第17話

 辺境の都市クルアドーを出て数日。

 安価な乗合馬車を乗り継いで野営を繰り返し、万職アネッサ・ペルトンは漸くにして王都シンフェニアポリスへと辿り着いた。


(そういえば、ソウルケイジもここに来てるんだっけ……)


 街門前に伸びる検問手続きの列に並びながら、アネッサは久々に見る巨大な街壁を左右に眺めた。矢張り王都だけあって、その規模も強固さもクルアドーとは比較にならない。

 思い起こせば王都の万職相互組合で初めて登録証を受け取ったのは、今から丁度一年程前のことだった。

 それまではカレアナ聖導会シンフェニアポリス本部の聖癒士宿舎内で毎日を過ごし、当たり前の様に聖癒士としての訓練に明け暮れる生活だった。

 あの当時はそれ以外に人生というものが存在せず、聖癒士としての務めがアネッサの全てだった。

 しかし今は違う。

 聖導会を志願除名し、治癒法士を専門技課とする万職として、比較的自由な毎日を送っている。勿論、万職としての依頼は日々こなしているが、規律や戒律とはまるで無縁の世界だ。当初は余りに自由過ぎて逆に戸惑ったものだが、今ではこの生活こそが自身のライフスタイルによく合っているとさえ思う様になった。

 そんなことを考えているうちに、検問の順番が巡ってきた。アネッサは登録証を差し出し、訪問理由についての簡単な質疑応答に応じた。


「堅鉄級万職のアネッサさんね……検問は以上です。王都シンフェニアポリスにようこそ」


 検問を担当する衛兵に笑顔で見送られながら、アネッサは久々に訪れる王都の巨大な街並みを、懐かしい思いでしばし眺めた。

 が、感慨にふけるのもほんの十数秒程度だ。アネッサは両掌で己の頬を軽く叩き、気合を入れ直してから万職相互組合シンフェニアポリス本部を目指した。まずは滞在申請と、適当な依頼斡旋の申し入れだ。

 それが済んだら、次に行くべき場所がある。


(リテリア……大丈夫かな)


 アネッサは胸の奥に軽い疼きを覚えた。

 過日、彼女はクルアドーで発行される瓦版でとんでもない記事に触れた。現在、エヴェレウス王国で唯一の存在である筈の特級聖癒士が、国家反逆罪で指名手配されているというものだった。

 詳細はよく分からないが、敵前逃亡によって騎士団に甚大な被害をもたらしただけではなく、暁の聖女に危害を加えようとした罪が加わわったことで公爵家への不敬罪までが積み重なり、結果として国家への反逆に問われているのだという。

 しかしアネッサには、にわかには信じ難い話だった。


(あのリテリアがそんなこと、する筈無い!)


 きっと何かの間違いか、或いは謀略に巻き込まれたに違いない。アネッサはすぐに、王都行きを決めた。

 かつて下級聖癒士だった頃、アネッサは一向に上達しない己の技量に絶望感を覚えていた。そんな自分をいつも励まし、勇気づけてくれたのがリテリアだった。

 騎士団の任務に帯同した時には常に傍らに居てくれたし、魔性闇獣の奇襲を浴びた時には非力なアネッサを庇ってくれた。時には重傷を負い、危うく命を落としそうになった際にはリテリアが全力を注いで助けてくれたこともあった。

 あんなに優しく、いつも他人の生死ばかりを気にかけている女神の様な彼女が、犯罪に問われるなどあろう筈が無い。

 その想いが一気に募った瞬間、アネッサは同じ探索班の仲間達――ホレイス、イオ、ジェイドらに自らの決意を語り、一時的に抜けることを許して貰った。

 万職相互組合クルアドー支部の支部長ケルディンにも相談の上で、ここ王都にリテリアの行方を捜す拠点を据えることにした。


(リテリア……あたしなんかじゃ何の力にもなれないかも知れないけど、あたしに出来ることなら、何だってしてみせるから)


 アネッサには、実家の借金返済という使命がある。しかしそれを差し置いてでも、リテリアの役に立ちたい。その思いだけで彼女は、ここシンフェニアポリスへと帰ってきた。

 今度は自分が、恩を返す番だった。


◆ ◇ ◆


 万職相互組合で一連の手続きを終えたアネッサは、その足でカレアナ聖導会シンフェニアポリス本部へと直行した。

 今のアネッサは聖癒士ではない。その為、訪問はあくまでも部外者という立場になる。が、聖導会は救いを求める市民の為に本堂を開放しており、朝から夕刻まで毎日、自由に出入り可能となっている。

 聖導師や聖癒士は市民に求められれば諸々の相談に応じてくれるし、費用を支払えば聖癒士による治療を受けることだって可能だ。

 アネッサはいうなれば、お客の立場で聖導会を訪れれば良いだけの話である。後はかつての同僚らと旧交を温める可能性に賭けるだけだ。きっとそこで、リテリアに関する何らかの情報が得られるだろう。


(ここも一年前と、何も変わってないね)


 聖導会本堂の巨大な玄関口を見上げたアネッサは、思わず頬を緩めた。自分の勝手な都合で志願除名した立場上、余り堂々とするのも如何なものかとは思ったが、今はそんなことをいっていられる状況ではない。

 が、矢張り多少気合は必要だ。アネッサは腹の底に一瞬だけ力を込め、自分自身に頷いて足を踏み入れようとした。

 ところがその時、不意に横合いから聞き知った声が飛んできた。


「あら……もしかして、アネッサ?」


 振り向くと、そこに上級聖癒士のソフィアンナが、幾分驚いた様子で佇んでいた。

 アネッサも驚いたが、しかしこれはチャンスだとも思えた。幸運が、向こうから飛び込んできてくれた。


「やっほ! 久しぶりだね、ソフィー!」


 アネッサは小走りに近づき、ソフィアンナの両手を取って軽く跳ねた。ソフィアンナも久々に旧友の顔を見ることが出来て嬉しかったのか、ややぎこちないものの、一緒になって笑顔を咲かせてくれた。

 が、その華やかな感情も、すぐに落ち着いた色へと変化する。

 ソフィアンナは周囲に警戒の視線を走らせながら、アネッサの耳元にそっと顔を寄せた。


「もしかして……リテリアを助けに?」


 この瞬間、アネッサはピンときた。

 ソフィアンナは、味方だ。きっと彼女も王国政府に追われているリテリアの身を案じているに違いない。

 アネッサもまた他の参拝者や聖導師達に気取られぬ様に意識しつつ、小さく頷いた。


「……何か、知ってる?」

「えぇ……夜の自由時間に、コーリアスのカフェで会いましょう」


 上級聖癒士ともなれば、聖癒士宿舎の門限までに夜の自由時間が認められている。

 アネッサはひと言、分かったと応じた。

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