第39話

 その日以降、シェルバー大魔宮周辺の雰囲気がガラっと変わったと、レオはリテリア達と顔を合わせる毎に笑っていた。

 レオ曰く、彼がこれまで滞在していた数日間では騎士団、万職、行商人らの間に見えない壁の様なものが張り巡らされており、所用以外ではほとんど口も利かないのが常だったという。

 ところがリテリアが特級聖女だと知れ渡ると、彼らは身分や職種の垣根を越えて、そこかしこでリテリアの話題で盛り上がり、彼女の名を持ち出す形で挨拶を交わすなど、明らかに空気が変化したというのである。

 挙句にはソウルケイジが、


「随分と大人気だな」


 などと冗談とも本気とも分からない台詞を投げつけてくる始末で、リテリアは、


「んもう! ソウルケイジ様まで! やめて下さい!」


 と顔を真っ赤にして抗議する有様だった。

 しかし同時に、第三騎士団からの視線に変化があったことも、また事実だ。

 初日にプリエスがグラナドルと衝突して以降は、彼らから滲み出る空気は明らかに敵意が感じられていたのだが、リテリアの名声が知れ渡ってからは、敵意どころか寧ろ大歓迎の空気を漂わせる様になっており、却って怖いぐらいだった。


「ねぇ、そろそろいっとく?」


 到着から三日目の朝、宿泊部屋で着替えている最中のリテリアに、アネッサが機は熟したなどと意味不明な台詞を飛ばしてきた。


「本当に、今回は申し訳ありません。特級聖癒士殿にお縋りする様な形になってしまって」


 心から申し訳無さそうに頭を下げるプリエス。

 騎士団同士の仲が悪いのは別段、彼女の所為ではない。それでも矢張り、本来であれば自分が責任を果たさなければならないところをリテリアに解決して貰ったというところで、負い目を感じてしまっているのだろう。


「そんなに気に病まないで下さい。もともと今回の突入は、私が希望したことなのですから」


 リテリアはプリエスを責める気など、毛頭無かった。寧ろ、ここまでしっかり護衛として大いに活躍してくれた彼女とその部下の騎士達には、心の底から感謝していた。

 そして、もうひとつ嬉しいニュースがあった。

 プリエスが臨時で突入時のメンバーを募集したところ、レオが手を挙げてくれたというのである。

 彼の実力を考えれば、これは非常に大きな戦力補強になるといって良い。

 というのも、騎士は戦場に於いてはその強みを大いに発揮出来るが、地下魔宮探索では、戦闘以外ではほとんど役に立たないとされている。

 操設士の様に錠前や罠の解除が出来る訳でもなければ、魔法術士の様に探索系の法術が使える訳でも無い。専門技課を戦士とする万職でさえ、地下魔宮に於ける位置取りや警戒線の張り方などでは騎士など足元にも及ばぬ程の熟練技術を発揮する。

 それ故、今回の突入に際しては過去に万職経験のある騎士を護衛小隊に組み入れる様にと王家も働きかけてくれたのだが、結局その条件を満たしたのは護衛小隊長のプリエスのみだった。

 騎士の養成課程に於いては、基本的には青年期に騎士学校へと通うことが多い為、万職上がりの騎士というのは実はかなりの少数派であるらしい。

 その為今回の突入に際しても、護衛小隊からはプリエスの他、腕の立つ騎士二名だけが参加する予定となっており、残りの騎士達はいざという時の為の後詰として待機する運びとなっていた。

 そういう経緯もあり、レオの参戦はリテリア達にとっても渡りに船だったのである。


「さて……後は突入許可を取り付けるだけね」


 聖癒士の軽装を纏い、簡単な化粧を済ませたところで、リテリアは宿屋を出て宿営本部へと向かった。

 そして彼女が突入許可証を手にして玄関ロビーへと姿を見せると、何故か周辺の騎士達から拍手が沸き起こった。


(いや、もう、ちょっと……掌返しにも程があるでしょうに!)


 リテリアは軽い頭痛を覚えた。

 この空気自体は確かに有り難いといえば有り難いのだが、騎士団という組織そのものを考えると、これで良いのだろうかという疑問が湧いてしまう。

 しかし今は、敢えて顔には出さないことにした。

 聖導会本部で市民と接する時と同様の聖癒士スマイルで、受付カウンターへと向かう。すると一般の受付担当ではなく、態々グラナドル自身が応対に現れた。


「お待ちしておりました、特級聖癒士殿。シェルバー大魔宮への突入要請ですね」

「はい。宜しくお願い致します」


 その時の手続きは、ほとんど一瞬だった。

 グラナドルは幾つかの書類に必要事項を記入してから、突入許可証に自らのサインを書き入れて、妙に恭しい態度でリテリアに返却した。


「先日は大変失礼申し上げました。特級聖癒士殿がいらっしゃることを事前にお聞きしていなかったからとはいえ、誠にお恥ずかしい限りです」

「どうか、お気になさらずに」


 内心で呆れ返ったリテリアだが、ここでも顔には出さず、穏やかな笑みを絶やさない。我ながら役者になったものだと自嘲したい気分だった。


「それではお気をつけて、行ってらっしゃいませ」


 リテリアが踵を返すと、グラナドル以下、全ての騎士が直立不動の姿勢から90度に腰を折り曲げ、一斉に頭を下げた。


(あぁもう……本当に極端過ぎるんだから!)


 何となく居たたまれない気分になって、リテリアは足早に宿営本部を飛び出した。

 ともあれ、シェルバー大魔宮への突入準備は、これで整った。

 後は実際に、足を踏み入れるのみである。


(アルゼン様……待ってて下さい。必ずや生体義足を持ち帰ります)


 リテリアは我知らず、ぐっと拳を握り締めた。

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