希望への旅路

第26話

 万職相互組合シンフェニアポリス本部のエントランス兼ロビーには、休憩や待ち合わせの為のテーブルやソファーが幾つも用意されている。

 リテリア、ソフィアンナ、アネッサ、クライトン院長の四人は壁際に設置されたテーブルソファーセットの一角に陣取り、緊張した面持ちで王宮からの連絡を待ち続けていた。

 ソウルケイジはというと、その四人から離れて依頼掲示板に目を通している。周辺には声をかけたそうにしている若い万職達が何とか切っ掛けを掴もうとしている様だが、ソウルケイジの放つ近寄り難い雰囲気に呑まれているのか、困り切った色を浮かべていた。

 が、しばらくしてソウルケイジが巨大な木製の玄関扉方向に視線を飛ばした。同時に、扉がゆっくりと開け放たれ、高位貴族の正装に身を包んだ数人の男が姿を見せた。

 近衛騎士副長レンダル、王立第四騎士団長オーウェル、宮廷魔法術士ラルバの三人と、彼らに付き従う従者達だった。彼らはリテリア達が待つテーブルソファーへと一直線に歩み寄ってゆく。

 リテリア達も一斉に立ち上がり、硬い表情で来訪者達の言葉を待った。自然と、周囲にも緊張の空気が漂い始める。受付カウンターの向こうからは、職員や受付嬢らの視線が幾つも飛び交って来た。

 そんな中、まずレンダルがラルバから受け取った巻物を広げ、渋い声音で読み上げた。


「リテリア・ローデルク殿。本日王国政府の決定により、貴殿に課せられていた一切の罪状を解除し、前科も無きものとする。尚、正式な謝罪及び補償は後日改めて通達する。以上」


 その瞬間、相互組合内の全てのひとびとが歓喜に沸いた。

 リテリアはソフィアンナ、アネッサと抱き合いながら喜びの花を咲かせ、周囲の万職達は大声で囃し立てながら拍手を贈った。

 職員や受付嬢達もまるで我が事の様に喜び合っている。

 今回の事件でリテリアにかけられていた国家反逆罪容疑は全て不問となり、特級聖癒士への復帰も認められることとなった。

 逆にメディスは聖女の地位が剥奪され、辺境の修道院へ終身追放の刑に処された。リテリアを直接陥れたラクテリオ家の騎士アルベルト・セルデランは騎士資格剥奪の上で極刑となり、その首は三日三晩、エヴェレウス王国王都シンフェニアポリスの王宮南部大広場に晒されることとなった。

 勿論メディスを聖女として捻じ込んだラクテリオ家も無罪では済まされないものの、王国発展に貢献してきた過去の功績から家門の取り潰しは免れた。

 但し、六大公爵家内での序列は現在の二位から、最下位へと落とされた。王家が現時点で出来る最大限の処罰であろう。

 これで全てが丸く収まったという訳では無いが、ひとまず大きな危機は去ったといって良い。

 そうして歓喜の声がそこかしこで飛び交う中、不意にオーウェルが両膝を床について、頭を垂れた。


「ローデルク嬢……この度は誠に申し訳無かった。このオーウェル、己れの不明をただただ恥じ入るばかりである……!」


 必然的に、場の空気が微妙に静まった。

 アネッサとソフィアンナはどうしたものかと顔を見合わせたが、リテリアはそんなオーウェルの前にそっと腰を下ろしてしゃがみ込み、その大きな手を取ってかぶりを振った。


「私のことより、亡くなられた騎士の皆様の御家族に、十分なケアとお見舞いをお願いします。私が義務を果たしさえしていれば、あの方々が命を落とすことも無かったのですから……」


 リテリアの神妙な面持ちに、オーウェルは再度、深々と頭を下げた。

 彼らの遺族には必ずや恩義で報いる、と若干の涙声で答えたオーウェル。

 これで十分だ。

 リテリアはもう、それ以上は何もいうつもりは無かった。

 すると今度は、レンダルがオーウェルの傍らに立って申し訳無さそうに頭を下げた。


「誤解だったとはいえ、我々はアルゼンに取り返しのつかぬことをしてしまった……ローデルク嬢、貴女にも大変な御心痛をかけることになってしまい、誠に申し訳無く思う」


 レンダルの面は後悔と、申し訳無さの感情とが複雑に入り混じっている。

 恐らく、何故あんなに早まったことをしてしまったのかと、今更ながら悔いているのだろう。

 しかし如何に聖癒士の治療術であろうとも、欠損した部位を元に戻すことは出来ない。聖癒士が出来るのは、傷口の癒着と失われた体力、血液の回復や異常状態からの回復であって、失われた部位を再生させることは不可能だった。

 こればかりは、最早どうにもならない。

 リテリアは苦しげな表情で項垂れるレンダルに、かけるべき言葉が見つからなかった。


◆ ◇ ◆


 その様子を何ともいえぬ表情で眺めていたアネッサは、いたたまれない気分になって、ソウルケイジの傍らに歩を寄せていった。


「何か……ああいうのって、辛いよね……っていうかソウルケイジなら、何か方法知ってるんじゃない?」

「生体義足を移植すれば良いだけの話だ」


 ソウルケイジが余りに自然な口調で応じた為、最初はアネッサもふぅんと聞き流しそうになった。が、すぐにその言葉の重大性に気付き、思わず声が裏返ってしまった。


「え……えぇぇぇ! あ、あるの? その、アルゼンさんの脚を何とかする方法、あるの?」


 その素っ頓狂な声に、エントランス兼ロビーに居るひとびとの全ての注目がアネッサに集中した。

 中でもとりわけ、リテリアとレンダルは驚きと同時に、縋る様な色がその面に張り付いている。

 そんな周囲の反応に対し、ソウルケイジは相変わらず無表情で、淡々とした調子で静かに応じた。


「フォートシェルバートン空軍基地の地下シェルターにスペアが保管されていた筈だ」

「え、えぇと……フォート何とかって、何? どこかの施設?」


 要領が得られないアネッサは、頭の中に幾つもの疑問符を浮かべながら訊き返した。

 ソウルケイジは受付カウンター上から一枚の地図を取り出し、リテリア達が陣取っているテーブル上に広げてみせた。


「ここにある。今風にいえば、地下魔宮という扱いになっている箇所だ」


 ソウルケイジが指差したその位置には、シェルバー大魔宮という文字が記されている。レンダルは、本当ですかと半ば食い気味に訊き返してきた。

 アネッサには、生体義足なるものがどういった存在なのか、まるで分からない。

 しかし、あのソウルケイジが教えてくれたのだ。

 これは間違い無く、希望が持てると確信出来るだろう。

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