第23話

 鉛色の雲が、天を覆い尽くしていた。

 生ぬるい風が時折、ひとびとの頬を撫でてゆく。今にも雨が降り出しそうな気配だ。

 エヴェレウス王国王都シンフェニアポリスの王宮南部大広場。その中央に、木造の処刑舞台が組み上げられていた。

 衛兵や騎士が規制線を張る中、大勢の市民が同広場に詰め掛けている。

 この日、国家反逆罪に問われた元特級聖癒士の斬首刑が執り行われる運びとなっていた。

 その通達を見た王都民らが、かつてあれ程の名声を誇った人物の最期が如何なるものなのかを一目見ようと、朝早くから押し寄せていたのである。

 既に処刑人は斬首用の巨大な剣斧を携えて舞台上に佇み、罪人の到着を待っている。

 そして舞台の脇には、見届け人として幾つもの高貴な姿が並んでいた。中央には第二王子クロルドが仁王立ちとなっており、その左右には各騎士団の長、宮廷魔法術士、内政大臣、そして暁の聖女メディスの姿などが見られた。

 やがて、人垣の一部からざわめきや怒号が響き渡った。罪人が、数名の役人と警護の騎士に伴われて、死者の通路へと引きずり出されてきたのである。

 死刑囚――リテリアは両手両足を鎖と枷で戒められ、ボロボロの汚れた囚人服を纏って、ゆっくりと処刑舞台へと歩を刻まされていた。

 リテリアの瞳には、光が無かった。

 意識はある。自力で歩いてもいる。しかしその表情にはもう、人間らしさは欠片にも見ることが出来ない。

 全てに絶望していた。自分の所為で多くのひとの命が失われた。

 その罪悪感と後悔が彼女の理性を、完膚無きまでに叩き潰していたともいえる。

 もう少しで処刑舞台に辿り着こうというところで、群衆の中に見慣れた顔が見えた。

 アネッサ、ソフィアンナ、クライトン院長、かつての同僚達、孤児院で共に育った子供達、街で優しくしてくれたひとびと、そして、アルゼン。

 どの顔も暗く沈んでいた。当然だ。全部、自分が悪いのだ。自分が彼ら彼女らの人生に、大きな汚点を残してしまったのだ。

 しかし、それももう間も無く終わる。

 あの処刑舞台で、処刑人が振り上げる剣斧で、この細い首を斬り落とされれば何もかもが決着する。

 短い人生だった。最後には数多くの悔いを残す結果となったが、少なくともそれ以前は楽しく、幸せで、充実した毎日だったと思う。

 たくさんの命を救うことも出来た。せめてそれだけは、誇りとして胸に抱き、最期を迎えたい。

 やがてリテリアは処刑舞台前に到達した。

 そこで内政大臣のひとりが進み出て、巻物を広げた。彼はリテリアの罪状を朗々と読み上げ、その締めとして極刑に至った旨を宣告する。

 その直後、群衆から一斉にどよめきが湧き起こった。

 矢張り、元特級聖癒士は処刑されなければならないのかという驚きに似た感情のうねりが、広場全体を大きく包み込んだ。

 この時、リテリアは見届け人が立つ木枠に視線を流した。

 クロルドは一瞬、忌々しげな色を浮かべたが、しかしすぐに表情を引き締めた。逆に第四騎士団長オーウェルは今か今かと待ち遠しい様子。

 そしてメディスは、野蛮な血の海の惨劇は性に合わぬという仕草を見せているものの、その瞳には明らかに喜色が宿っている様に見えた。

 今ここで、昨晩メディスが語った真相を声高に訴えれば、どうにかなるだろうか。

 否、そんなことはやるだけ無駄だ。罪人の言葉など、誰が信じるだろう。彼らが望んでいるのは事実などではなく、王国にとって都合の良い真実だけなのだ。

 最早、考えるだけ無駄であった。


「死刑囚リテリア・ローデルク。舞台上へ」


 先程罪状を読み上げた内政大臣が、幾分おっかなびっくりの腰が引けた様子で呼びかけてきた。

 リテリアは抵抗する素振りも見せず、ゆっくりと木製の階段を上ってゆく。

 そして、舞台の中央まできてぐるりと広場全体を見渡した。

 誰もが非道な大罪人の死を願っているのだろう――そんな思いで茫漠とひとびとの顔を眺めていると、一カ所だけ妙な光景が視界に飛び込んできた。

 2メートルを超える黒衣の巨漢が、棒状の何かを携えて死者の通路を我が物顔で歩いてくるのが見えた。まるで無人の野を行くが如く、一切の迷いが無い歩調だった。

 その姿を認めた瞬間、リテリアの脳裏に何者かの声が呼びかけてきた。


『お前の隣りに居る敵を排除する』


 何なのだろう、この声は。深みのある男性の声だが、リテリアにはまるで聞き覚えが無かった。


『場合によってはレーザーガトリングを掃射する。俺の指示があるまで頭を上げるな』


 何をいっているのか全く分からない。ただひとついえるのは、この声は直接心に響いている。つまり、これは魔法術士による念話法術と同じ原理なのだろう。

 その声がどこから投げかけられているのか、リテリアは直感的に理解した。

 あの、黒衣の巨漢だ。

 彼は尚も近づいてくる。その姿が規制線に到達したところで、近くにいた警備兵と騎士が慌てて静止にかかろうとしていた。

 その一方で、舞台上に跪いたリテリアの頭上に、処刑人が剣斧を振り上げる。

 そしてその瞬間、何かが炸裂するかの様な爆発音とも破裂音ともつかぬ轟音が、広場の澱んだ空気を震撼させた。

 何が、起きたのか。

 群衆は悲鳴を上げて、大半がその場にしゃがみ込んだ。逆に騎士や警備兵らは中腰になりつつも、得物を鞘から引き抜いて謎の事態に対処しようとしていた。

 そんな中、リテリアは舞台上、目の前に落ちてきた剣斧を驚きの表情で見つめた。分厚い刃が、中央付近であり得ない形に折れ曲がっていた。

 こんなことが、起こり得るのか。

 戸惑うリテリアの脳裏で、あの声がまたもや響いた。


『ソウルケイジAG13SⅡ型、特異星殿リテリア・ローデルクの保護を開始する』

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