノカオーリ。経歴を見る限りこの半年間偉業の達成は更新されていない――というのも、あいつは左脚を大きく負傷してる」

「……っ。アンタどうやってその情報を……」

「俺の能力の同調で。俺の同調は良くも悪くも常時発動するイカレ能力だが、あいつが一人の時に脚に違和感を覚えた。脚を庇うせいで他の場所にも負担がかかり体はボロボロ。それでもあいつは上騎士としてのプライドからか治療はしていない。ここ最近の活動も地味な任務ばかりで、元々の女癖の酷さも相まってきっとこれ以上の躍進は見込めない」



 雪豹が資料をもう一度眺めるとビスケ・トノカオーリの詳細に多くの情報が追記されていた。



「もう一人のS評価レイン・キャンディも調査したが正直目を疑った……あいつは十一歳にして極度のドMマゾヒストだ……危地に突っ込んではスリルと痛覚を楽しんでる……多分その内痛い目を見ると思うぞ……有望性はあるが、管理の器に収まるほど大人しくしてくれねぇんじゃねぇかな……」

「あぁ、それでアンタそんなに傷付いてる訳……」



 次ページのレイン・キャンディ詳細にも、その次のA評価の者も、B評価の者も同様にガルドの殴り書きで追加の情報が記してあった。



(たったの六時間で五人の追加情報を得て可否の判断を下す。それも感覚的なものじゃなくて、同調の能力によって体感的に得た信憑性のある情報。分析も正確だし、小僧、案外見る目あるかもな)



 雪豹の背後から同じ資料を覗き見るギンは口にはしないがガルドへ相応の評価を下す。



「雪豹が集めてくれたデータはめちゃくちゃ参考になったし感謝してる。でも俺にはシルフィさんを超える勇者の育成って目標がある以上、ピックアップしてくれた『勇者の卵』から選ぶことは出来ない。だから消去法って訳でもねぇんだけど、そのルトラちゃん? に俺は一番将来性を感じた」

「……ルトラ・アーサーの将来性は私達も感じてる。でも私達ですら扱い切れないって判断で手をこまねいてるの。繰り返しになるけどアンタじゃ荷が――」

「いいじゃねぇかユキ。やらせてやれよ」

「ギン? 正気?」



 渋る雪豹とは対照的に、ギンはガルドの育成対象を認める。

 その許諾に一番驚いていたのは他の誰でもないガルドだった。



「俺達の仕事上、育成対象と敵対しなくちゃならねぇ時ってのは来るもんだろ。だが敵対するにも相手と渡り合えなきゃ意味がねぇ。俺達には見えねぇ何かが小僧には見えてんだ。勇者以上に勇者の事を知ってるコイツは、案外ウエイトレスの嬢ちゃんを扱うことも出来るかもしれねぇぜ?」

「……一理あるか。私に決定権はないから好きにしたらいいけど」

「ははっ、面倒見のよさが出ちまったな」

「ギンがいつもいつも私に押し付けるからでしょうが……!」



 雪豹の頭をくちゃくちゃと撫でるギンと威嚇する雪豹の承諾を得て、ガルドはようやくスタートラインに立つことが出来たような気がした。



「ただし覚えとけよ小僧――」



 賑々しい雰囲気とは裏腹に、ギンは重苦しい声音を乗せてを放つ。



「――てめぇは一人の命を背負ってるっつーことをな。自分の手を汚さず遊び感覚で半端な真似して対象者を死なすことがありゃ、俺がてめぇの首を跳ねるぜ」



 ゾクッッッと。

 和気とした空気など微塵も含まない確かな殺気。

 育成――ギンの機械仕掛けの義手ひだりうでが甘い考えなど捨てろと言っているような気がした。



「それが悪の組織が言う言葉かよ……上等だオラァ! 首を洗って待っててやんよぉ!!」

「自分で言う言葉じゃねーよバーカ」



 ガルド・エクスカリバー。未戦人ルトラ・アーサー選定。


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