第44話

 ミルネッティが落ち着いた頃合いを見計らって、リテリアはそっと声をかけた。


「ねぇミルネッティ。もう、大丈夫かしら?」

「うん、御免ね……思いっ切り泣いたら、何かすっきりしちゃった」


 涙を拭いながら、照れ笑いを浮かべる森精種の娘に、リテリアはほっと安堵の吐息を漏らした。

 今、彼女達が居る緊急保管庫は、これまで探索してきたシェルバー大魔宮のどの区域とも、明らかに様子が異なっている。

 壁面や床、天井の材質は同じだが、どこから照らされているのかよく分からない、薄く赤みを帯びた照明が室内全体を覆っていた。

 そして壁には、突起状の無機質な蓋の様なものがずらりと並んでいる。

 それぞれ見たことも無い文字、或いは図形などが記されており、何がどういう構造なのか、リテリアには全く理解出来なかった。

 そんな中、ソウルケイジは何の迷いも無く奥の壁へと向かう。そして、ひとつの蓋状突起物に触れた。


「ミルネッティ、来い」


 ソウルケイジの声に、ミルネッティは弾ける様な勢いで黒衣の傍らへと駆け寄ってゆく。ふたりは何やら話している様子だったが、操設士特有の専門用語が飛び交っているらしく、矢張りリテリアには会話の内容が半分も聞き取れなかった。

 ミルネッティの表情は緊張し、真剣そのものではあったが、自信に満ち溢れている様にも見える。彼女はまたひとつ、ソウルケイジから何らかの仕事を与えられたのだろう。


(何、やってるのかな……?)


 リテリアはふたりの邪魔にならない様、少しだけ距離を置いて後ろから覗き込んだ。

 傍らではアネッサとレオも、同じく興味津々といった様子でこっそり目線を這わせている。

 プリエスとふたりの騎士も相当気になっている顔つきだったが、ソウルケイジが昏倒させたドルーガー達が目を覚ます前に、連中を縄で縛り上げる作業から手が離せなかった。

 さてミルネッティ、彼女がソウルケイジの指示を受けてやっているのは、蓋状突起物の表面に浮かんでいる、四角い模様の列を指示通りに触れてゆくという作業だった。その間ソウルケイジはその物体の上下の端に触れている。

 決してふたり同時での作業が必要という訳でも無さそうだった。或いはソウルケイジは、ミルネッティに敢えて任せることで、操設士としての自覚を彼女に持たせようとしているのかも知れない。

 やがて必要な手順を終えたらしく、ミルネッティはそっと後ろに引き退がった。リテリア、アネッサ、レオの三人も半ば釣られる様にして左右に位置をずらす。

 するとソウルケイジは、蓋状突起物をそのまま引っ張り出した。大きな金属の箱状の物体が蓋ごと引き抜かれた格好だ。


「それが、生体義足なのでしょうか?」

「目標物はこの中だ。冷凍保存装置ごと持ち帰る」


 リテリアに応じながら、ソウルケイジは更にその表面上の何かを操作した。すると帯状のものが2本現れ、ソウルケイジはそれらに両腕を通して軽々と背負った。

 と、そこへドルーガー達を縛り終えたプリエス達が歩を寄せてきた。


「終わりました。彼らは如何しますか? まだ気を失っている為、このままでは連行することは出来ませんが……」

「ここに置いていく」


 何の躊躇いも無く、ソウルケイジはプリエスに答えた。プリエスは一瞬その意味が分からなかったらしく、眉間に皺を寄せている。

 他の面々も、ソウルケイジの意図が理解出来ずに顔を見合わせていた。が、リテリアだけはこの巨漢が何を考えているのかを察した。その恐るべき思考に、思わずごくりと喉を鳴らす。

 やがて全員が緊急保管庫の外に出たところで、ソウルケイジは扉脇の金属片に触れた。すると、開け放たれていた薄い金属製の扉が固く閉じられ、更に天井からもう一枚、分厚い岩の壁が下りてきて、扉の位置を完全に隠してしまった。

 まさか――ソウルケイジ以外の全員がはっとした表情で黒衣の巨漢の鉄仮面に視線を送った。


「もしかして、もうこの扉は二度と開かれることは、無い……ということでしょうか」


 戦慄を漂わせる顔つきで、プリエスが訊いた。

 ソウルケイジは、余程の幸運に恵まれれば出られるかも知れないと、さらっと答えた。


「つまり……連中はここで餓死する以外の運命はほぼ無い、ってことか」


 レオが改めて、扉を覆い尽くした岩の壁面をじっと見つめた。ドルーガー達は今、全身を戒められて身動きも出来ない。そこへ加えて、二重施錠による扉の封印に、この岩壁による完全防護だ。

 どうあがいても、ドルーガー達は生きて外へは出られないだろう。


「あの方々を直接手に掛けなかったのは、ミルネッティに醜い流血を見させない為、でしょうか?」

「無駄な労力だからだ」


 リテリアに応じるソウルケイジの言葉は、今回も合理性を最優先としていた。地獄の苦しみを味わわせようとか、そういった懲罰的な意味合いは微塵にも感じられなかった。

 単純に連れ帰る労力も、態々刃を振るう労力も無駄だというのがソウルケイジの応えだ。どうせ始末するならこの大魔宮の構造に任せておけば、放っておいても勝手に息絶えるだろう。

 合理的だが、考えようによっては最も残酷で冷酷な始末の付け方だといえる。


「あいつらを騎士団に引き渡そうとしないのも……」

「無駄な労力だからだ」


 アネッサへの疑問にも、ソウルケイジの判断基準は一貫していた。

 万職をエヴェレウス王国の法で裁くのは不可能である上に、意味が無いとまでいい切ったソウルケイジ。

 そのどこまでも徹底した合理主義に、レオとプリエスなどは唖然として顔を見合わせていた。


「ここにはもう用は無い。離脱する」

「え……お宝、探して行かないのかい?」


 さっさと歩き始めたソウルケイジに、レオのどこか物欲しげな声。

 しかし、あの巨漢がそんなことに応じる筈も無いことを、リテリアはよく分かっている。彼女は少しばかり意気消沈したレオに、気の毒そうな視線を送った。

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