第24話
耳を劈く炸裂音は更に2発、3発、4発と連続し、最終的には7発目まで鳴り続けた。
群衆は悲鳴と怒号にまみれているものの、逃げ出した者は半分にも満たない。
一方、処刑舞台脇の見届け人達は、警備兵や騎士達に守られながら慌てて後退してゆく。あの爆音が何によってもたらされているのかまでは分からない様子だったが、兎に角危険だという判断は働いたのだろう。
そしてリテリアは、処刑舞台上で頭を抱える様にして身を屈め、その場で全身を震わせていた。恐怖なのか、或いは緊張なのか。もしくは、その両方かも知れない。
ただ、謎の念話法術でソウルケイジだと名乗った男は、頭を下げてじっとしていろと命じてきた。リテリアは何が何だか分からないものの、あの声にだけは絶対に従うべきだと咄嗟に判断した。
やがて、気が付くと件の黒衣の巨漢の姿が処刑舞台上にあった。死者の通路を平然と歩いてきた時と全く同じ調子で、その男は何事も無かったかの如く無表情のまま、そこに佇んでいた。
その手には、黒い棒状の何かが握られている。途中から分岐して、剣やナイフの柄の様な形になっており、ソウルケイジはその分岐箇所を握り締めていた。
そして棒状物の先端には、穴が空いている。この穴から、白い煙が薄く立ち昇っていた。
リテリアは、その黒衣の男が凝視する先を目で追った。そして、喉の奥で悲鳴をあげそうになった。
つい先程まで、自分の首を斬り落とそうとしていた筈の処刑人が、全身血まみれで舞台から数メートル離れた位置に仰臥していた。
「あ、貴方が……あのひとを……?」
「奴は人間ではない。敵性外星体が投入した対特異星殿攻撃用先遣兵だ。今は一時的に機能停止しているが、そのうち復活する。ここで奴を仕留める」
曰く、機能が停止している間は核も動いていない為、完全にとどめを刺すことが出来ないとの由。
リテリアには、何のことなのかまるで理解出来なかった。
「今の内にお前の身体能力を回復させておく」
ソウルケイジは僅かに左掌を動かし、リテリアの頭上にかざした。
すると、信じられないことが起きた。数日に亘る投獄生活で死人同然にまで衰弱していたリテリアの肉体が、完璧な程に正常な健康状態を取り戻したのである。
リテリアは、呆然と黒衣の巨漢を見上げた。
「そ、そんな……この、治癒術は、女性にしか、使えない筈なのでは……」
「霊素制御脳波は人間では女性特有だが、俺は魔素と霊素両方の全波形をデータベースに持っている」
何のことなのか、まるで分からない。
恐らくソウルケイジなる人物は、自分にも聖癒士と同じ治癒能力が使えるということをいっているのだろう。しかしその原理や方法に関しては、リテリアの理解は全く及ばなかった。
「その……御免なさい。私の頭では全く、分からないんですけど……」
「今から1500年程前、当時の暦では西暦2142年になるが、その年の夏に、アメリカ航空宇宙局が外宇宙から謎の信号を受信した。発信源は、オリオン座第十二銀河星団だった」
ソウルケイジは処刑人を注視したまま、突然意味不明な台詞を口にした。
リテリアは相変わらず、何が何だか分からない。が、ここは耳を傾けるべきだと考えて押し黙った。
「その信号を解析した結果、人類の脳波と結合することで新たな能力が開発出来ることが分かった。この信号を脳波に取り入れた者は、従来では見えなかったものが見える様になったからだ」
その、従来では見えなかったものというのが魔素と霊素だ、とソウルケイジはいう。
以後、人類はそれまで発展させてきた科学技術に加えて、魔法技術と聖法技術の開発にも成功し、所謂魔法や治癒術が完成したのだという。
だがここで、人類は道を踏み外した。
優秀な技術の発展は往々にして、あるひとつの分野に辿り着いてしまう。
「即ち、軍事転用だ」
当時の魔素学者達は、魔術と聖術を実験動物に組み入れることで、新たな生物兵器を誕生させた。その末裔が現在、この世界の各所に見られる魔性闇獣や凶獣、或いは龍血種と呼ばれる怪物共だ。
緑小鬼や醜豚人といった魔性亜人も、この生物兵器研究によって生み出された人造人間だというのだが、リテリアには今ひとつピンとこない。
「完璧に理解する必要は無い。俺はあいつが敵だということの説明の為に、便宜上話を進めているだけだ」
ソウルケイジは未だぴくりとも動かない血まみれの処刑人を指差した。
リテリアは、ごくりと息を呑んだ。
「信号の発信者は、それらの技術の軍事転用を望んでいなかったと考えられる。彼らは道を踏み外した人類を粛正する為に、独自の文明破壊兵器を送り込んできた」
そのうちのひとつが、先程ソウルケイジが血だるまにしたあの処刑人なのだという。
ソウルケイジは、敵が正体を現すまで待ち続けた。そして敵は遂に、リテリアを直接攻撃する位置に就くことが出来る存在、即ち処刑人に扮して行動を開始したということらしい。
「奴らは派遣主の意志に従い、極力人類には姿を見せない様に行動する義務を負う。その為、お前を直接攻撃する権限を与えられ、且つ確実に始末することが可能なポジションを探していたものと考えられる」
そこでソウルケイジは一旦、言葉を区切った。彼は左手に黒い刃の奇妙な剣を取り出し、軽く振った。すると次の瞬間には、リテリアの手足を戒めていた鎖と枷がものの見事に断ち切られ、粉砕された。
「俺の後ろに廻れ。そろそろ奴が動き出す」
そのひと言に、リテリアは慌ててソウルケイジの背中側へと廻った。
あれ程に絶望して死を受け入れていた筈なのに、強力な味方が現れた上に肉体が回復した今、リテリアは今一度生きたいと願った。
だからこそ、ソウルケイジの指示に従った。
このひとと一緒なら、絶望にまみれなくとも済むのではないかと思えた。
そして事実、この黒衣の巨漢はリテリアの生きる希望として、その広くて頑丈な背中を惜しげも無く披露してくれていた。
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