第34話

 エヴェレウス王国辺境の都市クルアドーを出立してから数日後。


「ここから先は、街道を外れて南進します」


 護衛小隊を率いるプリエスが、鞍上で肩を並べるソウルケイジに面を向けた。ソウルケイジは馬を降り、荷解きを始める。

 他の面々も同様に草生えの生い茂る地面へと降り立った。これ以降の進行ルートは平坦地が少ない為、馬での移動には適さない。よって、ここからは徒歩での進行となる。

 馬は、街道上の一時預かり用厩舎で面倒を見ることになる。その世話係には、護衛小隊副長チャンドラー以下数名の第二騎士団員が受け持つ。


「いよいよ、本格的な冒険って感じですね」


 特級聖癒士として王都での生活が長く、治癒術を行使するのも騎士団に同行しての軍事作戦が主だったリテリアにとっては、野外や地下魔宮を自力で歩いての行動は今回が初であった。

 万職のソウルケイジやアネッサ、ミルネッティにとっては当たり前の行動でも、リテリアにはこれから先に起こることは或る意味、全てが未体験となる。

 不安と緊張も当然あるにはあるが、それ以上に奇妙な高揚感と期待感で胸が膨らむ思いだった。


「では手筈通り、斥候は光金級殿に。隊列の先頭は私が引き受けます」


 プリエスの宣言を受けて、まずソウルケイジがほとんど一瞬で深く生い茂る樹々の向こうへと消えていった。不思議と、葉や枝が擦れる様な音は全くしなかった。

 続いてプリエスを先頭に置く隊列が険しい森の中へと踏み込んでゆく。

 リテリアは隊列の中央、アネッサとミルネッティに前後を守られる形で足を踏み出した。


(前と後ろは守って貰っているから、警戒すべきは横撃による奇襲……)


 プリエスから指示された通りに、定期的に左右へと視線を走らせる。聞こえてくるのは鳥や虫の鳴き声、或いは風に吹かれて擦れ合う樹々の枝葉の音ばかりだが、その中に僅かにでも異なる気配を感じたら、その時点で仲間に知らせなければならない。

 勿論、訓練された斥候兵ではないから、全てを完璧に感知することは不可能だが、こうして警戒している仕草を見せるだけでも、魔性亜人などそこそこの知能を持つ敵に対して牽制する意味合いはあった。


(緑小鬼ぐらいなら、相手になるかな……)


 クルアドーで過ごした数日、そして街道からの分帰路に至るまでの道中、リテリアはソウルケイジから戦闘技法についての手ほどきを受けていた。

 いきなり剣術や棒術などの肉弾戦は不可能だが、霊素を駆使した戦闘技法ならすぐに習得可能だという話であった。しかし霊素を戦闘用に転換する技法などは、リテリアは知識としては頭に入っているものの、具体的な発動方法は全く知らなかった。

 それもこれも、従来カレアナ聖導会では戦闘技法習得が禁じられていた為である。

 本来であれば一度カレアナ聖導会シンフェニアポリス本部に引き返してそれらの技法を正式に学ぶのが筋だろうが、今回は例外的にソウルケイジから全てを学ぶことにした。

 そうして、最初に学んだの聖気弾と呼ばれる戦闘技法だった。霊素を一種の弾丸として射出し、標的に打撃を与える攻撃法術だった。

 リテリアは今回初めて知ったことだが、霊素を用いる戦闘技法には攻撃だけではなく、防御に特化したものもあるらしい。しかしソウルケイジは攻撃用の戦闘技法習得を優先した。

 攻撃は最大の防御という発想に加え、リテリアに攻撃能力があるということを敵性存在が認識すれば、迂闊に近寄ってこれなくなるだろうという理由からだそうだ。


(確かに、一理ありますね)


 守り一辺倒のスタイルならば、敵に舐められる可能性が高い。しかし痛手を被る攻撃法術を持った相手となると、敵もそれなりに警戒する筈だ。

 その一方で、ソウルケイジからは極力前に出るなと釘を刺されている。聖気弾を用いるのは余程に追い詰められた場合か、直接敵の攻撃がリテリアに向けられた状況に絞れとの忠告を受けていた。


(まぁ……まだ習いたてで、経験も少ないからなんだろうけど……)


 そんなことを思いながら歩を進めていると、一瞬だけ、右手の方角で堅い破裂音を連想させる響きが聞こえた気がした。

 何かが小枝を踏んだ様な音だった。

 リテリアはすぐさま、列の後方に続いているミルネッティに振り向いた。どうやらミルネッティも、問題の音に気が付いていたらしく、その端正な面には緊張の色が浮かんでいた。

 音の主は、低い草木の向こう側から姿を見せる様子が無い。ということは、こちらを警戒している可能性が高い。それが何者であれ、今の段階では少なくとも友好的な意思を持っていないと考えるべきだ。

 先頭を行くプリエスも謎の気配に気づいたらしく、足を止めて抜刀した。

 アネッサも戦棍を構えたが、背後からの奇襲に備えて左手方向に視線を走らせている。

 その直後、黒くて大きな何かが弾丸の様な勢いで突進してきた。

 リテリアは咄嗟に真横にステップを踏みながら、差し出した右掌に意識を集中させた。頭の中で、霊素の塊が飛び出してゆく様を思い描く。

 霊素も魔素も、その力を行使する際に最も重要なのはイメージだ。それも具体的であればあるほど、発動する術はより正確に、強固に、確実性を持って術者の意図を再現する。

 そしてその瞬間、リテリアの右掌から拳大の青い光球が射出され、突進してきた物体に斜め前からの位置でクリーンヒットした。

 結果的にカウンターとなってリテリアの聖気弾を叩き込まれた黒い物体は、勢い余って派手に地面を滑っていったが、そのまま動かなくなった。


「……大牙黒猪、だね」


 丁度自身の視界の先で敵が昏倒する形となったアネッサが、突進物の正体をすぐに見抜いた。

 魔性闇獣の一種で、通常動物の猪とは姿形こそ似ているものの、全く別種の怪物なのだという。


「凄いね、リテリア……今の、初めて敵に向かって撃ったんだよね」


 ミルネッティが心底驚いた様子で、昏倒した大牙黒猪とリテリアを交互に眺めた。とても初心者とは思えないといわんばかりの表情だった。


「ソウルケイジ様に、特訓して頂きましたから」


 リテリアは、はにかんだ笑みを浮かべた。

 高速で動く標的に対して正確に命中させる訓練を、ソウルケイジが的役となって何度も繰り返した。

 指導役に攻撃を当てるなどは不敬だと困惑したリテリアだったが、ソウルケイジ曰く、


「お前程度の霊素では痣にもならん」


 と軽く一蹴された為、全力で訓練に打ち込むことが出来た。

 その成果が今、形となって現れた。


(やりましたよ、師匠)


 リテリアは、跳び上がってしまいそうな己を抑えて自制した。

 物事が成功した時こそ、冷静になれというのがソウルケイジの教えだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る