第41話
シェルバー大魔宮の構造は、他の地下魔宮と比較すると少しばかり様子が異なる。
まず壁面や床、天井を構成する材質が違った。一般的な地下魔宮は岩をただ削り出しただけの粗末な材質であることが多いが、ここシェルバー大魔宮ではつるつるに磨きあげた様に滑らかで、場所によっては鏡の如く、見た者の顔が映り込むこともあった。
そして兎に角、頑丈だった。
武器や攻撃法術を叩きつけても疵ひとつ入らない。何らかの魔術的な防護でコーティングされているのではと仮説を立てる魔法術士も少なくない。
そんな中でリテリアと仲間達は、何体もの魔性闇獣を撃破しながら、一気に地下六層まで駆け下りてきた。
普通では考えられないペースだった。
そしてかなりの短時間で踏破してきたということもあり、まだまだ時間的にも余裕があるから、地下七層に下りる手前の広間で休憩を取ろうということになった。
「普通、こんなにさくさく行くもんじゃないんだけどね」
とはレオの弁。余りに簡単すぎて怖いぐらいだと、苦笑を浮かべている。
「もっと手こずるものかと思いましたが……それもこれも、光金級殿から頂いたこの全層図面のお陰ですね」
いいながらプリエスが、改めてソウルケイジからの贈り物を開いてみせた。
そこにはシェルバー大魔宮内のあらゆる危険な箇所、特に回避すべき部分についての情報が事細かに記されており、近道や罠の位置、更には配置されている敵の戦闘強度目安までもがびっしりと書き込まれている。
これ程の情報があれば、手間取る方が却って難しい。
「でもご主人様、一体いつの間にこんな凄いものを手に入れてたんだろう?」
余りに順調過ぎて、操設士としての仕事がほとんど無かったミルネッティが、若干不満の色をちらつかせながら小首を捻った。
楽なのは良いことだが、やることが無さ過ぎるというのも寂しい話なのかも知れない。
「まぁ良いじゃありませんか。このままの勢いで、どんどん行ってしまいましょう」
リテリアは水袋に口を付けて喉を潤しながら、機嫌良く笑った。
そのリテリアを、アネッサがどこか不思議そうな面持ちで眺めてくる。何事かと一瞬身構えたリテリアだったが、直後にアネッサが放ったのは予想外の一言だった。
「リテリアって、随分変わったね。何ていうか、凄く前向きになったっていうか、肩の荷が下りて吹っ切れたっていうか……」
「え……そ、そう?」
神妙な面持ちで語るアネッサに、リテリアはどう答えて良いか分からず、戸惑い気味に問い返した。
するとミルネッティが、興味を抱いた様子で覗き込んでくる。
「昔のリテリアって、どんな感じだったの?」
「そうね……あたしが聖癒士だった頃は、もっとこう、切羽詰まってるっていうか、余裕が無いっていうか、全部自分で背負い込んでしまってた様な気がするんだよね」
アネッサの応えに、ミルネッティはそうだったんだと意外そうな表情。
そして改めて、リテリアに面を向けた。
「ボクもご主人様に助けて貰うまでは、本当に全然、余裕なんて無かったから……ちょっと分かる気がする」
ここでリテリアは、そういうことなのかと喉の奥で唸った。
確かにかつての自分は、特級聖癒士としての責任感だけで日々を過ごしていた様な気がする。しかし、それはいつ頃からだっただろうか。
少なくとも、クライトン孤児院で生活していた頃は、他の子供達と一緒にもっと明るく笑う毎日を過ごしていた筈だ。
それなのに、いつの間にあんなにも自分を追い詰めていたのだろう。
「でもあたしは、今のリテリアの方が好きかな。よく笑ってくれるし……リテリアは笑顔で居るのが一番だと思うよ」
アネッサにいわれるまで、自分でも気づかなかった。
(私、そんなに笑う様になってたんだ)
笑うだけではない。本音で話すことが出来る様になったとも思う。素直に自分の感情をぶつけることが出来る様になったとも思う。
特級聖癒士として騎士達の命を守らなければと気を張っていた頃は、無理矢理自分の心をコントロールしていた。
そうすべきだと思っていた。
しかし今は違う。
(あの方と出会えたから、かな)
リテリアの脳裏にソウルケイジの不愛想な美貌が、ふと横切った。
あの処刑舞台で初めて会ったその日から、リテリアの心に根付いていた鉛の様な重さが、綺麗に消し飛んだ様な気がしていた。
生まれて初めて、頼って良いと思えるひとが現れた。
それだけで、どんなに救われた気持ちになれたことか。
ソウルケイジであれば何でも正直に話せるし、どんな愚痴でも聞いてくれるという安心感があった。
(だってあの方は、知らないことなんて何も無いんだもの……)
逆に隠し事をする方が却って馬鹿馬鹿しい。どうせ全て見抜かれるのだから。
(どうせ全部、バレちゃうんだしね……だったら私は、本当の自分で居よう)
改めて、あの黒衣の巨漢への感謝が心の奥底から湧き起こってきた。そしてそれはきっと、ミルネッティも同じなんだろうなとも思う。
彼女は口に出してこそいわないが、ソウルケイジのことを慕っているに違いない。
だが、それは決して不快ではなかった。
(皆、もっともっとソウルケイジ様のことを好きになってくれたら良いな……)
そんなことを思いながら、リテリアはゆっくりと立ち上がった。前向きに頑張ろうというパワーが溢れているのが自分でも良く分かった。
「さぁ休憩はおしまい。皆さん、地下七層に参りましょう」
「残り二階層か。こんな退屈な探索は、さっさと終わらせちまおう」
リテリアに応じて、レオが相変わらず苦笑のまま、小さく肩を竦めた。
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