第40話
グラナドルから正式に突入許可を得た。
リテリアは仲間達と共に、シェルバー大魔宮突に覆い被さっている巨大な防護傘の入り口から、その内部へと足を踏み入れた。
「これは……まるで神殿か寺院みたいですね」
撥水式の天幕布を通して降りかかる薄い陽光の中に、白亜の建造物が現れた。リテリアは過去に一度だけ訪れたことがある、カレアナ聖教国の教主殿によく似ていると思った。
と、ここでプリエスが足を止め、大魔宮の地図を開いて振り向いた。
「本日突入を予定しているのは、我々を含めて計三組の探索班です。他二組は地下第二層までとの申告があったそうですが」
プリエスの視線は、ソウルケイジに向けられている。
今回の目的である生体義足の在り処は、ソウルケイジ以外は誰も知らない。その為必然的に、突入の道案内はこの黒衣の巨漢に委ねられることとなる。
ソウルケイジは周囲に他の気配が無いことを確認してから、別の地図を取り出した。
「ご主人様、それは……?」
「ここの全層図面だ」
ミルネッティの問いかけにさらりと答えたソウルケイジだったが、レオやプリエス、更にはアネッサまでもが危うく大声を出しそうになった。訊いた当人のミルネッティは驚きの表情で口をぱくぱくさせている。
「全12階層って……いやいや、ここってまだ第四層までしか探索が終わっていないんじゃ?」
レオが尚も驚きを抑えきれないといった様子で覗き込んだ。
が、リテリアは苦笑を浮かべるばかりで、特にそれ以上の反応を示さなかった。もうソウルケイジがどんなに凄いことをやってのけても、今更感が拭えない。
「まぁ、こういう方ですから……」
そのひと言で、まずは驚きが収まらない仲間達を落ち着かせるしかなかった。勿論、完全に彼ら彼女らを落ち着かせることなど出来やしなかったのだが。
ソウルケイジはそんな仲間達の反応などお構いなしに説明を続けた。
「生体義足のストックは第八層のこの緊急保管庫に入っている。ここを開けるには、この二か所で専用鍵を同時に解錠する必要がある」
その太い指先で示されたふたつのポイントは、緊急保管庫を挟んで左右の位置、およそ100メートル程離れたふたつの小部屋だった。
「同時の定義は、1秒以内」
「あ……だからボクが、必要だったんだね」
ここで漸くミルネッティが、合点がいったとばかりに頷いた。彼女は常々、ソウルケイジの技量なら自分の様な操設士は不要なのではと疑念を口にしていた。
ところが今回の説明で、ミルネッティが為すべき責務が何なのかがやっと理解出来たらしい。
「お前が先に解錠しろ。俺はお前の作業が終わるのを確認してから解錠する」
「え、そんなことが出来るんだ……」
当たり前の様に説明するソウルケイジだが、普通に考えれば色々とツッコミどころがある。
レオが疑問を口にしたのも尤もな話だが、リテリアはもう、いちいちそういうことは気にしないで下さいと乾いた笑いを返すしか無かった。
「本当に凄いお方ですね、光金級殿は……それにしても、今回グラナドルを黙らせるのはソウルケイジ殿でも良かったのではないですか?」
ここでプリエスがふと、小首を傾げた。しかしソウルケイジは、ここでは光金級の名声など無に等しいとかぶりを振った。
「レオ。お前は光金級の値打ちをどう捉えている?」
「え、いや、っていうかあんた、光金級だったんだ。何ちゅう凄い探索班に入ってしまったんだよ俺」
何となくプライドが地に堕ちてしまった様な顔つきで頭を掻くレオ。
しかし先程の全層地図出現程のインパクトは無かったらしく、そうだなぁと腕を組んだ。
「まぁ、凄いってのは分かる。当然、純銀よりは上だもんな」
「つまり、こういう訳だ。同じ万職でさえ、光金に対する価値観は大いに異なる」
レオが示した反応とソウルケイジの説明で、リテリアははっきりと理解出来た。
王家や王立騎士団上層部、或いは内務大臣や万職相互組合ならば、光金級の凄さや軍事的価値は全て理解出来る。だが同じ万職のレオがこの程度の認識ならば、辺境の宿営地に居る騎士団には尚のこと、その価値は理解出来ないだろう。
しかし特級聖癒士は別だ。エヴェレウス王国内の全土に亘るその名声は、王国民なら誰でも知っている。
その為、今回のケースではグラナドルはソウルケイジの名声よりも、間違い無くリテリアの存在価値の方にひれ伏すことになる訳だ。
「地位も名声も栄誉も、それぞれ使いどころが異なるという訳ですね」
リテリアがそう締めくくると、プリエスもレオも成程と首肯するしか無い様だった。
「ここに現れる魔性闇獣は第四層以下は全て同じ戦力帯だ。お前達で探索班を組めば撃破は容易だ」
いいながらソウルケイジは、全層図面をプリエスに手渡した。
この行為の意味が、ソウルケイジの言葉の意図が分からないらしいプリエス。ここでリテリアが、補足する様に言葉を継ぎ足した。
「つまりですね、ソウルケイジ様は単独行動で片側の小部屋を目指し、それ以外の全員で探索班を組んで、もうひとつの部屋を目指す、という訳です」
リテリアの言葉に頷いたのは、アネッサだけだった。他の面々は未だ疑問と驚きの顔。
「その……ご主人様、大丈夫なの? 地図も無く、たったひとりで魔性闇獣がうようよしてる中に突っ込んで行くのって」
ミルネッティが心底、不安げな調子で訴える様に問いかけた。
これに対してソウルケイジはまたいつもの如く鉄仮面で応じる。
「問題無い。全層図面は既に記憶している。ここの敵は俺の装備で全総数の十二倍程度は殲滅可能だ」
リテリアとアネッサは苦笑しながら、顔を見合わせる。
他の面々の呆然とした表情が、余りにも予想通り過ぎて、もう笑うしか無かった。
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