第29話

 エヴェレウス王国辺境の都市クルアドーは、王都シンフェニアポリスを中心とする王家直轄領の最東端に位置している。これより更に東側は、どの国にも属さない五つの巨大湖が群れを為しており、その合間を縫って複雑に国境線が行き交っている。

 エヴェレウス王国に於ける王都の位置は、他国と比べると少々特殊だ。

 通常であれば王都は最も肥沃で、且つ水源にも近く、交通の要所となる場所に設けられるのが一般的というのがこの世界の常識だが、シンフェニアポリスはその基準からは少々外れる。

 王国の封建制を維持する各貴族の所領は王国領土の北西から南西を経て南部、南東部へと広がっている。

 これに対し王都シンフェニアポリスを中心とする王家直轄領は王国北東部一帯から成る。これはひとえに、五つの巨大湖が貴族領と接することを拒んだ、建国当時の王家の決断によるものだった。

 五つの巨大湖は水上交通が盛んであり、そこに面する領地はいわば玄関口ともいえる。建国当時の王家は、極端に東に寄った位置ながら、五つの巨大湖と接する利点を最優先したのであろう。

 その結果として、辺境の都市クルアドーは五つの巨大湖のひとつと程近い位置にあり、幾つもの港町を衛星街として従える立場にあった。

 即ち、クルアドーは王家直轄領最東端の要衝ともいうべき街なのである。

 それだけに、クルアドーを訪れるひとの数は他の辺境都市と比べても桁違いに多く、結果としてこの街に置かれている万職相互組合の規模も、首都には及ばないものの、かなり大きな部類に入るといって良い。

 受付嬢アニエラは、その大規模な万職相互組合クルアドー支部の中でもトップクラスに人気の高い看板娘として、多くの万職を自身の担当として受け持っていた。

 彼女は連日の様に大勢の万職の訪問を受け、様々な事務や窓口業務、依頼斡旋の為の調査など、多岐に亘って活躍している。

 まだ年若い娘のアニエラだが、その勤勉な働きぶりは大いに評判となっており、その面倒見の良さもあって、彼女を慕う男衆の数は底知れなかった。

 しかしながら彼女はここ最近、落ち着きが無い。落ち着きようが無かった。

 というのも、近々ソウルケイジがクルアドーに顔を出すという情報が飛び込んできて、アニエラの理性を大いに掻き乱していたからである。


(嬉しい……マジで超嬉しい! ソウルケイジさんに、また会えるんだわ……!)


 過日、ソウルケイジが王都で光金級に昇格したという瓦版を目にした時には、跳び上がる程の勢いで喜んだアニエラ。

 最早雲の上の存在とすら呼んで良い域に達しつつあるあの男が、再びここに帰ってくる。

 もうそれだけで心臓が高鳴り、あれやこれやと変な妄想が止まらない時もあった。

 そうしてソウルケイジとの再会を想像する余り、時々集中力が欠如する始末だったが、それでも他の職員や万職の常連達から文句も不平も出て来ないのは、彼女のこれまでの信用が大いに物をいっている。

 まあちょっとぐらい浮かれているだけなら大目に見てあげようという空気感が、相互組合の内外に出来上がっていた。

 そのアニエラの元に、駆け出しの三人組――剣戦士のホレイス、槍戦士のイオ、魔法術士のジェイドが揃って顔を見せた。

 三人はいつもの様に受付カウンターで依頼完了の報告をしながら、心底嬉しそうな表情で、アネッサが帰ってくるという意味の台詞を異口同音で並べていた。


「それは良かったですね! もう、王都での所用というのは片付いたんでしょうか」

「うん、それは滞りなく……でももっと凄いのは、あのソウルケイジと一緒に帰ってくるってことなんだ」


 ホレイスが自慢げに胸を張った。別にそれ自体はホレイスの誉れでもなければ功績でもない。しかし、自分達の仲間が光金級のお供をしているというその事実が、若い彼らの自尊心を刺激しているに違いない。

 その気持ちは、アニエラも十分に理解出来た。

 ソウルケイジの実力と実績は、飽くまで彼自身のものだ。

 それでもアニエラが鼻高々なのは、例え一時でも現光金級の凄腕万職を担当したことがあるというレアな経験が、彼女の自慢になっているからに他ならなかった。


「なぁ、ソウルケイジが帰ってくるなら、盛大に宴でもやった方が良いかな?」


 ホレイス達と笑顔を交わしていたところへ、支部長のケルディンが横合いから口を挟んできた。

 ソウルケイジは別段、クルアドー出身という訳でもない。が、彼が万職の低級位時代に活動拠点としていた都市という意味では、大いに値打ちがある様にも思える。

 そのケルディンの提案に対し、ホレイスやイオは賛同したが、アニエラはそれはどうだろうと小首を捻った。ソウルケイジのあの性格では、宴を開いても喜んでくれるとは思えなかった。


「個人レベルでこじんまりとしたささやかな食事会、ぐらいにしておいた方が良いんじゃないでしょうか。彼絶対、大規模なのには興味無いと思います」

「う~ん、それもそうか……」


 アニエラの意見を受けて、ケルディンは腕を組んだ。いわれてみればその通りだと、何やらぶつぶつ呟いている。

 一方アニエラ、したり顔で胸を反らせた。


(ほら見て見て! 私、ソウルケイジさんのこと誰よりも分かってるんだから!)


 物凄いお手柄気分だった。

 そうして意気高揚な日々が更に二日程続いた後、ソウルケイジを含む一行がクルアドーに到着。

 張り切って出迎えの第一声を送ろうと考えていたアニエラだったが、ソウルケイジが相互組合のエントランス兼ロビーに姿を見せた瞬間、思わず表情が凝り固まってしまった。


(え……ど、どどどどどどどういうこと?)


 ソウルケイジの左右には、アネッサ以外に見知らぬ美女がふたり。


(え、嘘……めっちゃハーレム状態?)


 厳密にいえば、ハーレムではない。事前に連絡を受けていた通り、王立第二騎士団から派遣された護衛小隊の面々は大半が男性騎士だ。

 しかし、そんな連中はアニエラの眼中には無かった。

 アネッサが紹介した特級聖癒士のリテリア嬢と、護衛小隊長のプリエス女史の垢抜けた美しさが、余りにも眩しかった。

 と同時にアニエラは、ここ数日の高揚感から一気に奈落の底へと叩き落とされた様な敗北感を覚えた。


(あぁ……そりゃそうだよね。今をときめく光金級の英雄だもんね。そりゃ美女のひとりやふたり、侍らせてて当然だよね……)


 すっかり打ちのめされたアニエラだったが、ソウルケイジが無表情でも一応挨拶してくれたから、取り敢えず少しだけ気分を持ち直した。

 まだまだ前途多難だな、などと内心で溜息を漏らしたアニエラ。何に対しての話だ、と誰かに突っ込まれたらどう答えるべきかなどとは、微塵にも考えていなかった。

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