第48話

 その後、アーサー主導で今後の予定についての説明と質疑応答が行われた。

 まず疑わしいと目される貴族への内偵捜査については、王立第二騎士団と第四騎士団が共同で当たることとなった。

 そして奴隷収集隊の捜索及び摘発については、二段階の手順が踏まれることになる。

 まず捜索だが、こちらは万職に依頼する運びとなった。というのも、奴隷収集隊が現在どの位置に潜んでいるのかが皆目分からず、騎士団を王国内全土に隈なく派遣することは事実上不可能だからだ。

 その点、万職は王国のみならず、他国にも幅広く相互組合が設置されており、そのネットワークを駆使すれば必ずどこかで引っかかるであろうとの期待を持つことが出来る。

 勿論、万職相互組合としても奴隷収集隊に動きを気取られずに動く必要があるから、捜索依頼は公ではなく、各支部の長がこれはと見定めた、信用のある腕利きの万職だけに内々で依頼を持ち掛けるという方法が取られることになるだろう。

 万職相互組合は主要都市の各支部に、逓道宝珠と呼ばれる通信用の魔装具が設置されており、これを用いて双方向での同時通信が可能となる。

 但し使用には相応の魔素を消耗する上に、逓道宝珠そのものに投入出来る魔素にも上限がある為、一度の通信時間は限られており、そう何度も連続で使えるものではない。

 その為、各万職相互組合は時間を設けて定期的な連絡を取り合うことにしているのだが、その定期連絡に今回の捜索に関連する情報や通達を盛り込んで貰おうという訳である。

 この広大な万職ネットワークを駆使して奴隷収集隊を追い詰めてゆこうというのが第一段階。

 そして第二段階では、王立騎士団が捕縛に動く。

 その主体となるのは第三騎士団だ。他の騎士団と異なり、第三騎士団は王家直轄領内の至るところに配置されており、貴族領への移動に於いても素早い対応が可能である。

 仮に奴隷収集隊がどこかの貴族領に潜んでいたとしても、この第三騎士団なら素早く標的に迫ることが出来るだろう。

 後は力押しで捻じ伏せれば良い。奴隷収集隊はその性質上、大規模な部隊を集中して動かすことは出来ない筈だから、第三騎士団の組織力で一気に攻め切れば、十分に目的を達成することが出来るだろうというのがアーサーの目論見であった。


(そう上手く、行けば良いけど……)


 リテリアは自信ありげに説明するアーサーに対し、一抹の不安を覚えた。

 敵は森精種の集落を壊滅させ得るだけの戦闘力がある。森精種は確かに希少種ではあるが、ひとつの集落には精霊術士や熟練の弓師などが少なからず常駐している筈だ。そんな彼らを、奴隷収集隊は壊滅へと追い込み、しかも生け捕りにして奴隷にしてしまう様な連中だ。

 かなり手強いと見て良いのではないか。


「さて、説明は以上だが……ローデルク嬢、何か不満でも?」


 アーサーが目ざとくリテリアの心配顔に気付いたらしく、にこやかに問いかけてきた。言葉は柔らかいが、その視線には鋭いものがある。

 当初は発言すべきかどうか迷っていたリテリアだが、ここで問題を有耶無耶にしては後でどの様なしっぺ返しを喰らうか分かったものではない。


「殿下にではなく、ミルネッティへの質問を許可頂けますか?」

「良いでしょう。では、どうぞ」


 リテリアは、これからとても辛い問いかけをしなければならないという後ろめたさを感じた。しかし、これはどうしても聞いておかなければならない。

 敢えて心を鬼にして、リテリアはミルネッティに視線を据えた。


「ミルネッティ……貴女の辛い記憶を呼び起こすことを許してね。でも、教えて欲しいの。貴女の故郷を襲った奴隷収集隊の戦力は、どの程度だった? 騎士団の一部隊で対処可能な人数だった?」


 その瞬間、ミルネッティの表情は気の毒な程に緊張し、辛そうな色を浮かべた。しかし彼女はリテリアの葛藤を理解してくれたのだろう、少しばかり間を置いてから大きく息を吸い込んで、はっきりと答え始めた。


「多分、無理。ボクの故郷は、人数だけなら純正人種の大きな村ふたつ分ぐらいは居たと思う。腕の良い精霊術士も沢山居たし、弓師も、それに戦士も居た。でも、奴らには敵わなかった」


 ミルネッティのこの応えに、会議室内にはざわめきが生じた。

 アーサーはこの日初めて、その面に真剣な色を張りつかせた。それ程に、ミルネッティの回答は彼にとっても衝撃的だったのだろう。


「……奴隷収集隊捕縛については、もう一度練り直す必要があるね」


 結局、アーサーのこのひと言でこの日の会議は一旦お開きということになった。


◆ ◇ ◆


 会議室を出た直後、リテリアはクロルドから呼び止められた。


「リテリア……少し、良いだろうか」


 その面には戸惑いと躊躇い、更には何かを抱えている鬱屈した感情の様な物が見え隠れしている。

 リテリアは嫌な予感を覚えたが、しかし相手は一国の王子だ。無下に断る訳にもいかない。


「はい……何でございましょう?」


 一応その場で足を止め、相手の言葉を待った。

 この時の僅かな沈黙が、リテリアには無限の地獄の様に思えてならなかった。

 クロルドは何かをいい出そうとしては頭を掻いて視線を他所へ流したり、或いは咳払いを何度も重ねるなどして、如何にも落ち着かない様子を見せていた。しかし流石に周囲のひとびとからの視線には耐え切れなくなったらしく、やっと意を決した表情で口を開いた。


「その……僕と君の、結婚の話なんだが」


 遂に来たか――リテリアは顔色こそは変えなかったものの、内心では大いに身構えた。

 特級聖癒士である以上、これは避けられない問題だ。それは分かっていたものの、いざこうして直面すると矢張り気分が落ち着かない。

 しかし何も、こんなタイミングで切り出さなくても良いのに、とも思う。

 或いはリテリアがここ最近、何かと理由を付けて王宮に参内してこなかったから、今日こそはと狙っていたのかも知れない。


「いつ、婚約まで話を持っていけば良いだろうか」


 リテリアは思わず、ぎょっとしてしまった。


(えぇ……もう、結婚すること前提でお話なさろうとしてらっしゃるの?)


 その感性がちょっと信じられなかったが、クロルドがこうして口に出すということは、恐らく王家内でもある程度話は進んでいるのかも知れない。

 どうすれば良いのだろう。

 リテリアは、答えに窮した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る