第38話
レオは25歳の誕生日を迎えたばかりの若者で、万職としては10年近いキャリアがあるという話だった。
いつもは王国南部の地下魔宮を転々とすることが多いのだが、今回はシェルバー大魔宮に新しい階層が発見されたとの噂を聞きつけ、そこに眠るお宝に期待して駆けつけてきたらしい。
「それで、もう入ってみたの?」
「いやぁ、それがね。探索班メンバーが上手く集まらなくて」
いささか食い気味のアネッサに、レオは頭を掻きながら苦笑いを返した。
レオはどうやら、決まった探索班には所属しないスタイルの様だ。目的とする地下魔宮近辺に辿り着いたら、そこで空きのある探索班を探すか、或いは自身でメンバーを募集して臨時の探索班、所謂野良班を結成して突入するのが恒例となっているとの由。
固定のメンバーを持たないということは、逆をいえば色々な探索班と関わるから、それだけ顔も広くなるという訳だ。先程追い払ったガレンスキーがレオのことを知っていた様子を見せたのは、恐らくはその辺が関係しているのかも知れない。
尤も、レオはガレンスキーの顔など記憶に無かったらしい。ああいう手合いはどこにでも居るから、いちいち覚えていられないのだろう。
「それにしても、凄いよね。正銅級になるには昇格試験が必須だから、その腕前が相互組合の支部長に認められたってことだもんね」
アネッサが持ち上げると、レオは照れ笑いを浮かべた。ここで高慢にならない辺り、中々の好青年かも知れない。
「ところでレオさん、私達への敬語は不要でお願いします。キャリアもレオさんの方がずっと上なんですから、呼び捨てで結構ですよ」
「え、良いのかな……じゃあ改めて宜しくね、リテリア、アネッサ、ミルネッティ」
態々挨拶し直すところに、レオの人格が滲み出ている。リテリアは、良い友達になれそうだと目を細めた。
そしてミルネッティもそれまではどこか警戒気味だったのが、いつの間にか親しげな笑みを浮かべる様になっている。
人間矢張り人徳が必要なのだと、リテリアはしみじみと感じ入る思いだった。
「ところでリテリアは、万職じゃないんだね。その軽装、もしかしてカレアナ聖導会?」
「あ……大変失礼しました。そういえばまだ、名前以外ちゃんと自己紹介していませんでしたね」
リテリアは自分の頭を拳でこつんと叩いた。
「改めまして、カレアナ聖導会シンフェニアポリス本部所属の聖癒士、リテリア・ローデルクです」
「あ、リテリアはね、ただの聖癒士じゃないよ。何せ、特級なんだからね」
横から勝手にアネッサが付け足してきた。
すると、レオは一瞬呆けた顔を見せていたが、その直後には驚きの声を上げていた。
「えぇぇ! ちょ、ちょっと待った……特級聖癒士っていったら王国にもたったひとりしか居なくて、先日の例の冤罪事件で話題になった、あの特級聖癒士殿?」
「あ、そ、そんな大袈裟なものじゃありません……!」
リテリアが慌てて場の空気を抑えようとしたが、一度その名が知れ渡ってしまった店内は、それまでとは打って変わって大きなざわめきに揺れまくった。
すると、それまで無関係を決め込んでいた他のテーブル席から、ぞろぞろと色んな顔ぶれがリテリア達の席に押し寄せる様になった。ついでにいえば、店のスタッフも客と同じ様に食いついてきている。
「いやぁ、先程小耳に挟んだもので……特級聖癒士様だったのですね」
「まさかこの様なところでお会い出来るなんて、光栄の極みです。是非、ご挨拶させて下さい」
「わたくし、王国東部に販路を持つ商会の者で御座います。後日改めてご機嫌伺いをさせて頂きたく……」
などなど、兎に角リテリア達の居るテーブル周辺が異様な程にごった返す有様。
その余りの盛況っぷりに、アネッサが声にならない声で、
「リテリア、御免……」
と、何度も拝む様な仕草を見せて謝り続けた。
ともあれ、一度起こってしまった波は、そう簡単に収まるものではない。リテリアは店内に居る客全てからの挨拶攻勢を浴びまくって、ひと通り落ち着くまでに小一時間程度を要した。
その間、ミルネッティとレオはテーブルを半分ぐらい移動させ、身を屈めながら食事を続けている。
「いやはや、大したもんだ。そりゃあ特級聖癒士殿だからね。そりゃこうなるよね」
「知らなかったな……リテリア、実はすんごいひとだったんだ……」
苦笑しながら茹でた人参を口の中に放り込むレオと、ただただ驚きが絶えない様子のミルネッティ。
やがて、ひとの波が去った後でミルネッティとレオがテーブルを元の位置に戻した。一方リテリアは呆けた様子で木椅子の背もたれに上体を預け、やっと終わったと魂が抜け切った顔つきになっていた。
「あはは……何だか、物凄い久々にお仕事したって感じ……」
「いや、ホントに御免。まさかこんなことになるなんて……」
と、尚も平身低頭のアネッサだったが、この時彼女はふと何かを思い出した様子で、再び店内をぐるりと見渡した。
「そいやぁさぁ、さっき挨拶に来てたひとの中に、第三騎士団のひとも居たよね?」
「え? そうだったかな」
アネッサの言葉に、リテリアも漸く我に返った様子で首を傾げた。いわれてみれば、結構な人数の第三騎士団員から挨拶攻勢を受けた記憶がある。
その中には、戦場で助けて貰った御礼が云々という台詞があった様な気がした。
「ねぇリテリア。これ、使えないかな」
アネッサは、グラナドルの嫌がらせに対する突破口を得たと顔を紅潮させていた。
「ほら、騎士団同士が仲が悪いってことはさ、同じ騎士団内じゃあ結構団結してるってことだよね」
「あ……成程、そういうことね」
リテリアもアネッサがいわんとしていることに、漸く気付いた。
と、ここで事情を何も聞いていないレオが、どういうことなのかと問いかけてきた。これに対しアネッサが、グラナドルがプリエスに対して大魔宮への突入を拒むという嫌がらせをしてきたことを説明すると、レオはやっと合点がいった様子。
そういう訳ならば確かに、第三騎士団員に多くの貸しを作っているリテリアの存在は大きな武器になる。
「っていうかさ、リテリアってもっと自分の功績とか地位とか名声とか意識した方が良いんじゃない? ちょっと無頓着過ぎると思うんだけど」
「え、そうかな」
アネッサに苦言を呈され、リテリアは思わず頭を掻いた。
いわれてみれば、これまで自身の経歴を何かに利用したということは、無かったかも知れない。
だが、今回はそうもいっていられないだろう。アルゼンの将来がかかっているのだから。
(確かに、そうね……アルゼン様の為にも、使えるものは何でも使わなきゃ)
リテリアはこの時、自分でも気づかぬうちに吹っ切れた様な表情を浮かべていた。
そしてそんなリテリアを、レオは眩しいものを見るかの如く、目を細めて眺めていた。
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