第47話

 エヴェレウス王国に於いては、奴隷制は一部ながら認められている。

 但し、奴隷の身分に落とされるのは犯罪者のみだ。彼らは罪を贖う為に様々な刑罰を受けるが、そのうちのひとつが奴隷として主人の為に尽くす、というものであった。

 しかし逆をいえば、犯罪者以外の奴隷は一切認めていないのがエヴェレウス王家のスタンスだった。

 にも関わらず、ミルネッティの故郷の森を襲った様な連中は決して後を絶たない。

 その理由ははっきりしていた。


「一部の貴族には、非犯罪者の奴隷を飼いたがる連中が居るからなんだ」


 アーサーは渋い表情で参加者の顔を見廻した。

 犯罪者では無い者を奴隷として従えるのは、それは本来あるべき権利を被害者から奪う行為であり、その根本には嗜虐趣味的な性癖が一部の貴族の間に根差しているからと考えられる。

 決して少なくない数の貴族が、その特権的な身分から己を特別な存在だと考え、平民以下の者達を見下す傾向があることは否めない。その特権意識、選民思想が奴隷を欲する心理に繋がっているのでは、とアーサーは持論を展開した。


(確かに、理屈に合っていますね……)


 リテリアはアーサーの神妙な面持ちから、ミルネッティの幾分沈んだ美貌に視線を流した。

 ミルネッティの兄弟や幼馴染みは今も、奴隷として酷い仕打ちに遭っているのかも知れない。その境遇を考えると表情が暗くなるのも、当然の話であろう。

 しかし、事態はミルネッティ個人の問題の域を遥かに越えているらしい。少なくとも直接エヴェレウス王家が着手する以上は、既に国家レベルの問題に発展していると見るべきだ。


「需要があるから、供給がある。奴隷収集隊は、そういった不埒な輩に応える為に行動しているに違いない」


 つまりミルネッティの故郷を襲った連中の顧客は、エヴェレウス王家としては恥ずかしながら、自国の貴族達であると推測されている訳だ。少なくともアーサーはその様に考えているのだろう。

 と、ここでリテリアはひとつの疑問にぶつかった。

 何故、今なのか。どうしてミルネッティが現れるまで、非合法な奴隷問題について気が付かなかったのか。


(いえ……多分、そうじゃない。王家はとっくに気付いていたんだと思う)


 気付いてはいたが、封建制を取っている手前、各貴族らの領地に非合法奴隷問題を理由として踏み込むことが出来なかった。

 だが今回、王国の全兵力に匹敵する程の存在が現れた。その恐るべき力が非合法な奴隷など絶対に許せぬと王国に圧力を加えた。

 だから王家も、仕方無く動くことにした。

 重い腰を上げさせてくれる切っ掛けが現れたという訳だ。

 そんなストーリーを、アーサーは頭の中で思い描いているのではないか。

 そしてその圧力をかけた張本人が、光金級万職――即ち、ソウルケイジだということにになるのだろう。

 つまりアーサーは一部の貴族達の非合法な奴隷売買を摘発する為に、黒衣の巨漢を利用しようと考えているのではないのだろうか。

 リテリアはさっと手を挙げて発言許可を求めた。アーサーは、静かに頷き返す。是非ともリテリアの意見を聞きたいという様な顔つきだった。


「無礼を承知で発言致します。もしかしてアーサー殿下は、一部の貴族を罰する為の大義名分として、ソウルケイジ様を利用なさろうとされているのですか?」


 このリテリアの発言に対し、即座に反応したのはアーサーでもクロルドでもなく、ひとりの内政大臣だった。名を、ジョルジオ・フェルナンデスという。侯爵位を持ち、宰相に次ぐ権力と発言権を持つ人物である。


「言葉を慎みなさい特級聖癒士殿。不敬であるぞ」

「いや、良い……ローデルク嬢のいわんとしていることは、間違っていない」


 アーサーはフェルナンデス侯爵を手で制しつつ、神妙な面持ちでリテリアに視線を返した。


「正直に申し上げよう。ローデルク嬢の仰る通りだ。エヴェレウス王国政府は光金級殿の実力と存在感を、此度の問題の為に利用させて欲しいと考えている」

「好きにしろ」


 誰よりも早く、ソウルケイジがひと言で簡単に応じた。

 リテリアは両目を見開いて、丸太の様な腕を組んで座っている黒衣の巨漢の顔をまじまじと見た。


「よ、宜しいのですか?」

「俺には何の損害も生じない。お前を敵から防護する妨げにならなければ、俺の名を誰がどう利用しようが知ったことではない。それよりも問題はお前自身の意志だ。お前は、どうしたいと考えている?」


 ソウルケイジからの思わぬ問いかけを受けて、リテリアは言葉に詰まった。

 予想外の反問に、しばし考え込んだ。が、不安げな顔でこちらを見つめてくるミルネッティの姿が視界に入った時、即座に答えが出た。


(そうだ、私は……)


 つい、握り締めた拳に力が入った。

 何を迷う必要があるだろうか。


「ミルネッティを、助けたいです。それが不本意ながら、ソウルケイジ様を利用することになろうとも」

「ではそれで良いだろう」


 そのひと言で、決着した。

 アーサーは満足げにうっすらと微笑を浮かべている。

 その傍らではクロルドが、幾分申し訳無さそうな表情でリテリアだけに分かる様な確度から、軽く拝む様な仕草を見せていた。彼なりに謝罪の意を示しているのだろう。


(結局、こうなることを見越しておいでだったのですね……アーサー殿下、ずるいおひとです……)


 内心で溜息を漏らすリテリア。

 しかし、後悔は無い。

 ミルネッティの為ならば、師と仰ぐソウルケイジの力を借りるのも仕方が無いと己のいい聞かせる。

 ソウルケイジは相変わらず無表情のままだ。この男は自身の名が利用されたところで、本当に意に介さないのだろう。器が大きいのか、単に無頓着なだけなのか。

 恐らく、後者だろう。


「今日の一番の議題は、これで乗り切れたかな」


 アーサーは素直に安堵の表情を浮かべた。

 ソウルケイジの同意を得る――これが最も難しいと考えていたのかも知れない。


「リテリア、ご主人様……その、どうも、ありがとう」


 ミルネッティがぺこりと頭を下げた。

 少しだけ、安堵の色が浮かんでいる。彼女のこの想いを、裏切る訳にはいかない。

 リテリアは桜色の唇を、真一文字にぎゅっと結んだ。

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