第3話 ねだっても勝ち取れば結果オーライ

「言っとくが、悪役に染まり切る事もお前等のことも完全に認めた訳じゃねぇからな!」



 雪豹のゲームの光だけが照らす薄暗いモニター室で、ガルドは全てを許諾した訳ではないと往生際悪く吠える。



「別に直ぐに認めろだなんて言わねぇよ。そんなことより小僧は『【シルフィ・の精ランスロット】の力になりてぇ想いは綺麗なもんじゃねぇ』の意味は理解したのか?」

「あー、それな? 好きな子のために身体を張って何が悪いんだ? 前衛だろうがサポーターだろうが、シルフィさんが望むならどんな盾にだってなる覚悟は出来てるつもりだぜ?」



 覚悟は本物。いくら怠惰を指摘されようが、好意を抱いた相手に無様な姿は見せられない。

 これから伸びるんだ、という不確定な未来を掲げるガルドへ、ギンは一つ溜息をついた。



「どうして小僧の好きな奴が戦場に出張って命懸けてんだ?」

「どうしてって言われてもな……階級『勇者』のシルフィさんの使命――ん?」

「気付いたか? 本当に相手の事を想うのなら方が正しいだろ。どうして【湖の精】が死地に赴く前提なんだ? 【湖の精】に頼ることしか考えてねぇ想いのどこが綺麗なんだ?」

「確かにそうだ……好きな人を護りたいって想いはあったけど、勝手な使命を植え付けてシルフィさんが戦う前提だったのは盲点だった……」

「お前の想いは勇者の【湖の精】を戦場へと送り出す上での想いであって、死地に赴くことを止める想いじゃねぇんだ」



 ガルドはシルフィにとってのつがいになることが目的で、それは人生においての番だろうが、戦場においての番だろうが頓着しない。だからこそ現状の最善手とも言える戦場での補佐をガルドは真っ先に思い浮かんだ訳だ。

 しかし「好意を抱いているのならば相手の安全や平和を願うが正と言うものだろう」と指摘されたガルドは目から鱗が落ちたかのようだった。



「シルフィ・ランスロットがよっぽどの戦闘狂バトルジャンキーなら話は別だけど『魔王を討ち取り、一日でも早い平和を取り戻します』って勇者としての模範解答も公言してる。勇者って立場もあって、市民からの期待によって戦闘を強要されてるって認識が正しいかもね」

「っつーことはシルフィさんを戦場から遠ざけて且つ魔王を倒す事が出来れば、シルフィさんの平穏しあわせを望めるって訳か……」

「最強を冠する【湖の精】が最前線に出張ってる現状、そんなうまい話なんて早々ねぇがな」



 ギンと雪豹の言葉を自分の意志に攪拌させ、ややの逡巡を経たガルドはピコンっと豆電球が頭上に浮かぶ。



「よし! 早速決まった俺の目標を聞け! 俺はシルフィさんが霞むくらいの実力と知名度を有した最強の勇者を育てる!」



 大言壮語。大見得を切るガルドに雪豹はくすりと小さく笑い、ギンはくははは! と豪快に笑った。



「魔王を討つための戦力を育てるでもなく、好意を抱いてる奴を止めるために更なる犠牲者新たな勇者を生み出そうなんて狂ってんなお前!」

「生きるのが楽そうだね」

「笑われる要素どこにあった? 俺の過去をみても最高に光る妙案のつもりだったんだが」

「【湖の精】を超えるっつーことは、俺達が育ててる勇者をも超えようってことだ。小僧にそんな名悪役が務まるのか見物だな」

「やってみなよ、でくの坊のデクスカリバー」



 ゲームを動かす手すらも止めて腰に手を当てる雪豹。

 義手で腕を組み、赤髪から覗かせるギン、

 二人のやや挑発的な佇まいに。



「上等ッッ!!」



 挑戦的な眼光で返答した。


 仲間と言っていいのかは不明。しかし勇者を生み出すための画策と実績で切磋琢磨し合うライバルの存在をガルドはこの時認めた。



「っつー訳で、雪豹。コイツが担当する『勇者の卵』の選定頼むわ」



 デクスカリバーって何? と詰め寄られて鬱陶しそうにガルドの顔を押しのける雪豹へ、ギンは早速の任務を言い渡す。



「何でも私に押し付けないで。私も暇じゃないの」

「チュートリアルが終わったら普通のゲームはガチャ――つまり『勇者の卵相棒』選びのリセマラみてぇなもんだろ? この作業が小僧の命運を分けることになる重要な部分。俺達が勇者育成ゲームを楽しむためにも最重要だと思うぜ?」

「何でもかんでもゲームに例えれば私が頷くとでも思ってるの? 私そんな安い女じゃないから」




× × × × × × × × × ×




「と言う訳で帰って来たぞー! 王都レグリルク!」



 ただでさえ金髪と黒髪メッシュの高身長が目立つガルドが快哉を叫び、多くの通行人の怪訝な目を集める。

 ガルドの心境の変化とは非対称的に、中世ヨーロッパ風の王都レグリルクは数時間前と何ら変わっていない。



「浮かれないで恥ずかしい」

「有名人気取りのサングラスとコスプレチックな浮かれようの雪豹に言われたくねぇよ!?」



 ガルドの後方には正体隠蔽のためのゲーミングサングラスと斑点模様の白パーカー――雪豹パーカーに体を包む雪豹がいた。ガルドが同様の言葉を返報してしまう事が不可抗力な具合に。



「有名人気取りじゃなくて、私はちょっとした有名人だから。というか私の事何呼び捨てにしてんの? さんをつけなさいよデクスカリバー」

「いいじゃねーかこれからは同じ釜の飯を食う仲間だ! てかさ、男女二人で街を練り歩くこれは実質デートでは!? 彼女の一人も出来た事のない俺が遂に!! 三百のデートプランを練った俺が華麗にエスケープしてやんよ!」

「言うならエスコートだし、エスケープしたいのは私なんだけど。三百って普通にキモイし、デートでも無いし、童貞を堂々と公言するのやめてくれない?」

「彼女がいなくたって童貞とは限らねぇだろ!?」

「はいはい凄い凄い」

「絶対そう思ってねぇだろ!? あれは十五年前の出来事で――」

「興味ないから。――――十五年前!? アンタ二十でしょ!?」

「大声出さないでくれよ恥ずかしいだろ」

「アンタに言われたくない!!」



 公衆の面前でまるで漫才のようなやり取りが繰り広げられ、憤る雪豹とは裏腹にガルドは女子との絡みにちょっとした優越感に浸っていた。



「はぁ……まぁいい。と言うか、何か勘違いしてるみたいだけど、私は一人で買い物とかカフェでゲームとか自由を満喫するから邪魔しないで。アンタのデジタルフォンに『勇者の卵』をランク形式にして送っておいたから、アンタはリストを参考に対象人物を一人で追って」

「お願いだよぉ~! 一緒に歩いてくれよぉ~! 『あいつあんな可愛い彼女いるなんて羨ましいなクソが死ねよ』って衆人の羨望の眼を浴びるこの優越感に浸りたいんだよぉ~!」

「脚にしがみ付かないで!? アンタの優越感のために私を利用しないで!! あと可愛いとかさらっと言うな!!」

「お願いしますユキ様天使様八方美人様後生ですから~!」

「あぁ、ウザい~~~!! こんなみっともない奴と絶対に一緒に歩かないから!!」






「S評価が二人、A評価が一人、B評価が二人で『勇者の卵』は全員で五人、ね。この中から選べばいいのか?」

「……あくまで『勇者の卵』は勇者に昇格適正のある候補だから、アンタが育てたいって思うのなら別にそこらへんの一般人でも構わない」



 雪豹が折れた。

 雪のように色白の肌を晒しながら歩く雪豹は人目を集め、隣を歩くガルドは鼻高々。しかし真面目に選定作業に取り組む条件付きで、少しでも下心が見えた瞬間雪豹は帰ると言うのでガルドはデジタルフォンを宙に映し出しながら仕方なく選定作業に取り掛かっていた。



「この評価ランクの基準は?」

「私基準。様々なデータを基にしてあるからそれなりに精度は高いと思う。ステータス詳細を知りたかったら名前の下のバーをタップしてみて」

「S評価ビスケ・トノカオーリ、性別男、年齢二十四、階級上騎士。うっわ……流石階級が上騎士なだけあって平均値高いな……美形ってのがまたムカつくし。次、S評価レイン・キャンディ、性別女、年齢は十一……!? 階級は戦士!?」

「階級制度くらい知ってるだろうけど一応おさらいしておくよ。階級は下から見習い、戦士、上戦士、騎士、上騎士、そして現在最高階級の勇者の六段階。でも戦人入りして三か月の階級戦士と、五年経っての戦士じゃ意味合いが全然違う。伸びしろ、性格、気質、品位やカリスマ性……突き詰めれば運や生い立ちなども評価に関わってる」



 はしゃぎ駆けていく同じ齢十一程度の子供を横目に、ガルドは遠方で黒ずむ空を凝視した。



「十一歳の子供が戦わないといけないくらいに魔王軍の侵攻が進んでるってことか……」

「私達『円卓の悪騎士』の立場から言えば、何年も育成に時間をかけられるほど猶予はないってことだけは言える。過去に『勇者の卵』のリストにいた戦人も実力を図り損なって魔王軍領地で何人も命を落とした。私達の組織を正当化しているように聞こえるかもしれないけど、管理する人間ってのは少なからず必要なのよ」

「なるほどね。アイドルとマネージャーみたいな関係ってわけだ」

「その例えじゃアンパンメンとジャムおじみたいなものじゃない。正しくは敵対関係にあるアンパンメンとザッキンメンみたいなものよ」

「例えが秀逸! てかザッキンメンってアンパンメン管理してんの!?」

「あれだけの科学力と開発力を持ち合わせてるザッキンメンが負け続けるなんておかしいと思わないの? っと、ほら早速の対象者ビスケ・トノカオーリがいるよ。早速偵察してきなさいザッキンカリバー」

「無駄に嫌な箇所を合わせないでくれない!? せめてエクスメンにしてくれ!」

「プルもち雪だるまと音蜜おんみつソーダ下さい。はい、ここで食べていきます」

「既に居ねぇ!? 自分だけ楽しむつもりか!? そうはさせ――」



 カフェテラスで既に座席に座って注文を終えた雪豹は睨みを利かしてガルドを制する。



(そうだ、雪豹は俺の駄々を受け入れて右も左もわからない俺に付き合ってくれているだけ……だったら俺はその雪豹の厚意に報いなくちゃならない)



 そんな雪豹の眼光にガルドは目的と条件を思い出し、



「食欲爆散ピザと具なしサンドイッチお願いします」



 サングラスの下で汚物を見るかのような眼を向ける雪豹を無視し、正面に座ったガルドは雪豹にウインクを飛ばした。



「……アンタって本当にクズ……でくの坊でクズで……デクズカリバーだね……」

「おいおいそんなに褒めるなよ。腹が減っては戦は出来ないって言うし、ここからでも勇者候補の観察は出来るだろ? それに俺は雪豹をトラブルから守るために――」

『っんだこのゲロマズの料理はよぉ!? こんな糞で客から金取ろうってんのかぁ!?』



 店内から迸る怒声に、カフェテラスにいる二人の視線も引き寄せられた。



「――な? ……この店は激マズ料理でトラブルが多いんだよ……」

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