第37話

 ガレンスキーという男は、その身なりから見て、戦士を専門技課とする万職であろう。

 問題は、この男がミルネッティにとってどういう立ち位置の存在なのか、という点である。ミルネッティは木椅子に座ったまま振り返り、青ざめた顔で震えながらガレンスキーを見上げている。

 一方のガレンスキーは赤ら顔で、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべていた。


「ふん……役立たずの操設士もどきが、今度はどこの探索班で足引っ張ってんだぁ?」

「いえ、その、ボクは……」


 横柄な態度のガレンスキーに対し、ミルネッティはほとんど消える様な声で応じるのが精一杯の様子。

 ここでアネッサが猛然と立ち上がろうとしたが、しかしそれよりも早くリテリアが手で制し、代わって彼女自身がゆっくりと立ち上がった。


「恐れ入りますが、どちら様で?」


 するとガレンスキーは、今度は値踏みする様な目つきで下卑た笑みをリテリアにぶつけてきた。

 リテリアは努めて表情を消し、黙って相手の出方を待ち続けた。


「俺はガレンスキーって万職さ。以前この女はよぉ、うちの探索班で飼ってやってたんだがな。とんでもねぇ役立たずで、まともに出来ることっていやぁ夜のアレぐらいでなぁ」

「そうですか。貴方がいらっしゃるとミルネッティがまともに食事も出来ない様ですので、どうかお引き取り下さい」


 その瞬間、ガレンスキーの面が憤怒の形に一変した。エールの入った木製ジョッキを、リテリア達のテーブルに叩きつける。


「何だとこらぁ。ちょいと優しくしてやりゃあ図に乗りやがってぇ……一度その体に思い知らせてやろうかぁ、あぁん?」


 上体をずいっと乗り出してくるガレンスキー。

 ミルネッティはすっかり怯え切った顔で俯き、先程まで以上に激しくガタガタと震えている。そのミルネッティの手をぎゅっと握り締めてやりながら、アネッサが険しい目つきでガレンスキーを睨み上げていた。

 そんなふたりを視界に収めつつ、リテリアは相変わらず能面の如き無表情で、出口の方を指差した。


「他のお客様方も、こちらをご覧になられてますよ。貴方が大声を出してきっと迷惑なさっているのでしょう。今の内にお暇するのが宜しいかと」

「他の客だとぉ?」


 尚も凄みながら、ガレンスキーは店内を一瞬だけ見廻す仕草を見せた。

 すると、リテリア達のテーブルから程近いカウンター席から、ひとりの万職風の若い男が立ち上がり、ゆっくりと歩を寄せてきた。


「そちらのお嬢さんのいう通りだ。悪いが、このまま騒ぎ続けるなら出て行って貰えないか。落ち着いて食事も出来やしない」

「何だてめぇ、部外者が口突っ込んで……」


 そこまでいいかけてガレンスキーは口をつぐんだ。それまでの威勢がどこへ行ったのか、急に腰が引けた様子でじりじりと後退る。

 その瞳には明らかに、怯えの色が見られた。


「もう一度いう。出ていけ」

「けッ……いわれなくとも出ていってやらぁ。こんなシケた店、二度と来るかよ」


 そんな捨て台詞を残して、ガレンスキーはリテリア達のテーブルに置いたジョッキをひったくる様な勢いで去っていった。

 それまで半ば興味本位で眺めていた様子の他の客達も、騒ぎが収まったと見たのか、再び自分達の食事に目線を返す様になった。

 ミルネッティの震えはまだ止まっていないものの、その表情には安堵の色が浮かんでいる。

 リテリアも内心では相当な恐怖を感じていたが、ミルネッティが落ち着いた様子を見せた為、こちらもひと安心。そして改めて、助け船を入れてくれた男性に頭を下げた。


「ありがとうございました。正直、一時はどうなることかと……」

「いえいえ、ご立派な態度でしたよ。見てて、すかっとしました」


 若い万職の男は、レオ・シュヴァルツァーと名乗った。何と、正銅級の剣戦士なのだという。

 もしかするとガレンスキーはレオが何者なのかを知った上で、その実力に尻込みして逃げていったのかも知れない。


「あの……もし良かったら、ご一緒にどうですか? 折角こうしてお近づきになれましたし、先程の御礼もさせて頂きたいので」

「おや、別にお気になさらずとも結構ですのに……ですがまぁ、折角ですので、有り難くご招待に与るとしましょうか」


 若干申し訳無さそうな笑みを浮かべて頭を掻いたレオだったが、カウンター席に一旦戻って、自身のジョッキを手にしていた。料理の皿は店員に託して、トレイで運んで貰う様だ。

 その隙にアネッサが、妙に嬉しそうな顔でそっと耳打ちしてきた。


「リテリア……いつの間に、そんなにナンパ上手になってたのよ」

「ちょ……ちょっと、変なこといわないでよ。助けて頂いたんだから、御礼ぐらいするのが当然でしょ?」


 こそこそといい合うふたりの姿が可笑しかったのか、ここで漸くミルネッティが、ほんの僅かながら明るい表情を浮かべる様になっていた。

 彼女に何とか笑顔が戻ったと幾分ほっとしたリテリアだったが、あのガレンスキーなる男がシェルバー大魔宮周辺に居座っているという事実は、常に頭の片隅に入れておくべきだろうとも考えた。

 もしかすると、今回の大魔宮突入に際して何らかの障害となって立ちはだかることになるかも知れない。

 尤もそれは、上手く突入出来れば、の話であったが。


「では改めて……宜しく、皆さん」


 レオがジョッキと料理皿を移動させてきて、空いている椅子に腰を下ろした。

 ガレンスキーの様な嫌な奴も居れば、レオの様な紳士も居る。同じ万職でも多種多様だなと、リテリアは不思議な思いだった。

 が、よくよく考えれば、それは貴族も騎士も、同じ様な話だった。

 嫌な騎士の筆頭といえば、今日初めてその存在を知ったグラナドルであろう。

 一体どうすれば、あの男の鼻を明かして大魔宮への突入の活路を見出せるのか。

 まだ何ひとつとして、問題は解決していなかった。

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