第27話
アネッサとソフィアンナは、今まで座ったことも無いであろう豪奢なソファーに腰を下ろしたまま、もじもじと落ち着かない様子で視線を漂わせたり、座る位置を僅かにずらしてみたり、膝の上に置いた手を組み替えてみたりなどして、懸命に気を紛らわせようとしている様子だった。
対するリテリアは、そんなふたりを気の毒そうに眺めつつ苦笑を滲ませている。
(そりゃ、緊張もするよね……)
精一杯のおめかしでエヴェレウス王宮へと足を運んだ三人。
リテリアは自身の冤罪に対する国家としての謝罪を受け、同時に補償手続きを進める為に王宮に招かれた訳だが、アネッサとソフィアンナはリテリアが心配だからということで、付添人として同伴していた。
が、アネッサにしてもソフィアンナにしても、過去には王宮の玄関口付近までしか足を踏み入れた経験が無かったらしく、王家と直接顔を合わせる為の高級応接室に通されたのは想定外だったに違いない。
正直なところをいえば、リテリアも幾分緊張している。
過去に特級聖癒士として何度か王宮の奥深いところまで足を踏み入れたことはあるものの、客人として招かれた記憶はただの一度も無かったからだ。
(でも……このひとは相変わらずね)
リテリアは、壁に掛けられている巨大な風景画の前に立ってじっと凝視しているソウルケイジに、呆れと感心が入り混じった視線を投げかけた。
ソウルケイジにはそもそも、緊張するという感覚が欠如しているのかも知れない。
先程、王家からの正式謝罪を受ける場に同伴した際も、ソウルケイジは堂々と佇んでいた。
そもそもエヴェレウス王国の身分法によれば、光金級万職はその圧倒的戦闘能力を鑑みて、他国の支配階級と同等の身分が認められている。つまり、エヴェレウス王家とソウルケイジの立場は対等と見做される訳だ。
それ故、ソウルケイジがエヴェレウス王家に対して臣下の礼を執る必要は無く、お互いに主客の挨拶を交わす程度で良いことになっている。
実際、正式謝罪の場や補償手続きの進行の際にも、ソウルケイジは同席した王太子アーサーや第二王子クロルドに対し、簡単な挨拶の口上を述べて会釈を送る程度に留めていた。
その余りに堂々とした態度に、寧ろアネッサやソフィアンナの方が変におろおろしていたのだが、本人はまるでどこ吹く風だった。
(それにしても光金級かぁ……やっぱり、凄いひとなんだ)
そんなことをぼんやりと考えていると、室内装飾に負けないぐらいに豪奢な造りの扉がノックされ、次いで何人もの侍女や王家付従者が入室し、その後に続いてアーサーとクロルドが姿を見せた。
先程までは王家の公式衣装を纏っていたふたりだが、今はいずれも簡易軽装に着替えている。これからこのふたりがリテリア達と顔を合わせる目的は、王家としては準公式面会という扱いになっているのだろう。
リテリア、ソフィアンナ、アネッサの三人は立ち上がって、作法に則っての挨拶を送る。一方のソウルケイジは面だけをふたりの王族に向けて軽い会釈を見せたのみであった。
「先程までは色々気を遣って貰ったけど、ここからは気楽に行こう」
とは、アーサーの弁。その端正な顔立ちに浮かぶ穏やかな笑みに、ソフィアンナとアネッサは幾分見惚れている様子だった。
「では、早速始めさせて頂こう。ティオル、地図を」
クロルドが命じると、彼とさして年が変わらぬ若い執事が、手にしていた大きな地図を応接卓上に手早く広げた。
そこにはエヴェレウス王国の支配圏と、その周辺諸国が含まれた絵図が描かれていた。五つの湖が複数の国家の境界線上に跨り、この地域がいささか複雑な情勢にあることを暗黙のうちに物語っている。
「このシェルバー大魔宮が、貴殿らが向かおうとしている地下魔宮で間違いありませんか?」
「間違い無い」
地図上の一点を指差したアーサーに、ソウルケイジは短く応じた。
このシェルバー大魔宮はその危険度の高さから現在、エヴェレウス王家の管理下に置かれている。その為、突入に際しては王家の許可が必要だった。
「承知致しました。では、これを」
アーサーが目配せすると、クロルドがティオルから一枚の文書を受け取り、それをリテリアに手渡した。王家の印が押された突入許可証であった。
リテリアは臣下の礼を以て感謝の意を示した。そんなリテリアに、アーサーは優しく微笑む。
「貴女の大切なご友人の人生に、再び光が示されることを祈っています……レンダル卿、彼を」
いつの間に、そこに居たのか。
アーサーが扉の脇に佇んでいた近衛騎士団副長レンダルに視線を向けると、レンダルは一礼してからひとりの男を室内に招き入れた。
右脚の膝から先が失われているその姿に、リテリアは思わず唇を噛み締めた。
一方、アネッサは初対面だったらしく、丁寧に頭を下げて挨拶の口上を述べた。その人物――アルゼンは右脚が無い為、近衛騎士への復職は叶っていないものの、その身に課せられていた罪状は全て取り消されていた。
が、その表情はどこかぎこちない。それもそうだろう。リテリアにしてみれば、あの薄暗い地下牢で顔を合わせて以来だ。お互い気まずくなるのも、無理からぬ話であった。
しかしクロルドは敢えてそんな空気を無視したのか、表情を然程変えずに、アルゼンに席を勧めた。
「バルトス卿にも確認しておく必要があるから、この場にお越し頂きました……バルトス卿、光金級殿が仰る生体義足による身体復旧を受け入れる意思はあるか?」
クロルドの言葉の後半は、アルゼンに向けられたものだった。アルゼンは臣下の礼を執りつつ、是非お願いしますと頭を下げる。
ここで初めてソウルケイジが、応接卓付近にまで歩を寄せてきた。
「生体義足移植による身体能力復旧では、従前の凡そ95パーセントまでの回復に留まる。近衛騎士の任務に差し障りが出ないという保証は無い」
その説明にアルゼンは、それでも構わないと頷き返した。
この時、リテリアはアルゼンの瞳をじっと見つめていた。アルゼンもリテリアに視線を返す。クロルドやソウルケイジに対しては緊張一色だったその瞳が、リテリアの目線と絡み合ったその瞬間だけは柔らかな色を湛えていた。
アルゼン様は、許してくれたんだ――リテリアは嬉しさの余り、涙ぐみそうになるのを必死に堪えた。
あの地下牢でのやり取りが、不意に脳裏に浮かんだ。だが、それも一瞬のことだった。もうあの時の様な悲しい思いをさせたくはない。その為にも、絶対に生体義足なるものを持ち帰る。
リテリアの胸中に、これまでには感じたことの無かった強い炎の如き意志が宿った。
「シェルバー大魔宮はかつてはフォートシェルバートン空軍基地の対外星体防衛システム導入地下シェルターとして運用されていた。内部には外星体攻撃兵器に対抗する為の防衛システムが今も稼働している可能性が高い。その最たるものが魔素改造生物兵器陣。簡単にいえば魔性闇獣と凶獣だ。それ以外にもこの世界でいわれる魔法式自動罠と呼ばれる類が数多く機能している」
ソウルケイジの説明は相変わらず、リテリアには理解不能だったが、ひとつだけいえるのは、この地下魔宮が恐ろしい場所だということであろう。
だからこそ、王家が直接管理していたのだ。
ここから先は、腹を括って挑まなければならない。
リテリアは我知らず、拳を強く握り締めていた。
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