第2話 チュートリアルが開始されました。

 数々のモニター画面の光と暗闇にガルドの眼が慣れ始め、高所で対面する男の容貌――恰幅の良い大柄の体に癖のある赤髪、そして特段目を引く機械のような義手をした左腕が明らかになる。


 対峙するだけで相手の実力を図れるなどといった芸当はガルドには出来ないが、歴戦の騎士のような存在感は感じ取れた。



「非公式職業『悪役勇者』ぁ? 魔王を討つための勇者を育てる悪の組織ぃ? ははっ! そうかそうか、ネット特有の『最初に目をつけたのは俺だ。この勇者は俺が育てたんだ』って悦に浸りたいだけの『俺が育てたおじさん』をやりてーてんだなくっだらねぇ。勇者なんて育つべくして育つもんだし、他人がどうこうするもんじゃねぇだろ」

「勇者が生まれる仕組みを理解してねぇ奴はそう言うわな。だがテメェは好きだろ? 裏世界の住人みてーな響き」

「好きだ! ……っと思わず俺の中の少年心が……んんっ、だがそもそも俺は悪に染まるつもりはねぇし、ここが俺のための異世界じゃねぇなら、魔王を討つシルフィさんの盾になるって決めた俺を止める事はできねぇぜ!」



 ふんすっ、と大言壮語を吐くガルドに男は鼻で笑う。



「ぶははっ、何だお前【湖の精】に惚れてんのか?」

「おう、悪いか?」

「いーや? 高嶺過ぎる花を追うも眺めるも個人の自由だ。だがテメェが【湖の精】の力になりたいっつー想いは決して綺麗なモンじゃねぇってことは覚えておけよ」

「はぁ? 俺ほど純粋に好意だけで身も心も物理的に捧げる覚悟のある奴は中々いねーぜ?」



 力になりたい、傍で一緒に戦って危険から守りたい。

 当たり前のように感じていた想いを貶されたかのようで、ガルドの眉間が寄る。それでも冷静に対話を進めようと努めるが。



「そんな矛盾がわからねぇテメェには勇者の隣に立つだけの存在価値はねぇ」

「矛盾だぁ? つーかどこの誰かもわかんねぇ奴に俺の価値なんて図れねーから! 俺ぁ、今日から猛烈な鍛錬を積んでせめて盾になれるだけの力を――」

「何度目の誓いだそりゃ? それが出来てりゃテメェの仲間は死んでねーだろ」

「っ……! てめっ……!」



 ドクン、と心臓が震え上がる。

 蘇る仲間達の悲鳴、鮮血、死に顔――そして決意と共に立てた人数分の墓標。

 ガルドの瞳孔がこれでもかという程に怒りに広がり、男を睨め付けた。



「テメェの意志が弱いから仲間は全員死んで、テメェだけが生き残ったんだろ。人間っつーのは怠惰を宿す生き物だ。明けても暮れても鍛錬を続けるだけの意志は養って育つもんじゃねぇし、成果が伴わない事なんてザラにある。結果、壁にぶち当たったヤツは『休養も大切』『いつもより頑張った』なんてくだらねぇ理由をこじ付けて怠惰に走る。テメェは弱い側の人間だろうよ」



 ガルドが勇者を目指して鍛錬を続けていたのは精々数か月。結果を欲しがり、難易度の高い任務に挑み、命の危機にあえなく潰走した。

 折られた心は修復できなかった。自分は勇者になる資格などない一般人で、身の丈に合った生活で満足だと壁を乗り越える事が出来なかった――いや、しなかったのだ。



「うっせぇな……俺の逃げ癖が惨めで弱い事くらい俺が一番わかってんだよ! そんな生き方しか出来ない自分を今度こそ変えたくて……!」

「変えたくて? 本気で変わる気持ちがあって行動が伴ってりゃ、テメェはアジトこんなとこにいねぇよ。仲間が死んでテメェは何をした? 一秒も無駄にすることなく鍛錬を始めたか?」

「仲間が死んだんだぞ……! 感傷に浸る時間すらくれねぇってのかよ……!?」

「クランに入団して半年の仲間達が死んで感傷? 笑わせんな。テメェはそんなに情を大事にする奴じゃねぇだろ。それがだって言ってんだ。テメェは力も思考も何もかもが弱いことをもっと自覚しろ」

「うるせぇうるせぇ!! だったらお前等をぶっ飛ばして俺はここで殻を破ってみせる……! お前等をぶっ飛ばして俺はシルフィさんと魔王を討つ!」



 侮辱の限界に戦闘態勢を敷くガルドを目下に、男はゲーム最中の少女――小柄な銀髪ツインテールの少女へと声を飛ばす。



雪豹ユキ、指導してやってくれ」

「やだ。今忙しい」

「ゲームしてるだけじゃねぇか。俺じゃ指導で済まねぇだろ?」

「は? 私だったら指導で済むって言いたいの? ギンだったら加減くらい出来るでしょ」

ガルドこいつのチュートリアルみてぇなもんだろ? 頼むよ」

「……チュートリアルなら仕方ない。いいよ、私が相手してあげる」

(こいつチョロいな)



 くるんっとゲーミングチェアを回して飛び降りたモコモコパーカーを羽織った少女雪豹ユキヒョウは、手に小型のゲーム機を持って操作しながらガルドと対面する。



「……早くそのゲーム機仕舞えよ」

「あんた程度ゲームしながらで十分。いつでもかかってきなよ」

「舐めてくれんじゃねぇか……ぶっ殺すッ!」



 余裕綽々な雪豹に頬が痙攣する感覚を覚え、ガルドは真正面から突貫した。

 俊敏な接近に殴打を繰り出すが、雪豹は身体を逸らしながら容易に回避。続く体術の乱撃を雪豹はゲームに集中しながらもことごとくを躱していく。



「だぁー! 当たんねぇ!? 本当はゲームなんかしてなくて、俺の攻撃を見切ってんだろ!?」

「ほらそこの木の陰と五十メートル先の屋根上に二人。私が屋根上やるから、ミッチーは木の陰の敵を頼んだよ」

「嘘だろ!? まさかのオンラインゲームっっ!?」



 己よりも頭約二つ分ほど小さい体、雪のように白い肌、フード付きの雪豹パーカーから香る芳香な香りを前にやや躊躇していたガルドだったが、あまりもの悠然さに遠慮を切り捨てる。



(普段よりも体が軽い……! 俺の常時発動能力『同調』は相手の身体能力をコピる……つまり俺が動き易いと感じれば必然的に相手の能力値は上……! やっぱりコイツ等ただ者じゃない……)



 それでもガルドの攻撃は一撃も直撃を許さずに空を切っていく。

 狭くはないモニタールームという戦場でひたすらに回避していく雪豹とガルドの攻避戦を眺めながら、ギンと呼ばれた男は大きな欠伸をして口を開く。



「小僧、戦いながら聞けや。『勇者』の称号を得るために必要な条件は何だかわかるか?」

「あぁ!? 今集中してんだよ!!」

「どうせテメェじゃ何してもユキには当たんねーよ。答えろ」

「階級『上騎士』からの階級昇格だろうが! 当たり前のことを聞くんじゃねぇよ!」

「馬~鹿、その『上騎士』から『勇者』に昇格するための条件を聞いてるんだろうが。いいか? 打倒魔王に一番近いとされる勇者に昇格するためには『逆境』と『試練』が必要なんだ。だが人間は自分よりも高位にいる相手に恐怖して挑むことを恐れるもんだ。『勇者』になる素質を持ってても放っておけば成長しねぇし、実力を過信して死に急ぐ奴もいる。身に覚えがあんだろ?」

「……あるな」



 楽な任務をこなし、自分達以上の実力を見て見ぬ振りをして魔王軍領地に攻め入った所属クラン。結果はガルド以外の全滅。

 ギンの言葉にガルドは思い当たりがあり過ぎた。



「だから必要なんだよ。『勇者』以上に『勇者』の事を知り、実力の限界からを破らせる試練を与える管理者がな」

「いるでしょ? 見習い時代凄かったってヒト。でもそうやって天狗になったヒトの知名度なんて徐々に風化していく。時代は現在進行形で動いているんだから、逆境と試練も進行形でないといけない。停滞は衰退なんだよ」

「めっちゃ自然に会話入ってくんじゃねぇか。いいのかゲームは! オラァ!」

「ボイスオフだし。あと攻撃当てる気あるの? 『相手を傷つけたら自分も傷つく』あんたの同調じゃ、攻撃をのもわかるけど、それじゃあ私には絶対届かない」

「チッ……! わあーったよ!! そんな綺麗な肌が傷付いても後悔すんなよ!」

「きも」



 終わりのない攻避戦にガルドは終止符を打ちに行く。

 腰に佩いていた短刀を引き抜き――ガルドは己の腕へと狙いを定めた。



「肉を切らせて骨を断ぁーつ! これでお前の動きを鈍らせて――」

「自傷しか手がないなんて、やっぱりね」



 ポチポチとゲーム機に傾注しながらも雪豹は足元に拳程度の球――まるで画面から取り出したかのようなビット調の球を生成し、



「よぃっ!」



 蹴り飛ばした。



「え? ぬわぁっっ、なんだこれ!? ペイントボール!? 前が見えねェ!?」

「ラウンドワン、KO」

「ぐえっ!?」



 上部から軽い衝撃を受けて倒れ伏したガルドの背には雪豹が。

 雪豹の両足によって両手を抑えつけられたガルドはあまりもの実力の差に諦念を抱いた。



「チュートリアルが負けゲ―なんてクソゲーだろうけど、それがアンタの人生。これでわかった? アンタには勇者の隣に立つ資格はない」

「ぐうの音もでねぇよ……」



 どこの誰ともわからない者にハンデを受けながら打ち負かされ、心を折られたガルドが現実を見るには十分過ぎる結果だった。



「でも勇者を育成する側には少しだけ期待してる」

「――え?」

「運か偶然かはわからない。でもその程度の実力で魔王軍領地の第三陣地まで侵攻して生き残ったことだけはね――ってギンが言ってたよ」

「おいバラすなよ恥ずかしいだろユキコノヤロー。だが、そう言うこった。今は天狗になられても困るもんで伏せておくが、お前をスカウトする理由はちゃんとあるってこった。だからもう一度言うぞ」



 ギンは高所から飛び降りガルドの前へと着地した。



「俺達【円卓の悪騎士】に力を貸せ。ガルド・エクスカリバー」



 人生の転機があるとすればこのような時を言うのだろうかと。

 弱さを指摘しながらも『期待』してくれる人がいる。



「チッ……わーったよ。俺を使おうだなんて高くつくぜ?」

「言ってろ。見習いスーパールーキー(仮)が」



 雪豹から解放されたガルドは、差し出されたギンの手を取ったのだった。


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