第49話

 どうやって、この場から逃げようか。

 リテリアは先程から、そんなことばかり考えている。

 以前の彼女なら、そのままクロルドの言葉に流されてしまっていたかも知れない。しかし、今は違う。リテリアは如何に自分が特級聖癒士といえども、王家に嫁ぐのが当然と思われるのは心の底から拒絶しようと決意を固めた。


(私は……私自身の意志で、自分の人生を歩みたい!)


 そう思わせてくれた仲間達が居る。恩人達が居る。あのひと達と一緒に、もっと色々なことを学び、経験し、そして心の糧にしていきたい。

 クロルドに対する鬱屈した気持ちも、あるにはある。だがそれよりも今のリテリアは、苦楽を共にした仲間達との時間を大切にしたかった。

 何よりも、ソウルケイジに師事して更に経験を積みたい。彼のお陰で、今まで見えていなかった世界が開けてきた。様々な発見が、楽しくて仕方が無かった。

 しかし、問題はどうやって目の前の相手にそのことを理解させるか、だ。下手な言動を取れば間違い無く、不敬罪に問われる。全ての問題が片付いた後であれば幾らでも罪を被ってやろうとも思ったが、今は出来ない。

 少なくとも、ミルネッティの為に奴隷問題を解決し終えるまでは。


(でも、どうやって説得すれば……)


 リテリアは上目遣いにクロルドをちらりと見遣った。

 クロルドは、婚約の話を公にすることで頭が一杯らしく、それ以外の話は受け入れて貰えそうにない。これは困ったぞ――リテリアはいよいよ最後の手段に訴えるべく腹を括った。


「殿下、誠に申し訳ございませんが……今の私は、光金級殿の意に従って動かなければなりません」

「何だって? それは一体、どういうことなんだ?」


 明らかに動揺しているクロルド。

 一方リテリアは内心で、何度もソウルケイジに土下座する思いだった。こんな形で利用してしまって御免なさいと平身低頭の気分だった。

 しかしこの窮地を脱するには、これしか無い。幸いソウルケイジは、己の名前を使いたければ勝手に使えと語り、全く意に介していない様子だった。

 それならば、彼の名をここで有効活用しない手は無いだろう。


「ご存じの通り、光金級殿は私を守る為に動いておられます。それなのに、あの方のお許し無しに私が己の意志で勝手に動くわけには参りません」


 何故ソウルケイジがリテリアを守ろうとしているのかは、クロルドは恐らく知らないだろう。当人のリテリアでさえ、黒衣の巨漢が語るところのメテオライダーなる存在については何ひとつ分かっていない。

 しかし国家戦力級の化け物が勝手な真似は許さぬと目を光らせているとなれば、流石のクロルドもそれ以上は何もいえないだろう。

 王家の婚姻を邪魔するつもりかなどと抗議しようものなら、逆に叩き潰される。そんな恐怖が、今のクロルドに心理的圧力をかけているだろう。事実彼は、情けない程に青ざめていた。

 相手が悪過ぎると、観念してくれれば万々歳だ。


「そ、そうか……そういうことなら、仕方が無いな……ではこの話は後日、また改めて……」


 それだけいい置いて、クロルドは王宮本殿へと去っていった。その後ろ姿は見ている側が気の毒になる程に憔悴している様に見えたが、この際同情などしていられない。


(はぁ……何とか、切り抜けた)


 気分的に恐ろしく疲れたが、しかしこれで当分は何もいってこないだろう。その間に、何とか対策を考えなければならない。


(……誰に相談しようかしら)


 王宮の中庭に出てから、リテリアはひとり頭を悩ませながら緑眩しい華やかな庭園をゆっくり通り抜けていった。が、途中で足を止めた。

 思わぬ人物と顔を合わせたからだ。


「アルゼン様?」

「……待ってたよ、リテリア嬢」


 もう間も無く、近衛騎士への正式復帰が決まろうとしているアルゼンが、中庭の白いポーチでベンチに腰を下ろしていた。その彼が、リテリアの姿を認めるや、穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。


「今日は改めて、君に御礼をいいたいと思って」


 アルゼンは後ろ手に隠していた花束を差し出して、驚いた表情で佇んだままのリテリアの前まで歩を寄せてきた。


「そういえばさっき、昼間だというのに流れ星を見たんだ。きっと俺に、勇気を出せっていってくれたんだと思う」


 リテリアは、困惑した。

 つい先程、クロルドを何とか躱してきたばかりだというのに。

 しかしアルゼンの想いは、決して嫌ではない。寧ろ、嬉しくさえ思った。

 それでも素直に彼の笑顔を見ることが出来ないのは、黒衣の巨漢の姿が脳裏を駆け抜けていったからか。

 それとも――リテリアはこの日、二度目の選択を強いられることとなった。


◆ ◇ ◆


 現在、地表は日中。

 降下先は旧アフリカ大陸北部。

 強行突入式揚陸艇は尚も減速中。大気圏はは既に、突入した。

 着陸用反重力起動まで、あと25分。

 それまでに集められる情報は集め、分析可能なデータを集中演算用回路へ転送しておく。

 船体が、大きく揺れ始めた。地表面側の船体底面が超高圧に晒されている為だろう。

 戦士は無数の計器が淡い輝きを放つ中で、ゆっくりと旧北米大陸の姿を船外カメラの映像で確認した。

 あそこに、特異星殿が隠れている筈だ。

 そして恐らく、対抗戦力(アサルトゴーレム)も既に起動していることだろう。

 この船は、地上の知的生命体からは昼間の流れ星として映っているかも知れない。

 だが、決して幸運の星などではない。

 人類に再び文明破壊の悲哀を味わわせる為の、地獄の使者となる。

 およそ1200年ぶりに太陽系第三惑星へと辿り着いたメテオライダーは今しばらく、嵐の前の静けさを楽しむことにした。

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