悪役勇者のはかりごと~愛する最強戦姫の平穏のために新たな最強戦姫を育成します~

蒼乃都ノア

第一幕 育成対象選定編

第1話 人生の転機は唐突に訪れるのでセーブは忘れずに

「だから俺達の実力じゃ魔王軍に挑むのは無理だって言ったんだよ!?」



 屍を跳び越えて走る。

 腹を裂かれたクランリーダーの。



「はっ、はぁっ……!? 二十――いや三十!? こんな魔物の軍勢から逃げられる訳ねぇのに、何で俺はこんなに必死に……!?」



 血溜まりを踏み付ける。

 体を貫かれて沈む後衛職ヒーラーの。

 魔物に追われてたった一人生き延びようとするガルド・エクスカリバーの心は折れかけていた。それでも走る脚を止めないのは、みっともなく生にしがみ付くことしか出来ないから。



「クソがっ……!? 俺の能力の『同調』で自分の脚ぶった斬って、一か八か追ってくる魔物を一網打尽に……いやでも、俺が動ける程度の自傷なら魔物こいつらも動けるだろうし、万が一撃ち漏らせばそれこそ終わりだ……だぁーっ!? 駄目だ、何も妙案が浮かばねぇ!?」



 高速回転している脚を見下ろすガルドへ余所見はご法度とばかりに魔物の攻撃が薄皮一枚を撫で、危うげに回避したガルドは転倒した。



「うっ!? あ、はは……は、話し合おう! 本当は魔物おまえ等も人間の言葉が分かってるんだろ!? 都合のいい話だとは思うが、俺にはもう敵意は――」

『ブオオオオオッッ!』

「うおおっ!? てめぇコラ、そんな物騒なモン当たったら死ぬだろうがっ!! ぶっ殺すぞ!」

『ガルァアア!』

「ぎぃえっ!? はい今まさに殺されようとしてるのは俺でした! 調子乗ってすんませんでしたァ!」



 ガルドは金と黒の混じった二色の髪と、血と泥で汚れた額を地面に突きつける。

 土下座――その行為が何を示すのか、ガルドを囲む魔物達には理解が及ばなかったが。



「……駄目ですか? 許して頂けませんか? そうですか……終わった……」



 じりじりと詰められる距離に命の終焉を悟り、ガルドはどかっとその場に座り込んだ。



「はぁ……朝から晩までクエストを受ける毎日。大した金も稼げず、彼女も出来ず、モテると思って勇者を目指した志は高い壁に阻まれていつの間にか風化して……つまんねー人生だったな……」



 木々が生い茂る森の隙間から上空――魔王軍領地の暗黒の空を碧眼で眺める。平穏に縋って生きていれば、それなりに幸福を感じながら生きられたかもしれない。

 道を選んだのは自分。道を違えたのも自分。ガルドは激しい後悔に襲われた。



「勇者なんか目指さなきゃもっと生きられたのかな……こういう死に際には走馬灯でも流れるんだろうけど、流れるほどの大した思い出もねぇってか……――なんかムカついてきたな……よぉし! ここは主人公バリに覚醒して魔物を全滅させて――」

「何を一人でぶつぶつ言っている?」

「こんな時に流れてくれない走馬灯があまりにもムカつくもんで、生きて帰って走馬灯に陳列するエンジョイな思い出を作ろうかと――え?」



 突如として掛けられた声にガルドは背後を振り向いた。

 囲んでいた筈の魔物は地に沈み、優雅に白銀の長髪を揺らす女性は魔王軍領地の禍々しい空気すら吹き飛ばすかのように凛と佇んでいた。



「どちら様? えっ、あれっ!? 俺を囲んでた魔物ズは?」 

「君が妄想に耽っている間に全て倒したぞ。これに懲りたら魔王軍に挑もうとは考えないことだ」

「は!? この一瞬で三十近くの魔物を!? どんな化物だよ!?」

「初対面だというのに君はずけずけとものを言うな……これでも一応乙女だ。流石に化物は傷付く」

「あっ、や!? 褒め言葉!? 褒め言葉だから!? 気を悪くしたなら謝るんで命だけは勘弁してください!」

「どうやら君には本当に私が化物にでも見えているみたいだな……」



 恥ずかしげも無く本日二度目の土下座で命乞いするガルド。

 冷ややかな半眼を飛ばす線の細い麗人はガルドの必死の様相にくすりと顔を綻ばせ、白銀の髪を後方へと流した。



「すまない冗談だ。度を越えた称賛の言葉など言われ慣れているし今更気になどしていないさ。何はともあれ、道中の魔物は全て片しておいた。気を付けて帰るといい」



 ガルドを通過して更に奥地へと向かう女性。

 あまりにも凄烈な邂逅と別れの予感に、ガルドは彼女との接点の喪失を惜しく思い、声を張り上げる。



「助けてくれてありがとう! この恩は必ず返す! アンタの名前を教えてくれないか!?」



 そんなガルドの訴えに、彼女は歩みを止めて振り返り。



「シルフィ・ランスロット。期待しないで待っているよ」



 シルフィは笑う。

 戦場には似つかわしくないほどに壮麗な花のように。


 去っていくシルフィの後ろ姿を眺めながら、ガルドは上気した頬の熱の自覚に至る。



「その笑顔かおは卑怯だろ……シルフィ・ランスロット……何とか彼女の力になりてぇなぁ……」



 殺伐とした魔王軍領地でガルドは恋に落ちた。




× × × × × × × × × ×




 心地の良い風が都市を一望できる高台に吹き抜ける。

 都市を眼下に置き、巨石の上で胡坐をかいたガルドは手首に付けられた輪っか――デジタルフォンから映像を宙に映し出して詮索を行っていた。



「シルフィ・ランスロットさん、二つ名は【湖の精】……魔王軍の第七陣地まで侵攻、過去に六人の幹部を撃破。この都市が魔王軍に一度も攻め入られてないこともシルフィさんの暗躍があるという噂もあるし、調べれば調べるだけ偉業が出てくる……階級も最上位の『勇者』だし、マジで人類の英雄だな……」



 天使に見紛うほどの美しさと果敢で勇敢な彼女を想起する。

 しかし途端にふっ、と笑いが漏れ、ガルドは大きな溜息をついた。



「百九十センチの長身だけが取り柄で、ありふれた下から二番目の階級『戦士』の俺とは次元が違うわ。魔王軍の第三陣地でクラメンを守る事すら出来なかった俺如きじゃ、そりゃ期待もされないで当然だわな……」



 後方を振り返ればそこには、墓標のように突き刺したクランメンバーそれぞれの所持品と献花。



「クランに入団して半年……愛着がなかったかと言われればそうとも限らないけど、もう俺が知る人は死なせたくねぇな……おこがましいかもしんねぇけど、一目惚れしたシルフィさんは俺が守りてぇ――つっても、俺に守れるだけの力があればここまで苦労してねぇんだけど! あーあ! 異世界転移でもして、俺つえー出来るだけの能力があれば人生薔薇色なんだろうなー!」



 現実逃避はお手のもの。言い換えればガルドの悪癖でもある。

 ぐぐっと伸ばした背筋と一緒に大量の酸素を吐き出す。


 そんなガルドの下に魔法陣のような紋様が浮かび上がり、光粒が身体を包み始めた。



「ん――? お? おおっ!? 有言実行っ!? 異世界転移キターーーーーっっっ!?」



 まさに啓示とばかりに転移が行われ、巨石の上からガルドの姿は消失した。






 転移を終えて意識を取り戻したガルドが両手を挙げながら大歓喜を口にする。



「天は我を見捨てず! さあ、世界を救うための俺の物語を始めよう!」

「本当にコイツで間違いないの? 頭、相当イかれてるでしょ」



 少女の声にガルドが意識を引っ張られると、ゲーミングチェアのような椅子に座った少女が半眼で指を差していた。



「君が俺を異世界に呼んだ召喚主か? 魔王はどこだ? 困っている農民は? 俺がいればもうこの世界は大丈夫だ!」

「勇者のつもり? うざ」

「あれ? 想定してた反応と違うな……」

「大方、仲間を失って現実逃避してんだろうよ。おい小僧、そこらのモニターの映像をちゃんと見れば、ここが異世界じゃねぇっつーことくらいわかるだろうぜ」



 次にやや高所から振り落とされたのは男の声。彼等が誰なのかは気にはなったが、まずは現状把握から始めるべきだとガルドは忠告通りに真っ暗な室内に浮かぶ複数のモニターへと目を巡らせた。



「俺がいたクラン本拠……仲間達の墓標……ここに映し出されてるのは異世界じゃなくて都市の様子……? 異世界じゃねーのかよツマンネ」

「真っ先に異世界に救いを求める馬鹿は異世界に行っても大成しねーよ――と言いたいところだが、皮肉なもんでよぉ、ここは表の世界でぬるま湯に浸かりきった小僧からすりゃ異世界みてぇなもんだ。よかったなおめでとさん」

「訳の分かんねーことゴタゴタ言ってんじゃねーよ。俺をここに転移で連れて来た目的は? お前等は誰だ?」

「モテねぇだろお前」

「話の脈絡は!? なんで今の会話でわかんの!? って言うか関係ねぇだろ!? 誰なんだよお前等!? 目的を言え目的を!」



 ふぅー、と煙草の煙を暗闇に放出した男は、ぐしゃりと左手で煙草を握り潰した。



「お前をここに呼んだ目的は、お前をスカウトするためだ――」



 これはガルド・エクスカリバーが勇者として魔王と戦う物語でも、ましてや勇者の仲間になって奮闘する物語でもない。



「――非公式職業『悪役勇者』。魔王を討つための勇者を育てる、悪の組織【円卓の悪騎士】にな」



 これはガルド・エクスカリバーが悪役に徹し、最強の勇者を育てる物語。

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