第42話
シェルバー大魔宮、地下八層。
リテリア達は今、ソウルケイジの指示に従って、或る小部屋の中に居る。
その奥の壁には複雑な機構を持つ解錠装置が鎮座していた。
「これが、ご主人様がいってたやつだね」
ミルネッティがごくりと喉を鳴らしながら、その前に立った。
『着いたか』
不意にリテリアの脳裏に、ソウルケイジの声が殷々と響いた。どうやら他の面々にも彼の声が届いているらしく、何人かは慌てて周囲に視線を走らせている。
『念話法術だ。声だけをお前達の意識に送っている』
その慌てぶりが伝わったのかも知れない。ソウルケイジの声は相変わらず低いトーンのままだが、その言外には、慌てるなと釘を刺してくる様なニュアンスが伴っていた。
『ミルネッティ、今から伝える順に解錠を進めろ』
「うん、分かったよ、ご主人様」
ソウルケイジの指示を受けて、ミルネッティが操設士としての本領を発揮し始めた。
頭の中に響いてくる言葉は操設士でなければ到底理解出来ないであろう専門用語が次々と飛び込んでくる。ミルネッティはそれらの指示に対してただのひと言も反問すること無く、素早い手捌きで次々と解錠作業を進めていった。
「へぇ……やるなぁ、ミルネッティ。あんな複雑そうなものを、幾ら指示があるとはいえ、大したもんだ」
「そんなに凄いのですか?」
思わずレオに問い返したリテリア。
レオは、ミルネッティは間違い無く腕利きの操設士だと頷いた。
「幾つもの探索班を渡り歩いてきたから、よく分かるよ。あの子の腕は、相当凄い」
それなのに、以前彼女が所属していたドルーガーの探索班は、揃いも揃ってミルネッティを出来損ない呼ばわりしていた。単に目が節穴なのか、或いは彼女を言葉の暴力で抑えつけようという意図があったのか。
リテリアは恐らく、後者だろうと推測した。
そして同時に、リテリアはふと新たな疑問、というよりも不安にぶつかった。
(この探索が終わって生体義足が手に入ったら……彼女は、どうなるんだろう)
ミルネッティを仲間にしろと命じたのは、ソウルケイジだった。それはこのシェルバー大魔宮での解錠が、単一の操設士では不可能だからだ。
しかし、それが終わったらどうなるのか。
ミルネッティはもう用済みになるのだろうか。
(それは……嫌だな)
単に彼女の境遇が可哀そうだから、という訳でもない。リテリアはミルネッティと共に過ごした数日間が、本当に楽しかった。
見た目からは想像も出来ない程の大食漢なところも好きだし、猫の目の様にくるくると表情が変わる愛らしさも可愛い。
そして何かにつけて身を寄せて来て、色々と甘えてくれるのが何となくこそばゆい気がするのと同時に、とてもほっこりとした安心感に浸らせてくれる。
決してあざとさや腹黒さなどは無い。単純に人好きする性格なのだろう。
そんなミルネッティとは、この大魔宮での探索だけの関係で終わらせたくない。
リテリアは、無事に生体義足が獲得出来た段階で、ソウルケイジにミルネッティを傍らに置いてやれないかと相談するつもりでいた。
(もう二度と、彼女を辛い目に遭わせたくない……)
もしミルネッティを放り出してしまえば、再びドルーガーの様な小汚い連中に捕まってしまうかも知れない。それはリテリアにとっては到底我慢ならない話だった。
勿論、ミルネッティにもミルネッティの意志があるだろう。だから一度彼女と、じっくり話し合わなければならない。
(でも、それもこれも、まずは生体義足を手に入れてからの話よね)
そんなことを考えているうちに、ミルネッティが最後の解錠装置に手をかけた。
『よし、やれ』
その直後、大魔宮全体が一瞬だけ、鈍い震動に覆われた。ソウルケイジ曰く、緊急保管庫の扉が開いたのだという。
『先に緊急保管庫へ向かえ。俺も後から合流する』
そのひと言を受けて、レオとプリエスが先陣を切って小部屋の外へ飛び出し、通路にたむろしている巨大な蠍型の魔性闇獣に先制の一撃を浴びせた。
「さ、行くよ」
アネッサが、ミルネッティとリテリアの肩を軽く叩く。プリエス配下の騎士二名が彼女達を護衛しながら、緊急保管庫へと走った。
(いよいよです……アルゼン様、もう少しだけ待っていて下さい)
そうしてリテリア、アネッサ、ミルネッティ、護衛の騎士ふたりが緊急保管庫内へと飛び込んだところで、反対側の通路からも硬い路面を駆け抜けてくる足音が聞こえてきた。
だが――ミルネッティの表情が、異様な緊張に包まれている。彼女は、何かに怯えていた。
そしてリテリアも、異変に気付いた。駆けつけて来ている足音は、ひとつではなかった。
「よっしゃぁ! お宝は俺達のモンだぁ!」
あり得ないことが起きた。
緊急保管庫に駆け込んできたのは、ドルーガー率いる探索班だった。
ガレンスキーが、緊急保管庫の扉を閉め、内側から閂錠を施錠した。
「へへへ……お前らとは、余程縁があるみてぇだな」
凶悪な笑みを浮かべてリテリアとミルネッティを交互に眺めるガレンスキー。
そしてドルーガーは、剣斧を振り上げて大股に近づいてくる。
「ただ殺すだけじゃあ惜しいな……じっくり味わってやるから感謝しな!」
リテリアは、奥歯を噛み鳴らして身構えた。
その傍らでミルネッティは恐怖に凝り固まり、がたがたと震えていた。
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