星界からの悪魔

第46話

 シェルバー大魔宮への突入から、一カ月後が経過した。

 リテリア達は王都シンフェニアポリスへの帰還を果たし、更にその後、ソウルケイジの手に依るアルゼンの右脚への生体義足移植が実施された。

 それが今から、およそ二週間程前の話。

 アルゼンは術後の経過もすこぶる順調で、拒否反応や副作用などの問題も無く、以前と同じ水準の生活が可能なまでにリハビリが進んでいた。

 既に走ったり跳び上がったりなどの動作も可能となっており、違和感や痛みも一切無いとの由。

 その報告に誰よりも胸を撫で下ろしていたのは、近衛騎士団副長のレンダルだったという話も伝え聞いていたリテリア。

 彼はあれ以来、リテリアに対して頭が上がらない様子で、今後は彼女の為であればどんなことでも引き受けようとまでいい出している始末らしい。


(それはそれで、ちょっと困りものだけど……)


 夜、食事を終えて聖癒士宿舎の自室でひとり寛いでいたリテリアは、この日もレンダルとアルゼン連名の経過報告書を読みながら内心で苦笑を漏らしていた。

 文面にはアルゼンの右脚が如何に完璧に回復したのかが細々と記載されており、その中に時折、レンダルの幾分高揚した様な感謝の言葉が添えられている。

 近衛騎士団副長ともあろう者が、特定個人にこれだけ心を砕くというのも如何なものかという気がしないでも無かったが、それ以上にアルゼンが日々笑顔で過ごせる様になったことが、リテリアには他の何よりも嬉しかった。


(でも、本当に良かった……望んでいた日常が、取り戻せたって感じで)


 思い起こせば、全ては暁の聖女メディスの登場から始まっていた。

 あの恐るべき公女の謀略で、リテリアは一時、人生そのものを諦めかけた。

 だが、全てが元通りに近い形で、あるべき姿に戻った様に思う。それだけではない。ミルネッティやレオ、プリエスといった新たな友人達と知己を得ることが出来た。

 勿論、全部が全部、リテリアの望み通りの展開になったかというと、少し違う部分もあった。

 ひとつは、第二王子クロルドとの関係性であった。

 実は王都に帰還後、彼との婚姻話が再び王家や内政大臣の間で持ち上がり始めたというのである。正直なところ、何故この話が再燃しているのか、リテリアには全く理解が出来なかった。

 確かに、クロルドの妻になればその後の生活は保障されるだろう。しかし、何か違う気がする。

 リテリアはどうしても、自身が冤罪に追いやられた時、クロルドが彼女に向けた侮蔑と怒りの眼差しが忘れられなかった。

 あんな目で見られた相手を、心から愛せる夫として迎え入れることが出来るだろうか。

 勿論、今ではあの時の様な態度を見せることは無くなった。クロルドも公の場で正式に謝罪してくれた。一応のみそぎは済んだ格好になっている。

 それでも矢張り、クロルドからの突き刺さる様な視線が未だに脳裏から離れないのは、何故だろう。


(やっぱり私って、嫌な女なのかな……)


 他の女性なら、ここまで拘ることも無いのだろうか。リテリアには、よく分からない。

 ただ兎に角、今のままでは到底クロルドとの婚姻に前向きにはなれないというのが率直な気持ちだった。


(はぁ……参ったなぁ、もう)


 そんなことを思いながらベッドの上で大きく伸びをしていると、廊下に誰かが立つ気配が伺えた。次いで、聞き慣れたノックの音。この響きはきっとソフィアンナだ。


「御免、リテリア。ちょっと良い?」


 予想通りの訪問客だった。リテリアは小走りで部屋を横切り、ソフィアンナを扉口で出迎えた。


「どうしたの? また聖導師様から何か連絡?」

「うん。明日、王宮に参内して欲しいんだって」


 ソフィアンナも詳しい話は何も聞いていないらしいが、どうやら他に同行者が居るとのこと。


「森精種の操設士さんと、それから光金級様も呼ばれているみたいよ」

「あら、ミルネッティとソウルケイジ様も?」


 思わず小首を傾げたリテリア。

 自分とミルネッティと、ソウルケイジの三人。ここに、どの様な繋がりがあるのか。勿論、共にシェルバー大魔宮に突入した探索仲間という位置づけではあるが、それならばレオやプリエス、アネッサも呼ばれて良いのではないだろうか。

 しかし、呼ばれたのは飽くまでも三人だけである。

 そこに引っかかりを感じながらも、リテリアは王宮への参内を承諾する旨をソフィアンナ経由で伝えて貰うことにした。


◆ ◇ ◆


 そして、翌朝。

 リテリアは特級聖癒士の正装に身を包み、ソフィアンナを付添人としてエヴェレウス王宮へと足を運んだ。

 出迎えたのはレンダルと、王立第四騎士団長オーウェルの二名。彼らの様な国軍の重鎮が態々公式に出迎えるということは、これから直面する問題は決して軽いものではないということを物語っている。

 一体、どの様な事態が待ち受けているのか。

 リテリアは幾らかの不安を抱えながら、執務棟へと案内された。

 ふたりが通された会議室には、王太子アーサーや第二王子クロルドの他、数名の内政大臣に加えて先に到着していたソウルケイジやミルネッティといった顔ぶれも揃っていた。


「特級聖癒士リテリア・ローデルク、只今参上致しました」

「やぁ、久しぶりだね。また君の元気な顔を見ることが出来て嬉しいよ」


 作法に則って挨拶の口上を述べるリテリアに対し、アーサーはいきなり砕けた調子で接してきた。

 流石にそれは拙かろうと傍らのクロルドが小声で注意するも、気さくな王太子はまるで気にする素振りも見せなかった。


「では全員揃ったところで、早速始めさせて頂くとしよう」


 執事や侍従達が会議卓の椅子を引くことで、参加者達に着席が促された。リテリアは、他の面々に倣って与えられた席に腰を落ち着ける。

 全員が着席したところで、アーサーは表情を改めて朗々と響く声を搾り出した。


「率直にいわせて貰うよ……ミルネッティ殿の故郷を襲ったという、奴隷収集隊について話をさせて頂こうと思う」


 その予想外の題目に、リテリアは思わず息を呑んだ。

 ミルネッティは表情こそ硬いものの、驚きの念は見せていない。恐らく、事前に知らされていたのだろう。

 ソウルケイジに至っては、いつもの如く無表情の鉄仮面だった。

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